第八章:ほんの僅かの前進
第八十九話:わたくしは、きっと世界最強の凡人
狛の村の人々が全滅して一週間。
死の山の強大な魔物達は完全に沈黙した。
今まで溢れかえらんとばかりに幅を利かせていたデーモンを中心とした魔物達はすっかりと居なくなり、死の山の外にいる様なオーガやオーク、ゴブリンの様な中、低レベルの魔物が通常程度に生まれるだけとなった。
要するに、死の山は『死の山』ではなくなった。
ルークからのそんな報告と、アリエルからの安全はほぼ、確保されたという報告は同じ時期に漣で待機していたエリーとオリヴィアに寄せられた。
これで、この件は一先ずの収束。
念の為残っているエレナ達三名を帰還させると、オリヴィアはエリーと共に王都へと向かった。
この件は以降、完全なグレーズ王国持ちとなる。
――。
今回はその間の、漣での話。
「オリ姉イリス姉、今回は全部押し付けちゃってごめん」
イリス以外の皆が帰還した後、エリーは直ぐさま二人にそう言って頭を下げた。
「仕方ありませんわ。あの惨状を見れば、エリーさんには苦しいことくらい分かりますもの」
「うん、心を読めない私達ですら辛かったんだから、エリーちゃんが動けないのも仕方なかったよ。それに、私もオリヴィアさんが居なかったら死んでたかもしれない」
エリーがそう誤ったのを皮切りに、三人は各々の反省を始めた。
オリヴィアはもっと早く楽にしてあげられたはずだと言えば、エリーは動きが分かってた私がフォロー出来てれば、と悔しそうに言う。そしてイリスは、やはり単純な力不足を反省した。
「私はいつまで経ってもみんなに及ばないな」
イリスは、歯噛みする様に言う。
まだ鬼神と聖女が生きていた頃から、もう何度それを感じたことか分からない。
姉であるクーリアを超え、ナディアに継ぐウアカリで二番目の実力者にして、現首長がイリスだ。
しかし、どれだけの鍛錬を繰り返してもナディアには及ばなかったのがイリスでもある。
何度才能の限界を感じても、それでも伸びてはいる。
しかしながら、最近はその伸びすらも収まってきてしまったというのが、イリスの現状だった。
【万能者イリス】
そんなことを言われながらも、いかなる分野もその道のエキスパートには及ばない。
身体能力ではオリヴィアに及ばす、剣術ではディエゴに及ばず、発想であればエリーに及ばず、体術であればライラに及ばず、殺しの手段ではナディアに及ばず、魔法であればルークに及ばない。
しかし彼ら以外の勇者には何でもが完璧に出来てしまう程度には、その練度は極まっている。
その為に、その二つ名は彼女にとってのプレッシャーとなっていた。
「イリス姉は、やっぱり戦士で居たいんだね」
そんなイリスの心の内を読んだエリーは、正直に言う。
彼女が最高に貢献出来る場所があるとすれば、それは間違いなく最前線での治療担当だ。
勇者故の肉体強度、盾と剣を持った最も無難で崩されにくいスタイル、そして呪文を介しての治癒魔法は、最前線で戦う勇者達が傷ついた際、魔法使いでは難しい治療を難なくこなす事が出来る。
あくまでイメージが重要である魔法と違い、彼女の唱える呪文はマナに直接語りかけ超常現象を引き起こす。つまり、全力で戦っていようがそれさえ唱えることが出来るのならば彼女は魔法の様な現象を起こすことが可能だ。
今回は、リシンにその全てを妨害された為に何一つ魔法を使えなかった。
エリーが狙われている際に、それを囮に距離を取れば唱えることも出来たのかもしれない。
しかし、やはり戦士でありたいというその思いが、ほぼ無意識的にエリーを守ろうと近接攻撃を仕掛けてしまっていた。
いくらリシンが距離を取らせない様な立ち回りをしようとしていたとしても、オリヴィアが居たあの場では、なんとか距離をとることは出来た筈だっただろう。
「うん、きっと。レインさんに何度も指摘されたんだけど、難しいね」
「ウアカリが誇りなんだね」
「うん。それは間違いなく」
エリーの純粋な質問に、イリスもまた純粋に答える。
かつては、姉が七英雄ヴィクトリアの再来として称えられ、その豪快な戦いぶりに憧れると同時に、勝てないという劣等感を抱いていた。
ウアカリに於いて、ただ一人だけ異質な力を持つ彼女は、他の国民が持つ男への強烈な関心にも上手く馴染めず、例え誰一人気にしてはいなくとも、心の中で浮いていた。
それが聖女サニィに出会い、自身の力の新たな可能性に気づいた。
次第にその力が増してくる頃には、純粋な力でもクーリアに追いつける唯一の人物ではないかと言われる様になり、そして。
姉クーリアの力が止まってしまった時には、それを誰よりも悔しがったのがイリスだった。
いつの間にか、そんな姉の代わりになりたいと願う様になって、どれくらいの月日が経ったか。
「わたくし達でよろしければ、何でも言ってくださいね」
ふとそんなオリヴィアの声が聞こえて、イリスははっとする。
「オリヴィアさんは、なんでそんなに強いの?」
思えば、鬼神と聖女に出会う前、彼女にとって世界最強は姉クーリアだった。
鬼神と聖女は余りにも強すぎて実感がわかなかったが、姉を初めて超えていると認識出来た人物は、目の前のオリヴィアだったことを思い出す。
だからだろうか、自然とそんな質問が口を吐いていた。
「わたくしが強くなったのは、つい最近ですわ」
「え? 最初から、強かったけれど」
「それはレイン様の指導が良かったから。弟子ですもの、誰よりも直々に厳しい指導を受けてきましたわ」
「なら、つい最近っていうのは……?」
オリヴィアの言葉に、思わず質問を重ねてしまう。
エリーは静かに、その様子を見守っていた。
「わたくしは分かりましたの。わたくしが最強でなくてはならないと言うのはただの建前」
かつてレインがオリヴィアに言い放ったという、ただ次代の最強であれという言葉。
その言葉を胸に戦っていることを、イリスも当然知っていた。
しかし、それが建前であるという言葉は分からない。
言葉の本質を見抜くことすら出来るイリスにも、それが分からなかった。
「レイン様がわたくしに言いたかったことは、出来ることをやれということでしたの。いざという時に、出来ることも出来ないではいけない。最強であれとは、わたくしになら出来ることがきっとある。その時に違えるな、ということ」
「……」
「わたくしは英雄に憧れていましたわ。絶対に誰にも負けないレイン様に。でも、わたくしは違う」
オリヴィアは、かつてのレイン達が見守っていたドラゴン戦で戦果を上げられていない。今はまだ格下のエリーに負けている。
「わたくしは、きっと世界最強の凡人」
自分は英雄にはなれない。
その言葉は嫌味ではなく、ただ本心から出ている言葉だということは、心を読めるエリーにも、言葉の本質を見抜くイリスにも、流石に伝わる。
イリスは、先程の言葉の本質が見抜けなかった理由が、ようやく理解できた。
「なるほど、私は頑固なんだね」
かつてレインを指して、剣の指導を受けて尚、、「あんな簡単に人を殺せる人を信用しない」と言ったことを思い出す。自分に向いている仕事を理解していても尚、剣を持って戦っていることを思い出す。
「そっか、そうだね」
イリスは、エリーを向き直って言う。
「エリーちゃん、盾の使い方、教えて」
盾を一つの防具として認識していた今までを反省して、言う。
「私の武器は多分、盾と呪文なんだよね」
それに答えるエリーの言葉は、決まっていた。
「ん、時雨流は厳しいよ。七英雄が一人、【フィリオナの再来】イリス姉」
その名前は、ヴィクトリアと並ぶウアカリの英雄だ。
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