第七十二話:どんなもんだいオリヴィアちゃん!

 ブロンセンの周囲に出た魔物は、確かに町の兵士達だけでは無理なものだった。

 バジリスクという4m程のトカゲの様な魔物で、数秒間瞳を合わせると石化するという魔法を使う。ぱっと見ではストーンリザードと呼ばれるただの巨大トカゲの魔物との見分けが非常に付けづらく、毎年の様に犠牲者を出す厄介な魔物だ。


 今の所石化した人物を元に戻せる魔法使いは存在しておらず、数秒間瞳を合わせるということは即ち死ぬ。

 つまり、それらしき魔物を見かけた時点で決してそれと目を合わせるなと伝えられているが、しかしこのバジリスクはストーンリザードよりも膂力も高い。

 そんな油断のならない魔物となっている。


 もちろん、今のブロンセンでは思考が石化に寄っていることを直ぐに看破したエリーによってそれがバジリスクだと見抜かれる。

 そして例え目を瞑っていようと攻撃を当てられる最速必中のオリヴィアと、同じく見るまでもなく心を読み次の手を筒抜けにするエリーによって瞬く間に斬り刻まれていく。


「ひゅー、エリーちゃんにオリヴィアちゃんは相変わらず冗談みたいな強さだな!」


 ブロンセンの兵士長マイケルは、トロールの数匹を瞬く間に斬り伏せながらそんなことを陽気に叫ぶ。

 その額には既に汗が流れていて、百匹以上に囲まれている。

 それが己を鼓舞するための発言であることは、誰の目にも明らかだ。


 しかし二人はそれを横目で見守りつつ、バジリスクのみを倒していく。

 二人がこの地を離れている間はこの町の兵士達にアリスや女将を守って貰わなければならない。

 共に訓練を積んできた仲間だからこそ、エリーは彼らを信頼し、最低限の討伐のみで残りを兵士達に任せることにして、それにオリヴィアも賛同している。


 オリヴィアが最後にバジリスクを倒した時、残るトロールの群れはまだまだ多かった。

 それは噂に聞いていた、聖女の故郷フローレが滅びた時の襲撃の様に、数多く残っていた。


「……」


 門前に戻り、兵士達に任せると決めていても、大好きなお姉様の生まれ故郷が滅びた時に見ただろう光景を思い描いて、オリヴィアは肩を抱く。

 食人鬼タイプであるオーガやトロールは、全面的にその悪意を人々に向ける。

 自分が対峙するならば訳なくとも、自分よりも弱い人々がその悪意に晒されているのを見るのを、それなりに民思いの王女は苦手としている。


 誰一人油断などしていなくとも、不安だけは拭えない。それはオリヴィア自身が、自分の身の丈を超えた勝利を望めないのと同様に。


 自分には出来ることしか出来ない。

 エリーの様な奇跡を起こすことは出来ない。

 それはきっと、どれだけ鍛錬して強くなろうとも、一兵士にしかなれなかった彼らも同様だ。


 そんな風に、不安を募らせる。


「大丈夫だよ、オリ姉」


 そんな不安に希望を持たせたのはまた、いつもの声だ。

 心に介入しているのだろうか、自然とオリヴィアの胸は、その一言で軽くなる。


「オリ姉は出来ることしか出来ないって思ってるかもしれないけど、逆に言えばオリ姉は出来ることだけは絶対に出来るんだよ」


 言われて、思い返す。

 認めざるを得ない最後の敗北は6年前のエレナとの一戦。

 お師匠様とお姉様と慕う二人がこの世を去ってから4年半を迎えて、未だに敗北はエリーに起こされた偶然の一敗のみ。




「そ、オリ姉みたいに出来ることをし続けられる人って、本当に凄いよ。ディエゴさんもそうだし、そしてそれは、この町のみんなだってそう」


 いつも挑戦しては失敗を続けながら、それでも挑戦を続けるエリーは言う。

 たまの奇跡こそあれど、エリーはディエゴにもオリヴィアにも、負け続けている。

 だからこそ、エリーとオリヴィアは互いに逆のコンプレックスにも似た感情を抱いている。


「だからこそ、みんなは勝つ。勝てる相手だから、確実に勝つ」


 みんなはオリ姉と同じだから。

 そんな言葉が続く様に、エリーはオリヴィアの服の裾を掴んだ。


 ……。


「ふう、流石にあの数はきついな。だが、我慢してくれてありがとうよ、オリヴィアちゃん!」


 戦闘が終わり、汗をだらだらと流しながら、兵士の一人がオリヴィアに声を掛ける。

 最後尾で戦っていたその男は、先日挨拶を交わした門番だ。

 かなりの疲労が見られるが、いい汗をかいたとでも言わんばかりに兜を脱ぎさり、髪の毛をすくう。


「いえ、見事な勝利でしたわ」

「ほら、怪我人は多いけど、死者はゼロ。これが私の町ブロンセンの兵士達の実力よオリ姉!」


 ほっと胸を撫で下ろすオリヴィアと、対照的に分かっていたとでも言いたげに胸を張るエリー。

 そんな二人の下に戦闘を終えた兵士達はぞろぞろと集まってくると、各々に言いたいことを言っていく。


「どんなもんだいオリヴィアちゃん!」

「いやー、二人が見守ってるところで格好悪い所を見せる訳にはいかないからな」

「エリーちゃん、魔王戦が終わったらアリスちゃんに交際を申し込もうと思うんだけど」

「鬼神と聖女の本拠地の兵士達が騎士団や狛の村に遅れをとるわけにもいかないからな」

「危なかったけど、よく我慢してくれた。これで俺の誇りは守られたよ」


 三者三様に、本当に言いたいことを言いながら、散っていく。

 元気な者は片付けに、怪我をした者は魔法使いに治療を求めに、そして新たに出た怪我人はエリーに運ばれて。

 残ったオリヴィアは、そんな様子を見ながら呟いた。


「出来ることを必ず成し遂げる……、レイン様がわたくしに求めていた役割はつまり……」


 世界最強の女王はこの日、二人の憧れにまた一歩近づくこととなった。

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