歴史教師と時空の落とし穴(18)

千馬章吾

18

「柊暦先生がいなくなって、もう一カ月かあ。」

「そうだね。どこ行っちゃったんだろうねえ、柊先生。」

「私も、あの先生がいなくなっちゃって、寂しい他無いなあ。歴史は微妙だけど、あの先生は良かったから学校も授業も楽しかったと思うわね。」

 生徒は口々に話していた。



 その後、新聞でも、更に学校新聞でも、「摩訶不思議!?謎の超常現象!?恐竜時代に、ティラノの骨のから見付かった、一足の白いパンプスと銀のネックレス!!」とか言う風にスクープとして書かれていた。

 当然の話だが、それを誰も暦の物だとは分からなかった。



「本当に、不思議だねえ。誰かタイムスリップしたのかえ?地球人そっくりの宇宙人?まさかのう。いや、どうだかねええ、在り得なくは無さそうだけど。ううーん…でもこれはデジャヴかな?前には、男物の黒い革靴と、金の細いネックレスだったような……。あれ?その前は、……茶色いサンダルが恐竜時代で発見だったような?どうなっとるんじゃろうか…………一体?はてな?」

と新聞社の編集長はこう言って、編集部で話されたりもしていた。テレビ局でも、あちこちの学校でも同じだった。



 あの時空間は何なのだろうか?歴史などに人一倍興味を強く大きく持ち、過去の真相をこの目で確かめたい、とか思う者に、稀に現れる穴なのか、そしてそれを操る神様のような者もいるのだろうか?それで可愛いペットがティラノサウルス?変な話だ。

 しかし、この出来事は初めてなどではなく、過去にも起こっていたのだった。昭和の終わり頃には男性の歴史教諭が、残業後に暦とよく似た目に遭っており、そして次は暦だ。時を駆けるのは大変な事で、予期せぬハプニングも起こりかねないものだろう。



 あれから二十年が経過した。今度は、五十ぐらいになる、ちょっと大柄太った、別の女性の日本史教諭が残業後に、階段を降りる途中、時空間に呑まれた。

 少しずつ全ての時代に流れ落ちてはまた呑まれるを繰り返し、最後にはまたティラノサウルスの口の中に落ちた。

 そのおばさん教諭は、暦と衝突した!暦は横に弾かれて、おばさん教諭がティラノサウルスに食われたのだった。

 そして、「恐竜時代に、ブラウンの紐付きサンダルとガーターベルトと、白いネックレス!!」が新聞の他、歴史の教科書にもオマケとして書かれたりしていた。

 五十歳の女性が、ガーターストッキングを穿いていたのか…………。これもまた珍しいだろう…………。どうでも良いのだが、彼女はバーでアルバイトしていた事がよくあったらしい……。



待てよ……。とすると、……あの日本史女教諭の、柊暦は、矢張り助かった事になる。

 では、あのA場面も、無かった事になるのだ。暦は、一度は死んだ事にもなっただろうが、矢張り柊暦は、生きている。無事だ。

 暦は、僅かながらもほぼ変わらぬ時間に落ちて来た次の人と衝突し、その人の代わりに助かったのだった。一度は確かに、ティラノサウルスの餌食となって、恐竜時代の化石にとして吐き出された。暦はあれから、ティラノサウルスの横に現れた、白黒の時空間に飛び込み、現代と言うか元の世界に帰る事が出来た。次の人も、いつ(・・)か(・)は(・)助かる事になろう。それもきっとだ。過去や未来を気にする” 人類 ”がある限りは…………。



 暦は、気が付くと自分の学校の玄関前に倒れていた。戻って来た時、あれから時間は、二時間ほどしか経っていなかったと言う。気を失っていたので、翌朝用務員のおじさんに発見され、一先ずは病院へ運ばれた。怪我については、右脚を軽く擦(す)り剥(む)いていただけだった。手当はそこだけで済んだ。背中にあった引っ掻き傷はとっくに癒えていたが、一応そちらも検査はされて、念の為にと脚や背中に塗れる塗り薬をくれた。

「柊先生!大丈夫ですか!」

「先生!心配したんですよ!それで、倒れていた時、服とか全身は凄く汚れていたそうですね。」

と見舞いに来た生徒達。

「私…帰って来られたのね…良かったな……ふふ。」

と細い目のまま暦は小声で言った。

「???」

「???」

 生徒達は、はてなと首を傾げて顔を見合わせた。



 暦にとっての真実は、Bであった。Aが真実になってしまう人が現れなければ良いのだが。温故知新――。過去を振り返るのも未来の事を気に掛けたり色々思い描いて先行きを考える事も計画を立てる事も大切だが、過去や未来の事は、気にし過ぎても駄目だ。不足も過剰も善くはならない。時には、相手と向き合い関わり合い助け合ったりしてコミュニケーションを取るが、時には距離を取って静寂の中で考える事もどちらも重要だ。

                                         完

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歴史教師と時空の落とし穴(18) 千馬章吾 @shogo

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