歴史教師と時空の落とし穴(3)
千馬章吾
3
ここは何処だろうか?背広に身を包んだ男が何十人も集まった裁判所みたいな場所に出ていた。いや、ここは国会議事堂のホールのようだ。
そこには、木戸孝允と大久保利通がいた事で、明治時代だとすぐに分かった。一八七三年、明治新政府は朝鮮に国交を望んだが拒否された。没藩士族の不満をそらす目的を持って征韓論が起こった。木戸と大久保らは内政の整備を訴えて征韓論を抑え、西郷隆盛は下野したと言う。その後。一八七七年には、西南戦争が起こる。
「おや、可愛い御嬢さん。どうしたんだね?一般の人は立ち入り禁止の筈じゃが。」
と一人の背広を着た中年の男は言った。
「あのう、今は明治時代、ですよね?」
「そうじゃよ。一八七三年の明治時代じゃ。もしやあんた、記憶喪失かい?」
「いえ、そう言う訳じゃないんですけど。気が付いたらここに…………。」
と暦は両手の平を組むようにして腹部に当てている。
そう言えば、この後、一八七六年に日朝修好条規と言う不平等条約が起こり、朝鮮が開国するなんてこの場で暦は、とてもじゃないが言えはしなかった。
一八八二年には壬午事変と言うクーデターが起こって日本公使館が焼き打ちされる事も。
一八八四年には甲申事変、一八九四年には東学党の乱、一九○四年には日韓議定書、一九一○年には韓国統治権が掌握され、ソウルを京城と改めて朝鮮総督府を置き、韓国統治の本拠とされる。これは韓国併合の事だ。何れはこれが起こるのだ。
すると、またザザッとこの場面がフェードアウトされるようにまた切り替わった。
ここは、周りの風景からすればまだ明治時代なのだろうか。すると五箇条の御誓文がこの一八六八年三月に新政府の基本方針としてどうのこうのと話し合っている中年男性がいた。そこにいたのは、それを起草した由利(ゆり)公正(きみまさ)と福岡(ふくおか)孝(たか)弟(ちか)だった。木戸孝允が後に修正する事になる。四月には政体書の制定がなされ、一八六九年一月には版籍奉還、一八七一年七月には廃藩置県だ。一八七六年の金禄公債証書発行条例により秩禄制が廃止され、士族の生活は困窮化した。これを秩禄処分と言う。
その時、目の前に淀んだような色をした大きな穴がポッカリと空いた。またワープするのか。
(もう、何なのよお、帰りたいのに…………。)
「君、大丈夫かね?」
「え?」
「気が付いたか。」
そこには伊藤博文がいた。
「あの、ここは?」
「ここは枢密院と言う建物の中なんだ。倒れていたから吃驚したんだが。」
「はい。すみません、どうも。」
「いやいや。そうそう。たった今ね、昨年の憲法草案審議を経て大日本帝国憲法が発布されたところなんだ。君はもう知っているかね?」
「え?は、はい。」
と言う事は、今は一八八九年になるのか。
「あのう、このまま行けば一八九○年には、第一回帝国議会が開催されま……あ!いえ、何でもありません!」
「ん?何を言っているのだね?君は…………??」
また周りがどよんと変な色が混ざったような色に包まれる。またワープか。
ここは、映画村なのか。いや違った。雰囲気で分かる。自分と似た現代大臣の服装の者が一人もいないし、異様に広い街並みだ。ここは間違いなく、本当の江戸時代に来てしまったと、暦はすぐに分かった。そして蒸し暑い真昼間のようだった。季節は夏真っ盛りだろうか?そこまではまだ分からない。向こうから何か聞こえる。
「御用だ、御用だああ!!」
「待て!待てーーい!」
手に持った提灯をぶら提げたまま走って行く二人の御用役人が見えた。
江戸時代と言えば、…………。
江戸幕府の機構として、一六○三年に征夷大将軍に任ぜられた徳川家康が江戸に幕府を
開いた。徳川家康に会えるのだろうか、と暦は思った。歴史上の人物の中では、暦が惚
れている人物の一人ではあったが、既に現代にはいない。その為、ここでは会えたらいい
なとちょっぴり胸がキュンと鳴ったようだった。中央機構では、最高職の大老は常置では
なく、蠟中が政務統括者だった。地方機構では、京都所司代と言う、朝廷や西国大名を監
察する者があった。
この時代、大名(だいみょう)は一万石以上の領地を与えられた者で、一万石以下は直参(じきさん)と言い、また旗本(はたもと)・御家人(ごけにん)とも言う。
ところでここは江戸と言っても西暦何年なのだろうか、と暦は思った。
一六一五年には徳川家康が秀忠の名で出した元和令(げんなれい)(十三条)が最初で、将軍の代替わりごとに発布されたのが「武家諸法度」と言うものだった。
取り敢えず歩いてみる事にした。城の近くまで来たところで、またノイズみたいなザザッと言う音が響き、周りにはノイズの砂嵐みたいなものが現れて暦はそれに包まれた。
歴史教師と時空の落とし穴(3) 千馬章吾 @shogo
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