歴史教師と時空の落とし穴(8)
千馬章吾
8
時空の狭間をまたまた越えて行く。果たして次は何処へやら…………………………。
のっけから、大変なものを見てしまったのだ!これは…………死体だ!しかし、まだ動いている…………。
「きゃっ!…人が…死んでる!」
すると、向こうから喚声が響いて来た。
「自殺だーーっ!こちらです!早く!早く!」
何の騒ぎだろうか、と暦は勿論、第三者ながら、気が付けば目の前なので慌てふためくのは当然だ。暦は、急いで近くの茂みにでも隠れる事にした。すぐに時空転移しなければ、これはマズイ事になりそうだ、とそう思ったのだ。
「山背大兄王(やましろのおおえのおう)だ!明らかに、…自殺だな…。間違い無い。見れば分かる。」
「そうですな。」
山背大兄王…暦は、教科書…ではなく、いつも常備している、分かり易い受験用の参考書を開いて見てみる。
そして、すぐに分かった。思い出したのだ。ここは授業でするには細かい箇所(?)になるが、……………………。
聖徳太子による天皇を中心とした中央集権国家樹立の目論みは失敗したが、その後、唐から帰朝した嘗ての遣隋留学生や僧等によって律令制が伝えられた。蘇我氏では、馬子の後、蝦夷(えみし)・入(いる)鹿(か)父子が専横を極め、後の天智天皇である中大兄皇子や中臣鎌足らとの対立が深まった。そして六四三年、山背大兄王は、蘇我氏こと蘇我蝦夷(えみし)・入(いる)鹿(か)の襲撃を受け、追い詰められて自殺する事件が起こった。それを契機に両者の対立はピークを迎えた。
六四五年ついに「大化の改新」と言うクーデター(乙巳(いつし)の変)が起こり、蘇我蝦夷・入鹿は倒され、蘇我本宗家は滅亡し、ここに律令に基づく天皇中央集権国家への突破口が開かれた。
(いつの時代にも、理不尽な争いはあったのね。)
暦は改めて痛感した。教科書や参考書で何十回熟読しようが、DVD等で何度鑑賞しようが、矢張り矢張り、生で見るには足元にも及ばないものだ。
六六八年、斉(さい)明(めい)天皇の皇太子であった中大兄皇子が、近江大津宮で即位し天智天皇となり、我が国初の近江令を作成した。更に六七○年全国に及ぶ初の戸籍である庚午年籍を作成した。この庚午年籍は、口分田班給の為の土地台帳としての戸籍ではなく、氏姓を正す基本台帳であり、永久保存とされた。班田用の最初の戸籍は持統天皇の六九○年の庚寅年籍である。
その時、田園風景が広がる場所に、暦は飛ばされている事に気が付いた。
「田園………でもここは大昔よね。風景みれば分かるわ…。」
農民らしい男二人が、田の前でしゃがみ込んで休憩しながら、何か話していた。
「確か、口分田の班給はよ、日本では六歳以上の良民男女にそれぞれ男に二段、女に三分の二が与えられたんだってな。」
「ああ。その通りじゃな。言い換えれば、五歳以下には班給ないし、女への班給量は男の三分の一を減らしたものだな。即ち、六歳以上への班給は口分田の支給台帳である戸籍が六年毎に作成されたからそうなるんよな。」
傍らで聞いた戸案、暦は、そうだったわね、と今思い出した。
その矢先、また暦は時空間に呑まれる。
(もう嫌ああぁぁぁ!御風呂にも入りたいぃ!着替えたいのにぃ……。)
歴史教師と時空の落とし穴(8) 千馬章吾 @shogo
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