第57話:魔物に打ち勝つ人間共へ

 「さてマイケル、お前に可能性を見せてやる。10年後には騎士団と双璧を成すだろう。魔法の可能性を」

 「それがサニィ君と言うわけだな。魔法は強大な力だ。現在は確かに騎士団のサポートとしての側面が強いが、その瞬間的な殲滅力から奇襲などには有効だ。しかし現状では……」

 「まあ、見てれば分かる。サニィ」

 「はい」


 魔法には弱点が多過ぎる。

 それは戦闘を生業としているディエゴには特に分かっていることだった。思考が乱れれば威力は落ち、武器が無ければ発動すら出来ず、マナタンクに応じて連続使用出来る魔法の回数は限られている。それはすぐに回復するとは言え、一時的に途切れてしまう事には変わりない。

 条件によってはただの凡人。それが魔法使いの致命的な弱点だった。


 サニィの両親が町を守れなかった理由は簡単だ。優秀な戦士が居なかったから。

 魔法使いだけではほんの少しの隙で簡単に崩れ去る。

 サニィが痛い程に理解している事実でもあった。


 そんな中、サニィはオークの群れから砂漠のオアシスを守り切ったと言う。

 レインが見つけた可能性。それがサニィだった。


 「半分を任せる。俺も彼らに可能性を見せないといけないからな」

 「分かりました。蔦では厳しいですかね」

 「イフリートは炎のエレメンタルだ。酸素を断てば死ぬが、今回は見た目も重要だ。水と、全力の蔦をお見舞いしてやれ」

 「あはは、蔦もですか。了解です」


 イフリートは強大な魔物だ。デーモン程ではないが、デスワーム程度の強さはある。

 オーガの軍勢など比べ物にならない脅威。

 今回暴れているのはそれが50匹。現在火山付近は死の山に近しい危険度となっていた。

 しかし、そんな状況を前にして呑気に話す二人。

 それを見て、レインを知っている精鋭五人はともかく新人三人は怪訝な顔をした。

 もちろん二人はそんなことは見ていない。笑ってはいてもその意識は既にイフリートに向いている。


 「さて、きっと印象はお前の方が強い。先ずは俺が行こう」

 「え、流石にそれはプレッシャーが……」

 「準備してろ」


 レインの獰猛な戦闘は鮮烈に心に残る。半分は恐怖感として。

 それよりも印象が強い魔法を撃てなど、サニィにとってはプレッシャーでしかなかった。

 そんなサニィの言葉を気に求めず、鬼畜魔人は足を踏み出した。


 「よく見てろよ。一瞬で終わる。強くなりたければ現実を受け入れろ」

 「「「は、はあ」」」


 ディエゴの指示に、三人の新人は怪訝さを隠しもしないままに返事をする。

 人外の団長を尊敬していた三人なればこそ、対等どころか上からの目線でからかうレインに対して、その目は疑いの色を増していた。道中、出発してすぐの時にはそんな様子も友人だからと許していたが、新人とは言え彼らの年齢はレインと同程度。

 道中の戦闘は全て騎士団が行っていた。

 流石に二人の部外者に全てを任せて見物するわけにはいかない。イフリート戦では周囲が立ち入り禁止になっているものの、道中ではそうはいかない。

 レインとか言う男はそれを見て笑いながらマイケル等と呼んで団長を侮辱している。

 尊敬する最強の団長がそこまでこの男に言われて殆ど言い返さないのは流石に悔しかった。


 そもそも、自分達もデーモンを倒すくらいなら出来る。今回の遠征も団長と自分達がいればこの騒動を鎮圧できるのだ。次第にそんな風に思うようになっていた。


 「さて、イフリート25匹か。何秒持つかな? 私なら3分はかかる」

 「さ、流石に秒ってことは……」


 イフリートを倒すというだけでもかなり困難だ。

 それ25匹を3分で倒せる団長は異常としか言いようがない。自分達が戦えば、きっと5匹程度を倒した所で力尽きてしまうだろう。新人達にはやはり信じられなかった。

 ところが、そんな考えはとても浅はかなものだったと、直ぐに反省することになる。


 「全力で行く。見てろよ」


 レインがそう言った瞬間、空気が止まった。凍りついたという方が正しいだろうか。

 新人達の目に映ったのは一本の流線。青と金の軌跡だけだった。

 動きなど、見ることすら叶わない。その軌跡を引いたのは青年の青髪と持っていた武器の金模様。

 見えたのは、それが流れた痕跡だけ。

 最前線に居た25匹のイフリート達は、秒すらかからぬ間にただの炭と化していた。


 「さて、見えたか?」


 気づけば戻ってきている青年。

 「うおおおお!?」

 思わず飛び退いてしまう新人達を尻目に、ディエゴは呆れた顔をしていた。


 「お前、それは無いだろ……」

 「どうかしたか?」

 「俺すら殆ど見えなかったんだが……」

 「お前が秒と言ったからな、1秒かからないようにしたまでだ」

 「までだ。じゃねえ! ……お前は相変わらず加減と言うものを知らんな。これじゃ勉強にならんぞ」

 「……そうか」


 二人が言い合っている間、次に来る25匹に向けて、既にサニィは準備を終えていた。

 しかし話している間にイフリート達の距離はレインが仕掛けた時よりも縮まっていた。

 そろそろイフリートの炎の射程圏内。

 腰を抜かしていた新人達も立ち直り、剣を構える。


 そしてイフリート達が一斉に炎を吐き始める。


 「いきますね」


 そう言った途端、イフリート達を巨大な蔦が覆う。

 飛ばされた炎もサニィの目の前まで来るとフッと掻き消える。

 しかし、流石に相手もイフリート。その蔦を燃やし始めたかと思うと、凄まじい火力を携えて突撃してきた。


 「水の壁に、囲まれた蔦。ウォーターカッター」


 そう唱えたかどうか、イフリート達が一瞬で真っ二つになって掻き消える。

 イフリート達は水の壁に阻まれ、濡れた蔦で体を締め付けられたと思えば、その先端から出たビームによって体を両断されていた。流石にそれは新人達にも見えた。

 戦闘時間は僅かに15秒程度だっただろう。25匹全てがまとめて瞬殺されていた。

 完全な条件下でなければ戦士に劣るとされているはずの魔法使いが、人外のディエゴを遥か上回る速度でイフリートの群れを瞬殺する。

 有り得ないことだった。


 「は……?」


 最も驚いていたのは他の誰でもないディエゴだった。

 それも無理はない。レインを除けば自分はまだ強い。そう思っていた。

 驕りではなく、単なる事実として。そんな自分が、殲滅力で言えば最高とは言えないものの、3分はかかると考えていたイフリート25匹が僅か15秒。

 それは最早、強いと言う次元を超えている。

 かつて自分が負けた9歳のレインであれば、最早上回っているかもしれない。


 才能があるという話は聞いていた。マナが尽きる気配がないという事も、リーゼからは聞いていた。

 しかし、その優しさと臆病さから彼女に戦闘は向いていない。

 いつか必ず自分達を超える偉大な魔法使いとは言われるだろう。しかしそれは戦闘面ではない。

 彼女の母親であるリーゼは、サニィについてそう漏らしていた。

 それが、何の躊躇いもなく上位の魔物であるイフリートを一掃した。


 魔法使いが一人でイフリートの群れを一掃。

 有り得ないと思っていた新たな可能性。

 レインが言っていたことは本当だったのだと、目の前の状況を見てようやく納得した。


 「なるほど、これをリーゼさん達にも見せてあげたかったな」

 「ま、歴史に名は刻むだろうさ。彼女は今、魔法の本質を研究している。既にサウザンソーサリスで結果は出始めている」

 「世界を変えるか。全く、今日は驚かされっぱなしだ。しかし、戦士の立場が危うくなりかねないな」

 「サニィは恐らく勇者だ。しかもかなり特殊なタイプの。皆があいつの様にはいかない。騎士団も鍛錬を続けることだな」

 「もちろんだ。魔法使いの台頭は素直に喜ぶべきことだが、戦士の優位性までも覆されるわけにはいかない。サニィ君のおかげでより身が引き締まるだろう」


 二人の戦士は未だに開いた口が塞がらない8人の騎士を眺めてやれやれとため息を吐くと、そちらを振り返る。そしてディエゴは高らかに宣言する。


 「良いかお前達、これが人間の可能性だ。最強は私ではない、ドラゴンでもない、この二人だ。同じ生き物である以上、高みはここにある。驕るな、しかし可能性を捨てるな。今日見たことは紛れもない現実だ。私もまだまだ強くなる。幸いなことにお前たちは今日、ドラゴンをも倒す男の全力を見た。これはチャンスだ。強くなれ!」


 ドラゴンをも倒す男。新人も精鋭も共に、道中でレインがドラゴンを倒したと言う話を聞いた時には冗談だと思っていた。ドラゴンの多くはデーモンロードよりも更に強い。

 今回のものはデーモンロード級だったが、それでも関係はない。どちらにせよ一人で倒すことなど決して叶わない敵だった。デーモンロードに匹敵するかもしれないディエゴでも、同じクラスのドラゴンには勝てない。理由は簡単だ。デーモンロードは魔法を使わない。

 基本的にどんな攻撃でも回避出来るディエゴであっても、長時間のブレスを回避し続けるのは困難。

 最強だと思っていた人間が決して勝てない相手がいる。


 それを倒せる男が目の前にいる。

 隣にいる少女すら、尊敬しているディエゴよりも上にいる。

 最早意味が分からなかった。自分達では決してできないことが出来る人間が存在する。 


 しかし、ディエゴの声でようやく気付いた。

 彼らは異常であっても人間だ。最強だと思っていた団長が目指している高み。

 今までは、団長すら勝てない魔物は存在する。それは仕方がないと思っていた。

 だが違った。それを成せる人間は、確かに存在しているということを。

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