第127話:例え誰も悪くないとしても

 答えは最初から決まっていた。

 綺麗な母が亡くなったあの日、自分は彼女を救ってくれた英雄を死ねと罵った。

 救うという意味を、自分が取り違えていたのを棚に上げて。

 よくよく考えてみれば、当然のことなのだ。

 呪いが振り撒かれてから100年に渡って、それが治った者などただの一人としていない。

 最初の犠牲者と言われる英雄ヴィクトリアとフィリオナでさえ、魔王殺しの英雄でさえ、死への恐怖から発狂して死んでいったと言うのだ。

 安らかな死は、きっと彼女に残された唯一の救いだったのだろう。

 それを、行ってくれた者に死ねと言ってしまった。放っておいても後3年で、ヴィクトリア達と同じように死ぬ彼らに。


 「女王様、グレーズ王国のオリヴィア王女と名乗る者が来ております。しかし、護衛は女騎士の一人のみ。非常に怪しいかと」

 「その二人はどの様に見える?」


 報告に来た騎士に対して、9歳の女王エリーゼはそのように問う。

 答えは最初から決まっていた。


 「オリヴィア王女と名乗る方は歴戦の強者です。私では恐らく敵いますまい。しかし、女騎士の方は素人に毛が生えた程度に。ただ、気になるのが、そう見えるにも関わらず実戦経験は豊富かと。王女オリヴィアと名乗る者より更に強いかと思われ、非常に不気味です」


 相手の実力を計る力。大して腕は大して立たなかったが、その騎士はその能力をもって近衛兵の一人となっていた。

 レイン達が謁見した場には居なかったが、その騎士が居て場が引き締まることは多かった。


 「なるほど。ま、お前に聞かずとも妾の答えは最初から決まっていた。二人を通せ。処刑場へと案内してやれ」

 「はっ」


 それは、正しき道ではない。

 そうは分かっているものの、自分の中で決着を付けなければ納得出来なかった。ただ、それだけのこと。

 納得は時に、正しさよりも優先される。それは女王としても、一人の子どもとしても、きっと正しくはないのだろう。

 それでも、彼女はそれをしなければ納得が出来なかった。


 「お姉様」「大丈夫。付いて行って」


 案内を受けた二人は、王城の敷地内ではあるものの、次第に華やかさとは無縁になっていく景色に違和感を感じていた。いや、きっとこれは歓迎されていない。それが分かっていた。

 しかし、サニィの指示を受けて、オリヴィアはそれに従った。戦闘になって負けることは無いにしろ、戦闘になった時点で関係は終わりだ。最優先は女王エリーゼの協力を得ること。その為には、そもそもこの扱い自体避けたかったものだった。


 暫く騎士に連れられ、道を進むと、次第に周囲全てを無数の騎士達に囲まれて行っていることが分かる。中にはディエゴに近い程の実力を持ったものも数名。オリヴィア一人では厳しいだろう程に、そこは敵地だった。

 更に進むと、断頭台が見える。

 処刑を最もスムーズに、そして罪人にも苦しみを与えない為に考案されたギロチンが、今まで幾人の人を葬って来たのだろうか、禍々しい鈍さを輝かせながら、立ち尽くしていた。


 「そこの騎士、貴様は聖女と嘯くサニィだな」


 何処からともなく、そんな声が聞こえる。

 その声は冷たく重いが、確かにひと月を共にした、ある意味ではオリヴィアよりも妹の様に可愛がっていた女王エリーゼ、その人だと分かる。


 「あらら、バレちゃいましたか。処刑するなら私だけにしてくださいね。オリヴィアは無理について来て貰っただけですから」

 「勿論。なあに、お主も不死だ。一度くらいは良いだろう?」

 「そうですね。オリヴィア、ちょっと待っててね」


 9歳の女王エリーゼは、正しき道から背いた。

 彼女は、サニィが少しなりとも抵抗すると思っていた。あれには事情があって、修行を一緒に頑張ったでしょう、レインがやったことで、どんな理由であろうとも、ほんの少しは抵抗をすると考えていた。

 サニィがあの事件に関して母親よりも青い顔をしていたのは、思い返してみれば分かっていたはずなのに。

 だから、抵抗したら冗談だと言って済ますつもりだった。

 あの時はごめんなさいと、言うつもりだった。

 彼女は魔王の呪いに罹っているのだから、死ぬのが怖くて嫌がる筈だと、子ども浅知恵で思いこんでしまっていたのだ。

 でも、サニィは抵抗しなかった。


 僅か9歳の女王は、その時点でパニックになっていた。たった9年の知恵で、上手い駆け引きなど、出来ようもなかった。彼女はいつだって、正しき道に従って生きてきたのだから……。


 サニィは騎士に促されるまま後ろ手に縛られ、断頭台への13階段を登って行く。

 彼女に一度として刑を執行してしまえば、最早後戻りは出来ない。それが分かっていたのに、エリーゼは何も言えなかった。

 想定外の事が起きて、引けなくなってしまっていた。


 「そこまでだ!!」


 脚をガクガクと震わせ、今にも刑を執行せんと動こうとしてしまった時、不意にそんな声が響き渡る。

 その広場に、豊かな白髭を蓄えた一人の老人が息を切らしながら現れる。今にも倒れそうな程にぜえぜえと息を吐き、真っ青な顔色をしている。

 問題点を見抜く力を持ち、今もなお女王に嘘を吐き続けている宰相、ロベルトだった。


 「女王様、即刻刑を中止なさって下さい。彼女達には感謝こそすれ、恨みを持つなどあってはなりません」

 「……て……もん……」


 次いで、城の上階バルコニーに、エリーゼが姿を表す。今にも泣きそうな顔をして、何事かを呟いて。


 「女王様、あなたは立派なお方だ。ですが、先代の意もどうか、汲んでいただきたい。先代はサニィ様とレイン様にこう仰っていました。出来れば、娘とも仲良くしてやって欲しいのだけど、と。先代も何が起こるのかは、分かっておられたのです」

 「……分かってるもん!! 分かってる、もん! でも、でも……」


 諭す様に言う宰相ロベルトに、幼い女王は叫ぶ。全てを分かっていても、それでも逆らえない感情もある。そんな経験は初めてだったから、混乱しているのも分かっている。それでも、止められなかった。


 「うわああああああん!! ごめんなさい! ごめんなさい! でも、お母さんが死んじゃって、二人を恨んじゃって、でも、三人とも居なくなっちゃって、苦しかったんだもん、寂しかったんだもん!! でも、ふ、あああああああああああ」


 幼い女王は泣き叫んだ。

 それこそ、王城の敷地一帯に響き渡るかの様に、女王の威厳などまるでなく、ただ、年相応の幼い子どもの様に。

 今まで一度として見せなかった、ただ純粋な、感情を爆発させた子どもの様に。


 「サニィ様、エリーゼ様はああ言っておられますが」


 青い顔をしながら呆然と自らの死を受け入れ始めていたサニィに、ロベルトはそう諭した。子どもがああ言って泣き叫んでいるのは、貴女の責任でもあるのですよ?そう、その短い言葉が語っていた。


 「……女王様、確かに、あの1ヶ月は、嘘じゃありませんでした。でもやっぱり本当の意味では救えませんでした。だから、私は責任を持って、今度こそ魔王の呪いの解除方法を見つけるつもりです。

 そして、その後のことで、相談があって、今日は参りました。

 それさえ終わったら、どうか仲良くして下さると嬉しいです」


 どちらも下手くそな意思表示だったが、確かに、二人は自分を許すことが出来たのだと、ほんの少しだけ、そう思った。


 オリヴィアだけは、エリーゼ様可愛いと悶えていたのは、今回ばかりは伏せておきたい所だった。

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