歴史教師と時空の落とし穴(16)

千馬章吾

16

 見渡す限り山で、季節がまた違うのか。今度は涼しい。しかし荒野と広野、そして向こうの方には草原が広がっている。

(そろそろ、縄文時代かなあ。)

 とそう思った矢先だった。

「あ、あれは…やっぱり………。」

 またも遺跡だ!

「三(さん)内丸山(ないまるやま)遺跡(いせき)!縄文時代、青森県に建てられた遺跡ね。じゃあやっぱり、…うん。もうよく分かったわ。まだ大分(だいぶん)綺麗だし、創られてそう間が無さそうな感じ………。」

三内丸山遺跡とは、紀元前三五○○年から一五○○年間続いた大集落跡で、住居や高床倉庫、墓群など計画的に整備された集落もある。また出土品から遠隔地との交易が行なわれていた事が分かったそうだ。

「集落があるわね。人も何人かいるわ。でも、ここの時代じゃ、もう私の時代の言葉なんてきっと通用しないわね……。」

 何かあれば手話で話して、食料を分けて貰う、いや食べ物のあるところを教えて貰うしかないだろう。最終手段として、盗み出すなんてのは、モラリストと言われる事もあるぐらいの自分としては、切り札のそのまた奥の切り札としか使いたくは無かったのだ。タイムスリップも、自分の意思で出来ている訳とは言えないのだから。

「折角だし、まあ色々見て行こうかな。でも猛獣には気を付けなくちゃ……。」

 再び暦は歩き出す。

「ふうっ……ぅぅッッ……と!はあぁぁ!この時代って他には、土偶とか、抜歯と言う成人儀礼の習俗があったわね。それで勿論、狩猟と魚撈による採取生活だから、貧富の差は無かったから、そこはこの時代の良いところの一つよね。ここは、やっぱり新石器時代かしらね。」

暦は、手伸びと欠伸(あくび)をしながらゆっくりと歩いて行った。足取りはまた重くなっていた。

「そうだ。”アニミズム”と言って、石でも鉄でも、物にだって魂は宿っていると言う思想

が。そう言うのも、あったわよね。」

アニミズム:自然界の諸事物に霊魂・精霊などの存在を認め、このような霊的存在に対する信仰。英国の人類学者タイラーは、これを宗教の起源とした。アニマティズムとも言う。

「タイラーさんにも会ってみたいなあ、って…か…ん!きゃああああああ!」

 暦は、走り出した。やっぱりいた!獰猛な虎…いや、ただの虎ではない!サーベルタイガーだ!あの、長く鋭い牙に掛かれば、武器一つ持たない人間では、一(ひと)溜(た)まりもないだろう。ただでさえ、虎や熊やライオンなどは強い。集落は近い。全力で走った。暦も、足はなかなか速い方だった。陸上部ではないが、中学、高校ではリレーの選手には選ばれていた。

「あ!助けて!ううん、…ヘルプ!…アア、これも違う!○△×○#*&%……。」

「ガルルルルルルル……。」

「い、いやあ、もう駄目…かも…。」

 暦は、サーベルタイガーに背中を殴打され、のしかかられてしまったのだった。

「ガオーーーーウッ!!」

「あら……。」

 突然横に倒れたサーベルタイガーの脇腹には、長い槍が刺さっていた。目の前には人がいた。格好だけでなく、本物の原始人だ。

「*◇π○※○??AWZ…=&$%$@@。」

と言ってにっこりと微笑む。多分、「大丈夫か??」などと言ってくれているのだろう、と暦はそう思った。

 救ってくれたのは、百八十センチ程と背が高く、屈強で温和そうで知的そうな感じのする、男原始人だった。

「ありがとうございました。」

と一応言い、暦はぺこりと頭を下げた。キスしてあげたかったが、この時代の風習では如何なものになるのかが不安で気が進まないところがあった。

 男性は、村へ来いと言う合図をした。もう村はすぐ近くだったのだ。彼は恐らく、狩りをしていた帰り道なのだろう。



 背中に薬を塗ってくれたのは、髭の長い老人だ。長老か医師らしい人だ。この集落の長老であり、医師、薬師でもある人なのかも知れない。

 その場で、井戸の水と、焼いたばかり魚と肉を御馳走してくれた。新鮮で美味しかった。

(私ん家(ち)の、近所の大衆食堂のより美味しいかも。井戸水も新鮮で美味しいわね。良いなあ。これで凶暴な動物がいなければ、とてもとても素敵かな。これで十分、とても素敵だけど。)



「あ、すみません!御別れの時間ですわ!」

群青色やら黒やらの色が混ざったような時空間がまた丁度良いタイミングで現れた。

(手当もして貰えたし、御食事も終わったし。御礼しないと。そうだわ。)

「!!」

「+@アウオ!!」

「うふふ。さようなら。(ペコリ)」

 時空間へ飛び込む前に、暦は、素早く、長老と、一緒に横にいた先程の男性の頬に思い切りキスをした。二人共赤くなっている。

(時空間は多分消えないけど、私も本当は早く帰りたいのよね……ごめんなさい。良い文化を築いて下さいね。幸運を御祈りしますわ。)

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歴史教師と時空の落とし穴(16) 千馬章吾 @shogo

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