第十話:私が初めて師匠に出会った時みたいだった

「ねえオリ姉、ドラゴン戦どうだった?」


 夜、風呂を出てオアシスを歩きながらエリーは聞く。

 いくら強くなったとは言え、流石にドラゴンを相手にすれば擦り傷だらけだ。

 もしもピンチに陥ったのならすぐさま助けに行けるよう、常にエリーは相対する両者の心に気を配っていた。


「やっぱり、一人では結構ぎりぎりですわね。今のわたくしでやっと、王都防衛時のお姉様に追いついたってところでしょうか」


 そう、少し悔しそうに言う。

 オリヴィアはこれで、公の場で一人でドラゴンを倒した三人目の人物だ。通常魔王を倒すことで呼ばれる英雄という称号も、ドラゴンを一人で倒せば文句がない。

 それでも尚悔しそうな理由はひとえに、彼女の尊敬する二人の人物の影響がある。


 一人目は師匠である鬼神レイン。

 ドラゴンどころか、魔王ですら一人で倒せてしまう化け物の中の化け物。今回のドラゴンであれば、素手でも軽く倒してしまえるだろう。そんな、強さに置いて並ぶ者が一切存在しない異常な存在だ。

 二人目はその鬼神の伴侶であり、ある呪いから世界を救った一人の女性、聖女サニィ。

 オリヴィアがお姉様と呼ぶ彼女は、かつて今のオリヴィアが倒したドラゴンよりもふた回り程大きいドラゴンと相打ちになって、ここグレーズ王国の王都を守った。この人であれば愛する師匠を任せるに足る、いや、同じく愛してしまう程の存在だった。


 そんなもう存在しない二人に、ようやくほんの少しだけ追いついた。


 二人が公の場でドラゴンを倒したのは18歳。それに対して、今のオリヴィアは23歳。

 特殊な肉体を持つ勇者である以上彼女の肉体のピークが今ということはないのだが、それでも5年近く遅れている。


「でもオリ姉凄く良かったよ。私が初めて師匠に出会った時みたいだった。シチュエーションも少し似てるし」

「そう、ですの?」

「うん、倒し方も結構似てたわ」


 対してエリーは、少し嬉しそうにそんなことを言う。

 彼女は初めて師匠と出会った時、当時は5歳だった。その歳で、ドラゴンを前にした。

 自分は必死で母を守ろうとその前に立ち、師匠は一人でドラゴンを切り刻んだ。その時の戦い方が、今回のオリヴィアに似ていた。

 弱点を確実に突き、的確に体力を消費させていく。残虐といえば残虐だけれど、確実に倒すにはベストな方法。あの時の師匠は自分にその倒し方を教える為にやったのだろうが、その弟子は確実にその師の教えを受け継いでいる。

 そんな風に見えたのだ。


「でも、師匠は返り血の一滴も浴びてなかったけどね」

「うう、修行不足ですわ……」


 オリヴィアの毎日の血の滲む努力は知っている。血の滲む様な、ではなく正に血の滲む努力だ。

 かつては師匠と凄惨な修行をしたとも聞いている。血の吹き出る、いや、腕の千切れる程の努力をオリヴィアは経験している。

 決して修行不足などということはない。

 師匠と聖女が異常すぎるだけだ。


「ま、14歳の私に負けてるようじゃまだまだね」

「あれは運です。まだまだ負けませんわ」


 だから敢えて、エリーはこうして挑発する。

 落ち込む王女はらしくない。彼女は尊敬する二人が居なくなってからもその努力を止めることはなかった。むしろかつてより鬼気迫る勢いで修行をしている。

 それでも、彼女は時折寂しさと弱さを見せる様になっていた。

 だからこそ、その少しのケアは自分の役割だ。年長者として必死に自分の前に立とうとしてくれているこのお姉さんを、支えられるのは今は自分だけ。同じく二人を尊敬している、そして師匠の弟子である自分だけ。


 なんだかんだ言っても、エリーはオリヴィアを尊敬している。


「それじゃちょうど一ヶ月経つし、月光をかけて決闘よ。オリ姉は今日は休んで、明日にしましょ」

「エリーさんは?」

「私はちょっとみんなのオリ姉に対する意識を正さないとだから」

「うぅ、やりすぎには注意してくださいね……」


 今も住人達は、王女をちらちらと見ている。

 いつもならばわたくしの美貌に見蕩れてまあ、と思って気にしないところではあるのだが、今は確実に恐怖の色が混ざっていてとても心地悪い。

 それを治せるのは、エリーだけだ。


「以前は私の方が怖がられたこともあったのにね。時の流れってのは面白いものね」

「……それじゃ、わたくしは先に宿に戻っていますわね」

「はいはい。あの時は助けてくれてありがとね」


 そう言って、二人は別れた。

 オリヴィアは今日のいくつかの疲れやダメージを回復する為宿へ。

 エリーは街を徘徊してみんなの心に密かにオリヴィアは怖くないと刷り込んでいく。

 ついでに、少しのいたずらもしていくけれど、その位は良いだろう……。


「はふう、心を読める力から心に介入する能力かぁ。昔は近くに居たのが本当に良い人ばっかりで助かってたんだもんなぁ」


 そう呟きながら、エリーは過去を思い出す。

 物心付いた頃から、人の心が読めていた。隠そうとしていることは分からなかったけれど、漏れ出た思いを常に感じ取りながら生きていた。それが、普通のことだった。

 たまたま、師匠を筆頭に、5歳からの周りの人々はそんな自分を何も恐れず受け入れてくれていた。


 思えば、自分が生まれ故郷で苦境に立たされた理由は、生まれだけではなくこの力のせいでもあったんだろうなぁと、今更ながらに思い出す。

 そして5歳からの5年間は、そんなことに一切気づかず幸せに生活出来ていたことを、思い出す。

「人」を知ってしまった今、エリーは第二の故郷である港町を離れると、オリヴィアが側にいなければ少しだけ恐怖を感じてしまう。


 今も少しの恐ろしさを感じながらエリーは一人、裏表の一切無い姉の様なオリヴィアの為に頑張るのだった。

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