第七十三話:後は毒剣で殺す位しかありません

 南の大陸東部、魔女と呼ばれる女戦士とまだ二つ名も付いていない英雄の子孫の戦いは三日三晩に渡って続いていた。

 あらゆる手段をもって相手を制圧しにかかる魔女と、たった一つの力を突き詰めてそれに対抗する英雄の子孫。決着は果たして、付くことはなかった。


「はあ、はあ、流石に強いな魔女様」


 英雄の子孫、サンダルは仰向けに倒れながら、同じく仰向けに倒れた魔女、ナディアに向けてそんな風に声をかける。

 ナディアの攻撃は全てが急所狙い。あらゆる手段を用いてサンダルを制そうとするその動きには、慣れさえすれば回避は難しくなくなってくるものの、もしも油断して一度でもまとも受けてしまえば最悪死んでしまう。

 それらを辛うじてカスリ傷で避けながら、先の言葉には本当に嘘偽り無く、嫌われているのだと実感していた。

 しかしナディアにとってはもちろんそれは全力で殺しに行っているわけではなかった。毒を塗った武器は使わなかった時点で、彼女にとっては生かすつもりがあるということだ。それでも死んでしまうようなら魔王戦には力不足、仕方ない程度には思っていたが。


「ふう、ちょろちょろと鬱陶しい戦い方ですね」


 ナディアは太陽に手をかざす様にしながら不満気な声で呟く。

 カスリ傷は与えられたもののサンダルの攻撃も凄まじく、避けるのにかなりの集中力を必要とするものだった。

 サンダルの力は走るほどに加速する。

 シンプルだが、シンプル故にその攻撃は分かっていても躱しづらい。

 オリヴィアの様に直線的に瞬時に間合いを詰める踏み込みとはまた違い、充分に距離を取って様々な軌道を描いて襲いかかってくる。

 その武器もまた曲者で、オリヴィアの点で攻める刺突とは違い、3mもの大きさの斧での薙ぎ払い。

 分かっていても躱せないという意味ではオリヴィアの必中の方が遥かに上だが、その質量の塊が襲いかかってくる恐怖はドラゴンの腕による薙ぎ払いにも近しいものを感じる。

 幸いにも少し前に80m級のドラゴンに負けてきたナディアにとっては、その攻撃は忌々しさこそ感じるものの恐怖で動きが鈍るということはなく、これまたあらゆる手段でその攻撃を凌いだのだった。

 蜘蛛型の魔物が生み出す糸を用いたワイヤートラップであったり、その速度を逆に利用してあらかじめタイミングを合わせたナイフを放っておき軌道を制限したり、薙ぎ払いを行うサンダル本人に瞬時に詰め寄りその勢いで首を落とそうとしてみたり。


「……はあ、何度死を覚悟したか。魔女様は本当に私が嫌いみたいだ」


 戦闘中は集中していたものの、気を抜いた瞬間にふと恐怖を思い出す。

 サンダルは、死の恐怖を知っている。かつて不死になる呪いに罹った際に七度の死を乗り越え、市場三人目となるドラゴンの単独討伐に成功している。

 先程まで相手にしていた魔女は、かつてそこまでして倒したドラゴンよりも強かった。

 それが小型だったとはいえ、ドラゴンよりも強い女性に軽く殺されかけたことに恐怖が蘇るのと同時、それでも第三位だと言われることに頼もしさを覚える。


「ま、私からしたら仲間としては合格といった所ですね。死んでたら不合格でしたけど」


 その声は少しだけ嬉しそうで、ナディアは空に向けていた腕を地面に落とす。


「仲間として合格なら嬉しい限りだ。レインの弟子のオリヴィア様なんかはもっと強いのかい?」

「強いですよ、あの娘は。誰よりも基本に忠実で、誰にも出来ない程に普通の戦いを突き詰めていて、そして誰よりも高い身体能力を持っていますから」


 ナディアも、レインの残した二人の弟子のことは認めている。

 エリーのことは自分と少し似た戦い方をすることもあって可愛いと思っているし、愚直に師匠を追うオリヴィアのことはある意味で誰よりも尊敬している。

 そんな、感情を込めた言葉で、きっと遠い目をしているのだろう。

 それまでよりも遥かに優しい声音で言う。


「なるほど、レインの正の部分を継いだ人というわけか……っうおおお!!」


 そんなナディアの声音の変化に思わず笑みを漏らし、懐かしい友人を思い出して感傷に浸ろうとした所で、それは遮られた。


「チッ」


 サンダルの顔の真横に、一本のナイフが突き刺さっている。

 太陽に手をかざす様にした際に投げていたナイフ。それが今になってサンダルを襲っていた。


「……なんというか、流石は魔女様と言ったところだ…………」


 油断すればなんとやら、流石に不意をつかれたサンダルは思わず苦笑いをしながらそうナディアを褒め称える。

 これが三位と四位の差であると言われるのならば、それは仕方が無いとすら思うほどに徹底している。


「流石にこれで終わりですよ。後は毒剣で殺す位しかありません」

「まだそんなものを残しているのか……。全く、頼もしいことだ」


 本心からの呆れと、そして同時に感じる魔王討伐軍の強さに思わずそんな言葉が漏れる。

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