第56話:最強だった男もまた、強くなる
一騎当千。
騎士団長ディエゴの戦闘は正にそんな言葉が相応しかった。
1.2m程のロングロードを両手で用いたその戦闘方法はレインとは違って鮮やかの一言。一切の無駄なく相手を切り伏せるスタイルはさながら剣術の型を用いた舞踊の様。
我流のレインとは違い、徹底した王国剣術の鍛錬の賜物だと言えた。
何より美しいその戦いの特徴は防御方法。ディエゴは敵の攻撃の一切をその剣で受けずに紙一重で回避している。
しかし、一歩間違えば逆に殺されてしまう様なタイミングであっても平然と踏み込んで斬り伏せるレインと違い、その回避は同じ紙一重であっても安心して見ていられる。
不思議なものだった。最早当たっているのではという攻撃も、その実全く彼に触れてはいない。
王国最強。そう言われるのも確かに頷ける。
オークと同程度の強さを持つ魔物、リザードマン350匹にも及ぶ集落を彼は一人、見事な手際で斬り伏せた。
「ふう、どうかなレイン? 少しは強くなっていると思うが」
「ああ、十分だろう。しばらくぶりに会ったがまた強くなったなマイケル。デーモンロードにも匹敵するかもしれん」
「綺麗な戦いでした……」
相変わらずディエゴの名前を覚えないレインは置いておいて、サニィは素直にその戦いに感動していた。
普段見ている戦いは鬼と魔物の戦いと言った感じ。しかしディエゴの戦いは見事なまでの人の技術、それも達人の業だ。見ていてこちらまで喰らわれそうな戦いと違い、見蕩れてしまっていた。
「ははは、ありがとう。しかし、これでも匹敵するかも、か」
「現実的な話として、お前の能力なら負けることはないだろうけどな。お前の能力は難しい。ただ、攻撃力が足りないだろう」
「そうか。確かに私の膂力にお前の様な異常さはないからな」
そう。人の技術と言った理由はそこにもあった。
もちろんディエゴも勇者の能力を有してはいるが、単純な力比べならオーガと同程度と言った所だろう。
勇者の中で突出した膂力を持っているわけではない。
それを補う技に関しては単純に努力の賜物だと言う点が、またその戦いの美しさを助長していた。
「ところで、団長さんの能力ってどんなものなんですか?」
「私の能力はね、説明するのもなかなか難しいんだけど、一時的に位置情報をずらすというか、別の空間に踏み入れると言うか、空間の隙間に入り込むと言うか、とにかく私自身が認識していれば相手の攻撃が当たらないって言う能力なんだよ」
「おおお! それがあの不思議な安心感の理由でしたか」
「絶対に攻撃を喰らわない。故に無敵ってね。レインと出会うまではそう思っていたんだが」
「レインさんの能力だと当てられちゃうってことですか……」
「そういうことさ」
筆頭騎士ディエゴが人外だという意味がよく分かる。
レインさえいなければディエゴが王国最強。その意味の分かり易い能力。
問題なのは、レインの能力とは余りにも相性が悪い。
尤も、レインの能力と相性の良い能力など殆ど無いのかもしれないが。
「いやー、初めて攻撃を当てられた時の衝撃と言ったらなかったな。しかも滅多打ちだ」
「あはは、レインさんは容赦無いですよね。鬼畜魔人です」
「はっはっは、間違いない」
「お前らな……、俺はちゃんと心が折れないように相手に合わせてやってるからな」
それが鬼畜だと言うのだが……。
そんな二人の心のツッコミにもやはりレインは我関せず。
とは言え、レインのそれは巧みだった。
現に二人共レインの影響で大きく力を伸ばし、今もなお成長している。
レインの強さは可能性だ。未だかつてドラゴンを一人で討伐した者など、有史以来存在しない。
魔王を倒した勇者達であってもドラゴンを倒した最低人数記録が五人となっている。
それを一人で行える者が、隙を見る能力を使って全力で鍛え上げれば強くなるのは必然。
レインの強さを目標にしたディエゴは最早デーモンロードに迫る勢い。
サニィの力は未だ発展途上ではあるが、その可能性はディエゴをも超えるとレインは見込んでいた。
そして、エリー。彼女もいつか人外と呼ばれる日が来るだろう。
サニィもディエゴも知っていた。
あと5年でレインを失う事が、人類にとって途方もない損失であると。
「レイン。お前は可能性だ。これからも頼んだぞ」
「誰に言っている。早く追いついて来いよディエゴ。まあ、お前がどれだけ努力しようが俺の弟子がすぐに抜くだろうけどな」
「相変わらずお前と言う奴は……」
初めて名前を呼ばれたことには気づかないふりをしつつ、ディエゴはこれから起こる損失と、レインの弟子による新たな可能性への期待を複雑に想う。
これからのたった5年の間に、レインは確実に世界にその名を残すだろう。
ドラゴンを倒したと言う記録は残念ながら付けることが出来ないが、まだまだ問題を起こす魔物は生息している。もちろん、倒しても倒してもいつまでも増え続けるのが魔物ではあるが……。
しかし、彼らにとってはレインの存在そのものが不幸だと言える程。
「ま、良いさ。お前はともかくお前の弟子には負けるつもりもない」
「そうか。10年後が楽しみだな」
「……そうだな」
レインが居なくなった後は、流石に自分達が護らなければならない。
彼の弟子もいるなら尚心強い。
レインの発言も気になってしまうが、ディエゴもまた、国を任される身。
魔物と戦うための組織にいる以上、常に知り合いの死が付きまとう。それを一番分かっているのもまた、ディエゴだった。
彼は連れてきた騎士団の精鋭5人と、見込みある新人3人を振り返る。
「お前ら、今回の戦いはこの世の頂点を見せてやる。残念ながらそれを見せるのは俺じゃないが、しっかり見て学べよ!」
それを聞いて規律良く返事する部下たち。一方それを見たレインは納得したような顔だ。
イフリートの群れ。厳しい相手だが今のディエゴならなんとかなるだろう。
「なるほど。そう言う魂胆もあるわけか」
戦闘の頂点は自分ではない。それを正しく理解しているが故、レインの寿命を理解しているが故に今回の討伐作戦にレインを連れて行くことにしたのだ。
「なんというか、男の友情って感じですね。レインさんにも友人が居たなんてびっくりですけど……」
なんとなく酷いことを言いながら感動しているサニィを尻目に、二人の男は考える。
あと5年で死んでしまう最強の男と、それから先、遥かに劣る力しか持たない次期最強の男。
ただ純粋に旅をするだけでは力を持つ者としての責務は果たせない。
そして騎士団内ではただ一人が圧倒的に強い現状。
「お前の弟子と言う子も気になるな。出来れば騎士団に入ってくれると有難いが」
「勧誘は自由だがあと5年は待ってくれ。あいつの母親も今は呪いに罹ってしまっている。最期の場所を見つけてな」
「そうか……。港町ブロンセンだったな。魔物の騒動が一段落したら行ってみよう」
「ああ、宿屋『漣』に居るエリーと言う少女だ。今、狛の村で様々な武器を作ってもらっている。あいつに合う武器が何かは分からないから、少し見て欲しい」
「ああ、任せてくれ。ついでに師の座も奪ってやろう」
「やってみろ。直ぐに手に負えなくなるぞ? なんと言っても『俺の弟子』だ」
「そうだったな」ディエゴはそう笑う。
今回連れてきた新人達もそうだが、可能性はまだ眠っている。
そしてまだ誰も知らないが、ジョン達サニィが息吹を吹き込んだ魔法使い達も居る。
現状では戦闘の花形は戦士型の勇者。
魔法使いは瞬間的な殲滅力には優れるものの持久力と物理的な戦闘能力に欠ける。
戦士が受けては魔法使いが倒す。そのパターンが安定はするものの、その実最終的な殲滅力も戦士に軍配が上がっている。
そんな戦局を変化させるのが、まだレインにしか見えていないサニィの可能性だった。
「エリーちゃんは良い師匠を二人も持てて幸せですねぇ」
サニィは呑気にそんなことを呟いている。
彼女こそが、この世界のキーであることも知らずに。
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