第128話:謁見の間にて

 「女王様、先日はすみませんでした。レインさんを止める術を、力を、考えを、私は持っていませんでした」

 「……アリエル」

 「……へ?」

 「わらわ、わたし、アリエル。エリーゼは、苗字みたいなものだから。そう呼んで、サニィお姉さん」


 十分にエリーゼが泣いた後、謁見の間に戻りサニィが謝罪を述べると、女王はそんなことを言う。仮にもここは公の場。以前は仲良くトランプや修行をしていたとしても、場を弁えただけであったが、彼女は不満だったらしい。

 まだ赤い目をしながら頰まで染めると、そんなことを言った。

 思わず、ロベルトの方を見る。


 「貴女は非公式ですが、魔王を倒した英雄の伴侶、公の場であっても、同等と見なして良いのでは?」


 苦笑いをしながら首を左右に振る老人は、何処か嬉しげな顔をしている。なるほど。


 「ぐふふふへへ、アリエル様、わたくしの妹になりませんこと?」


 そう納得している隙に、居た。余分な奴が。

 初めて聞く奇妙な笑い声に、思わずサニィはそちらを振り向くと、それは涎を垂らしながら非常に危ない顔をしている。


 「やだ。まずお主は誰だ?」


 誰かは勿論知っている。しかし、嘘だと思いたい。それほどに、それは危険な顔をしていた。変態。そんな言葉が相応しい。

 先代女王、アリエルの母親も凄まじく美人ではあったが、目の前の変態はそれを超えて美しい。アリエルが見たことがある全ての人の中でも、最も美しいと言える。

 しかし、その美しい顔も、その変態的な顔の前では台無しだった。いや、美しいからこそ、そのギャップでより変態的に見えるのかもしれない。

 そんな変態はアリエルの拒絶の眼差しなどまるで気にせず口を開いた。


 「わたくしはグレーズ王国の王女、オリヴィアと申します。本日はアリエル様を妹にする為にやって参りました」


 そう言いきった途端、彼女は天井に打ち付けられた。勿論、やったのはサニィだ。

 重力魔法の応用で指向性を持った斥力場と重力場を発生させ、彼女は天井に大の字に張り付けられる。


 「オリヴィア、あんまり変なことしてると姉妹の契りを解消するよ?」


 その一言は致命的だった。

 オリヴィアは青ざめた顔でこくこくと頷く。サニィの魔法によって、口と鼻から出る空気の振動を遮断されている為声が出ない。


 「さて、彼女は一応ちゃんとした王女なんですけど、ちょっと特殊な性癖なんです。私やレインさんがいる間は大丈夫だから安心して下さいね」

 「お、おお……」

 「それで、今日私達が来た理由なんですけど」

 「うん、全力で協力する。本当は、二人を許して協力するのが正しい道なの」


 何も伝える前に、二つ返事で了承される。

 それが危険なこと、魔王に関することだと言っても、大丈夫。その一点。

 結局、オリヴィアは天井に張り付いたままなんの役にも立たなかった。一国の王女がそれで良いのかと言う所ではあるが、本日の謁見の間は公の場とは言えほぼプライベートな空間。だからこそ、アリエルもサニィに甘えているのだが……。


 「アリエル様」

 「呼び捨てにして」

 「アリエルちゃん」

 「……それなら良いけど」

 「私達のこと、宰相さんから聞いてるんですよね?」

 「…………うん」

 「なら、オリヴィアとも、少しだけで良いから、仲良くしてあげて下さいね」

 「……うん」


 渋々といった様子ではあるが、サニィの進言にアリエルは納得する。すると、天井からポタポタと雨漏りがしてきた。いや、雨漏りなどではない。

 泣いている。オリヴィアが。彼女の涙が天井を濡らし、指向性の重力場を抜け出たそれがポタポタと床に落ちているのだ。


 「な、なにを泣いているの?」


 思わずアリエルが尋ねる。


 「ああ、あれはね、私がオリヴィアを気にしたことと、アリエルちゃんが頷いてくれたことが嬉しかったんだと思いますよ。以外と泣き虫なの」


 こくこくと頷くオリヴィア。

 こんな王女で大丈夫なのかと思うアリエルだったが、それは自分も言えたものではないと思うと、ほんの少しだけ親近感が湧いてきたのだった。


 ……。


 謁見が終わり、暫しの談笑をしていると、ふっとオリヴィアが立ち上がり、こんな提案をする。


 「それでは、先程のお詫びとしましてわたくしが騎士団の訓練のお相手をさせていただきますわ」


 何もお詫びになっていない。

 それはともかく、アリエルも強いと聞いているオリヴィアの剣技は気になったので、それを了承した。ここの騎士団は流石に世界一の大国と言うだけあって、精鋭揃いだ。

 流石にレインやサニィの様な真の化け物を相手に戦える程の強さは持っていないものの、グレーズ王国の騎士団と戦えば勝つのはこちらだろう。グレーズ王国はディエゴだけが抜けて居るが、こちらはディエゴより弱い程度の者が何人も居る。

 レインの目をもってして、そう判断されていた。

だから、そのディエゴに打ち勝ったと言うオリヴィアの剣技を、騎士団の皆も見てみたいだろうと、そう思ってのことでもあった。


 「オリヴィア対皆さんの勝ち抜き戦、全力でやって良いですよ。勝てた人にはオリヴィアをあげます」


 サニィは不意にそんなことを言う。

 それに高速で反応したのは勿論オリヴィアだった。


 「お、お姉様……?」


 再び顔を真っ青にして、ガクガクと震える。


 「なあに? 勝てば良いんだよ?」


 その顔はにっこりと笑っている。その瞳以外は。

 魔王サニィ。

 それはこんな感じだったのだろう。

 そして、それは先程暴走した罰なのだろう。張り付けは、ただ煩かったから止めただけ。

 王女なのに、全く役に立たなかった失態に対する罰なのだ。それならば、受け入れるしかない。これ以上お姉様を失望させる訳にはいかない。

 オリヴィアは暴走した罰を受け入れると、その震えを止めた。


 (あ、処刑の時に恐怖を抑える為に陰のマナ纏ってたの忘れてた……。ちょっと言い過ぎたかな?)


 オリヴィアはそんなことも知らず、死ぬ気で騎士団と向かい合った。

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