ふづき 文緒

第1話

一つ、机に突っ伏して寝るくらいなら、授業をサボったほうが良い。その方が先生に失礼ではないから。


-これはお袋の教え。


一つ、せっかく出席日数なんてものが定まっているのだから、足りるように計算した後は学校の外へでも散歩に行け。


-これは親父の教え。


そして、成績を維持しつつこの二つを守ることは俺の美学だった。

だってクラスにそんな奴が居たら、かっこいいと思う。


俺の理想は「常識のある変人」だった。

周りに「何だあいつは」と笑われながら愛される、そんな人間になりたい。

例えば、俺の居ない飲みの席でも俺の話題でみんなが笑って盛り上がるような、そんなぶっとんだ男になりたい。

まあ、酒を飲めるようになるにはあと四年待たなきゃなんだけど、それは置いておくとして……


「私、こう言う光景は見たことがあるわ。ネット広告のエロマンガによくあるもの。壁に下半身がはまって抜けなくなるの。で、壁の向こう側の奴にイタズラされちゃうっていう」


……そう。目の前のこの少女が言うように、今俺は学校の敷地と外部とを隔てるブロック塀にぴったりと、それはもうぴったりと、はまっているのだった。


「ねぇ、何だってその穴から抜け出ようとしたわけ?普通に登って上から越えられるじゃない」


少女は馬鹿にした目で俺を見下ろして言った。

うちと同じ高校の女子の制服を着ているからには、俺とそう変わらない歳のはずだ。

それなのに、態度がやたらとデカい。相手がそんなだとこちらの気持ちも 腐ると言うものだ。


「……穴があれば突っ込みたいのが男なんだよ」


「やあだ、下ネタ止めてよ」


「下方面に話を向けたのはあんただろ…ちょっとした好奇心だったんだよ」


「抜けられるかなって?」


「……おぉ」


「ぶっはー!」

腹を抱えて笑う少女のすらりとした足は先程から俺の目の前にちらちらしているのだが、美脚の持ち主がこいつだと思うと全くありがたみがない。


靴下はくるぶしまでしかなく、間近にこの角度から見上げると結構な肌色具合なのに全くときめかない。


わずかばかり、そんな自分に安心していると、長い足の片方が俺の脇腹の真横、つまりはブロックべいにザリっと言う音を立てて添えられた。


そしてその足を支点として、俺からは見えなかったが恐らく、ブロック塀の上部を両手で掴んだ彼女は俺の頭を跨ぐようにスカートをはためかせながら、俺の下半身が残る学校の敷地内へと消えた。


直ぐに尻の方から、スマホのカメラのシャッター音が聞こえる。


「おい!ぶざけんな。撮るなよ」


「いいじゃない。どうせお尻だけじゃ誰かもわからないんだから。しばらく笑わせてよ。飽きたら消すから」


「マジ、ぶざけんな……ったく、この穴何なんだよ」

ほんの遊び心でくぐったのに、こんな目に合うなんて。

溜息をついていると、少女が言った。


「トンネルだよ」

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