第2話:終末の始まりは時々晴れ

 私はきっと、夢を見ているのだろう。


 ――。


 とある町で生を受けた私は、高位の魔法使いである両親の元で何不自由なく育った。

 お父さんは近隣の町々を合わせても1番の魔法使いだったし、お母さんは宮廷に仕えたこともある腕を持っていた。

 2人の資質を運良く受け継いだ私は、魔法教師としても優秀なお父さんの下で勉強して、気が付いた時にはお父さん、お母さんに次ぐ魔法使いとして町の人たちにも可愛がられていた。

 お父さんは優しく大らかで、お母さんは少しだけ厳しいけれど、2人ともとても良い両親だった。

 いつかは私も2人の様に偉大な魔法使いとなって、色々な人の役に立ちたい。そんな夢を持っていた。


 でも、そんな夢はいとも簡単に、儚く散った。


 私が18歳になった日の深夜、町はオーガの軍勢に襲われた。魔物の襲撃を知らせる鐘が鳴ると、両親は急いで家を飛び出して、そして二度と戻ってくることは無かった。

 鐘が鳴って2時間もすると、町中で火の手が上がり、衛兵やお父さん達が押されていることが分かり始めた。


 そんな状況、初めてだった。

 それまで一度も町から火が上がるなんてことは無かったし、いつもお父さんとお母さんが守っていてくれたから。


 燃え盛る町を見て、私は動くことも出来ず、ただ震えた。

 町で3番目の魔法使いなどと言われながら、両親を超える才能を持っているなどと言われながら、一切動くことが出来なかった。

 町の中では火が上がっていたし、悲痛な叫び声が止むことはなかったから。

 そんな光景を初めて見た私は、18歳、大人の仲間入りをしてさえ恐怖に震えるのみだった。


 結果的に、私は何一つすることなく、死んだ。

 家に入って来たオーガに、たった一撃、頭に棍棒を振るわれて。

 自分の脳みそが飛び散る感覚というものを、その時初めて味わった。


 ……。


 気がつくと、頭の中に何やら数字が浮かんでいる。


 【1824】


 そして、身体中が痛い。

 何故かとても、痛い。


 体を見てみると、胸に太い槍が刺さっていて、手足が無い。お腹が裂かれている。何か、硬い板の様な物の上に寝かされている。高さは1.5m程もある台だろうか。そして、裸だ。


 あれ? なにこれ?


 痛みを堪えながら周囲を見てみると何やら、粗雑な台所の様なところに見える。


 一体どういうことだろう。

 って言うか、私、これ、死ぬんじゃ無いの?


 周囲を見回しているうちに少しずつ冷静になってきた私は、ふとそんな疑問に辿り着く。

 その途端、言い知れない恐怖が浮かんでくる。


 いや、嫌だ。死にたくない。お父さん、お母さん!


 そんなことを泣き叫んでみるものの、声も出ない。でも、いつの間にか、体が動いているのを感じる。動く部分など、首しかない筈なのに。

 何故か、手足が動くのを感じる。

 見ると、先ほどまでは無かったはずの手足が生えている。私は恐怖で頭がおかしくなってしまったんだろうか。

 そんな疑問を感じたものの、死への恐怖は体を勝手に動かす。

 私はいつの間にか胸に刺さった槍を抜き、台を降りていた。凄い量の血が噴き出るけれど、それもしばらくすると止んでいく。


 「お母さん……」


 声が、出る。


 聞いたことがある。

 とある、呪いがあるって。死ななくなる呪い。だけれど死ぬのが怖くなって、幸せになる呪い。

 そして、かかった全ての人が、この世に未練を残して死んでいったという呪い。


 それにかかった人は、頭の中に数字が見えるって。


 ……。


 少し、思い出した。私はオーガに捕まったんだ。オーガに殺されたんだ。

 そしていつの間にか、全く知らない間に、死なない呪いを受けていたんだ……。

 お父さんは? お母さんは? 町の人は?

 色々分からないことはあるけれど、とりあえずここから逃げないといけない。

 このままでは、また殺されてしまう。

 もう、あんな目は嫌だ。


 私は意を決して部屋の扉を開けた所で、再び意識を落とす。また、脳みそが飛び散る感覚を覚えながら。


 人は本当に、あっさりと死ぬんだな。

 そんなことを思ってしまった。



 ――。



 どれくらいの時間が経っただろう。

 全く分からない。もう、痛みも何も無い。

 あの怪物達は、私の体が再生するのをいいことに、切り取っては調理して食べ続けている。一度私が逃げたせいで、胸に槍が突き刺されただけじゃなく、常に見張りが付くようになってしまった。


 私は死ぬまでこのままなんだろうか。

 嫌だ。このままは嫌だ。それに、死にたくない。もう痛みも無いってことは、いつ死んでもおかしくないってことだ。普通なら決して助からないってことだ。

 不死身なのは分かってる。でも、死にそうな感じがする。恐怖は決して衰えない。


 【1822】


 私は後どの位このまま苦しめば良いんだろうか。数字も、よく分からない。これは後どの位なんだろう。

 最初はいくつだったっけ。

 いちねんは、確かさんびゃく……日だから、それにごをかけると……。

 分からない。


 当然だ。

 今は頭も開かれているのだから。



 「……い」


 い?


 「……おい、お前も……」


 何か、少し前までと違う気がする。

 何を言っているのかは分からないけれど、少しだけ安心する気がする。


 「お前も……なんだな? くそ、聞こえ……いか。たまたまだ……助けに来た。ここから運び出すからな」


 徐々に鮮明になる声に、両親と同じと言っても良いほどの安心感を覚える。この男の人の声は、何かとても心地良い。

 そろそろ、疲れて来た所でもある。いや、疲れなんて、そんな感覚は最早ない。そろそろ、私は死んで行くのだろう。この声の主はきっと天使なんだ。

 そんなことを感じながら、遂にはその声に身を任せ、意識を落として行った。



 ――。



 意識を取り戻すと、体は軽かった。

 布に包まれて温かく、近くでは火が焚かれている。少しずつハッキリとしていく意識に、今までのことが蘇る。


 ぐーっ。


 それに恐怖を感じる間も無く、私の生存本能は鐘を鳴らす。


 「起きたか。分かるか?」


 火を挟んで反対側に、1人の青年が居た。

 その声は、意識を落とす直前に聞いたものの様で、安心する。

 見た目もとても良い。

 光に反射するその顔は少しだけ彫りが深く、火が反射したブルーグレーの髪の毛は切ない雨の様。

 鍛え上げられているだろうその体は、今まで見た誰よりも逞しく見える。

 私を見つめるその瞳は藍色。優しくも厳しく光を反射している。


 「あ、あの。私は……?」


 分かるか? の問いには不適切な回答かもしれないが、何も分からないと言うことは伝わった様で、青年は答える。


 「お前の町は、オーガに滅ぼされた。お前が唯一の生き残りだ。いや、死に残りか……。ただ、町を襲ったオーガは俺が殲滅した。仇はとった」


 「……。やっぱり、夢じゃなかったんだ」


 「残念だが現実だ。俺はレイン。お前と同じく呪いを受けている。残りは1821日。死ぬまでに世界を巡ろうと旅を始めたところだ」


 青年は突然そんなことを言う。

 私と同じ呪いを受けている?

 しかも、1821日って私と一緒だ。


 「あ、あの、私はサニィ。残りは同じ1821日。魔法使い、です」


 私のその言葉に、レインと名乗った青年はハッと目を見開く。そう言うことか、そんな声が聞こえる。

何がそう言うことなのか、全然分からないけれど。

 しかし、次に青年の口から出た言葉は、全く予想だにしてない言葉だった。


 「お前に一目惚れをした。俺と一緒に死んでくれ」

 「え? あ、はい。…………え?」


 そこには突然の告白に、動揺する間も無く即答してしまっている私がいた。

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