第3話:もえる炎で朱に染まる
「もぉっ、レインさんは卑怯ですよっ」
サニィと名乗った少女はレインに差し出された食料をはむりと齧りながら頰を膨らませる。三日間何も食べず、むしろ食べられる側だった彼女は、文字通り死ぬほど空腹で、そのお陰で意識が朦朧としていた。
会話のやり取りは行えていたが、それが冷静な判断の下で無いことは、レインの告白に何も考えずに即答してしまったことが十分に物語っている。
そんな衰弱した彼女に付け込んだレインは卑怯だと、サニィはぷんすかと頰を膨らませて怒っているのだ。
「少しばかり元気が出て来たみたいだな。良かった」
しかしサニィのそんな抗議などは意にも解さず、レインは微笑む。
別に青年はサニィの弱みに付け込んだわけではない。本気で彼女に一目惚れをしていたし、それどころか裸を見てしまった。いや、裸どころではない。内臓や脳みそまでも見てしまっている。嫁入り前であろう娘のそんな姿を見てしまったことに後ろめたさも感じていた。
しかし話を聞いてみれば、彼女は自分と全く同じ日に死ぬと言う。この呪われた病に罹った者は必ず幸せになる。
そう、運命を書き換えられる。
なるほど、そう言うことか。
レインがたまたま村を出て最初に立ち寄った町が、たまたまモンスターに壊滅させられていて、たまたま気が向いてモンスターのアジトに行ったら、たまたま同じ日に死ぬ少女を助けられた。更にたまたまその少女が自分の好みのど真ん中の見た目と声と匂いをしている。
これだけの偶然が、呪いによって引き起こされた必然であるとするなら、自分はこの少女と共に幸せになって共に死ぬのだろう。
レインはそう納得した。
そうであるなら、彼女が少しばかり機嫌を損ねていても可愛らしいだけ。レインの強靭な精神を揺さぶるには達しない。
出身の町が壊滅し、両親が死に、自分自身も何度も死ぬ目に遭った彼女は見るからに衰弱していた。それが多少の不満を含んでいるとは言え、少しばかり立ち直り始めたことが、レインにとっては純粋に喜ばしいことだった。
「むー、笑ってないで、私の話聞いてますー?」
「ああ、怒った顔を見ているのも良いが、笑った顔も見てみたい」
「全然聞いてないじゃないですかー!」
再びぷんすかと怒り出すサニィ。とても微笑ましい姿ではあるが、それを繰り返すだけでは話が進まない。
レインは「悪い悪い」とあまり悪びれた様子もなく言うと、本題へと入る。
「改めて自己紹介をしよう。俺は『狛の村』出身のレイン。剣士だ。18歳の誕生日に呪いの病に罹り、死ぬまでの間に世界を見て回る為に旅に出たところだ。残りは1821日。質問は?」
「え、『狛の村』って、あの『死の山』のですか?」
レインの自己紹介にサニィが興味を示したのは出身地だった。その問いにレインが「その通りだ」と答えると、サニィは驚愕に目を見開き、そして、町を壊滅させる程のオーガの群れから自分を助けられたことを納得する。
『死の山』。それはサニィの出身地から40km程の距離にある魔境。国の中でも特に強靭な魔物がひしめいているその地は、殆どの人が近づかない。国の軍隊が訓練地として入山するものの、9割が脱落すると言われている場所である。
そんな魔の土地の中に、一つの村が存在する。『狛の村』。そこの人々は軍隊ですら脱落する魔の山で、平然と魔物を狩りながら暮らしている。
曰く、鬼の村。曰く、人外の村。曰く、魔物が避ける村。
自分の目の前の青年は、そんな村の出身だと言うのだ。
「えっと、レインさんはどの位強いんでしょうか」
「そうだな。村のみんなは大して強く無かったから、……全然分からん。まあ、国の筆頭騎士とか言うヤツと試合したけどそいつには普通に勝てたな。とは言えそいつも村の連中より少しばかり強い位だったけどな」
レインのあっさりした返事にサニィは思わず白目を剥く。筆頭騎士とは彼女も会ったことがあるのだが、その強さは人外と言っても良いほどだったはず。それが村の連中より少し強い位? 人外の村の中の更に人外? 人外の人外?
……。
「あ、あの、私もしかして、逃げ場がないです?」
「なんの逃げ場かは知らんが、お前は俺が守る。安心しろ」
「わ、わーい」
サニィは諦めた。
確かに目の前の青年は好みだし、自分を救ってくれたことには感謝している。しかし、突然の展開を受け入れられないでいた。
だから少しばかりの抵抗を試みていたのだが、青年はオーガなんか比べ物にならない化け物だったのだ。
守って貰えるなら敵に回さない方が良い。それがオーガに捕らえられるまで恐怖で何も出来なかったサニィの出した結論だった。
幸いにも彼も自分と同じ日に死ぬし、辛さも共有出来るだろう。なんにしろ、今の所見た目は好みなんだ。
そんな妥協の混ざったサニィの結論にも、レインは微笑んだままだった。
「えーと、改めまして、私はサニィ。一応、魔法使いでレインさんと同じく18歳の、残りの寿命は1821日です。出身は……」
「無理に言う必要は無い。分かってる」
「……はい」
口ごもってしまうサニィに、レインはほんの微かな笑みを湛えながらもをそう端的に告げる。それは特に彼女を気遣ってのことではなかったが、その心は少しばかり楽になるのを感じる。辛いことを無理に聞き出されるよりも、今は辛いことは聞かないでくれることがありがたかった。
それはただの逃げではあると分かっているものの、一度に起きた非常識だらけの出来事の中で、少しばかりでも安心感を覚えるのは、今目の前にいる非常識だけだったから。
お父さんお母さんには申し訳ないけれど、私も死んだばかりだから少しだけ許して。そんな懺悔をしながら、サニィは目の前の事象に集中する。
「俺と話すときも、楽にして良いぞ」
しかしサニィの自己紹介に、レインが言った言葉たったそれだけ。
その単純な言葉に拍子抜けしてしまうものの、彼女はほぼ箱入り娘だった。
ずっと両親に守られて育ってきた存在だった。
そのおかげか、同年代の男の子というものと触れ合ったことが殆どない。
真実は『優しくて大らかな父親』が、サニィに男を近づけないようにしていたのだが……。
「あ、あの、お父さん以外の男の人と話すのもほぼ初めてなのでまだ」
「そうか。好きにすると良い」
「は、はい。えと、何か、質問はありますか?」
サニィは少しばかり勇気を振り絞ってそんなことを言ってみるものの、レインからの返事は「特にない」だけだった。
本当にこの人は私に惚れているんだろうか。そんなことを思ってしまうものの、自分自身が惚れたことがないので分からない。
しかし、そんな端的な言葉しか返さないレインという青年も、自分自身を見る目だけは両親のそれと同じで安心してしまう。
そして少しばかりお腹も満たされ、青年の瞳に安心してきたことで、サニィは強い眠気に誘われる。
ここ数日、通常の人間では経験できないことを経験してきたのだ。何度も何度も死に、何度も何度も食われる。そして、”偶然にも”好みの見た目をした青年に助けられる。
そんな経験を、してきたのだ。
うとうとし始めたサニィを見て、レインは「ゆっくりと休め」と言ったかと思うと、その体を抱きかかえ簡素な寝袋に押し込める。オーガに救われた時の記憶が、突然の抱っこにも抵抗を許さず、なされるがままに寝かされると、サニィはそのまま眠りに落ちた。
その日の会話はたったそれだけ。
残り【1821→1820日】
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