星のもとの、もの、けもの

テン

第1話

 これで何度目、そしてこれから何度続くのだろうか。

 ただ剣を振るい、群れる魔の化身達の首を撥ねる。

 何匹殺して、何人殺されればいいのか。

 人と人なら終わりのある戦争。だが人とモンスター。これは生存競争であり、終わりのない殺戮。

 ただ、前を、真横を見る世界。目を逸らせば己の首が飛ぶ。水平を見つめる。

 そこに在るのは数えきれない断末魔の渦。

 この世界に平穏はないのか。

 躓き、下を、地を見る。

 そこに在るのは蛆の湧く敗者の亡骸。

 前も下も戦火の痕。

 上は、空はどうか。

 見渡す限りの蒼空のはず。

 戦場にいることも忘れ、見上げる。

 希望はなかった。

 そこに在るのは女面鳥身のハーピーの群れ。

 常人では辿り着けない領域を滑空する人面の群れ。

「ひとでなし」

 ふいに言葉が口から洩れる。

 人ならざる者に言ったところで意味はないのに。

 急降下し鉤爪を振りかざす少女と目が合った。

 なぜ少女と思ったかはわからないが、人の顔をしたハーピーの面に、少なからず惹かれたのは確かだ。

「ああ」

 そして俺は少女を斬り、この身を鉤爪で裂かれた。

 倒れ、意識を失う時、俺は空を、ハーピーのはるか上の蒼空を見た。

 人もモンスターもいない不可侵の領域を。

 ――宇宙を。


 目が覚めたとき、不可侵の領域は目の前に迫っていた。中間にあった蒼空が消え、黒く、そして深い世界がそこにはあった。

 瞬く星々。

「夜、か……」

 何時間気絶していたのだろうか。右手で腹をまさぐる。乾いた血はつくが、傷は深くない。気を失う前には無かった、自分の右に横たわる人間だった死体を見つめる。

 横を見れば、ただの肉塊の床。目覚めなければ自分もその床の一部だったのだろう。

 背を地につけたまま悪臭を気にせず、大きく息をする。

 そして再び前を、空を見つめる。

 ハーピーもドラゴンもいない。静かな世界がそこに在った。

 不可侵の領域。またの名を宇宙。

 誰も行ったことのない、たどり着けない世界。

 何も無い世界。人も、モンスターも、争いすらも。

 そこにある月や星々にも生物の手は及んでいないはず。

 右手を伸ばす。ぼろぼろと乾いた血が落ちる。

 行きたい。

 あの場所へ。

 血なまぐさいこの地を捨てて。

 もうこの臭いは嗅ぎたくない。

 この臭いに慣れてしまいたくない。

 誰にもこの臭いを出して欲しくない。

 何より、自分からこの臭いを発したくない。


 ――死にたくない。


「生きたい」

 このままでは蛆や烏の餌だ。

 体を起こす反動をつけるために左に首を動かす。

 息が詰まる。

 まただ、また少女と目が合った。

 羽から胸元にかけて血を流している。

 赤い。

 俺から溢れる血と似た色。

 人外であるハーピーの人間の部分。頭から太ももに至るまでの真白い胴部を見つめる。

 血で濡れる小さな胸部が微かに動いた。

 再び少女の瞳を見つめる。

 その目は、死んでいなかった。

 生きている。

 ――殺される。

 手探りで剣を探す。

 見つからない。

 俺にも鉤爪があればと、人間に生まれたことを悔やむ。

 この際、この少女の息の根を止められるのなら、剣でも石でも、木の棒でもいい。何か、早くとどめを刺せるものを。

 俺が助かるものを。

「あそこに行きたいの?」

 隣の死体が掴んでいる剣を見つけた瞬間だった。

 少女が、ハーピーが話しかけてきたのだ。

 言葉とともに、死体から奪った剣を落とす。

 モンスターでも人の言葉を話せる奴はいる。

 だから、この少女が喋ったことに驚いたわけではない。

 俺の望みを言い当てられたことに驚いたのだ。

「ねえ、どうなの?」

 鳥のように空を飛びたい奴は腐るほどいる。羽に憧れ、空を飛ぶ呪文を生み出そうと躍起になる奴らが戦場で腐っていく姿だって見てきた。

 だが俺のように、空のその先、宇宙まで目を向ける奴なんていなかった。

 俺が宇宙を見つめても、蒼空がそれを邪魔する。

 ただ蒼空に憧れる男。

 上を見上げる俺の評価なんてそんなもののはずだ。

 だが初めて会う、人外の物の怪が俺の望みを言い当ててしまった。

 殺意が失せた。いや、萎えたと言うべきだろうか。

「ハーピーは人の心も読めるのか?」

「あ、やっと応えてくれた」

 学者が知れば、驚愕する新説だろう。空も飛べるうえに、人の心まで読むとは。人ならざる者とはどれだけ優れているのだろう。人間とはどれだけ貧弱なのだろうか。

「先に質問された俺から答えようか」

「うん。あそこに行きたいんでしょ?」

「正解だ。行きたい。行って、ここには帰ってきたくない。次はお前。ハーピーは人の心が読めるのか?」

「ううん。私達にそんな便利な力は無いよ」

「でも言い当てられた」

「だってわかるんだもん」

 少女は俺が傷つけたことを忘れてしまっているのだろうか、そして俺を殺そうとしたことも。殺し合っていた相手だというのに、何故こんなにも無邪気に話せるのか。

「どうして、わかるんだ?」

 同じ人間であってもわからないことを、どうして人ではないモンスターのお前に。

「簡単だよ。だって」

 少女は傷ついた翼を輝く星々に向ける。

「私も同じ思いだから」

 そう言い、そのモンスターは人間の様に笑った。


 気づいた時には、俺は宇宙の下、空よりもはるか下の地面を、傷ついたハーピーの少女を担いで歩いていた。

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星のもとの、もの、けもの テン @ten1028

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