Vainna Gareth(ベインナ・ガレス)
安田浩次
第1話 メイド
”カランコロン”
正面入り口にあたる古びた木製のドアが開かれ、備え付けのベルが新たな客の来訪を店内に伝える。
私は入り口に顔向けることなく、大きくなり過ぎない程度の元気で声を出します。「お帰りなさいませ、お客様」
メイド喫茶において、入店時にお客はメイドから「お帰りなさいませ、ご主人様」と呼ばれることがどこのお店でも行っているサービスであると世間一般では思われている事が多いです。
私の知っている限りでは、この挨拶はどこのメイド喫茶でも行っているわけではなく、むしろ特定のお店がお客様に対してどうゆう風に接するべきであるかを体現した結果の現れである傾向が強いのです。
お客様は元々、メイドのご主人様であり、そのご主人さまが自宅=お店にお戻りになられた為、挨拶は「お帰りなさいませ」になり、自宅=お店から出かけられるときは当然、「いってらっしゃいませ」になります。
私はこの考え方を当たり前であると思っています。
それでも、私は今のお店ではあえて言っていません。
なぜならば、今の私のご主人様は私をこのお店で働かせてくれているオーナーだからです。
このお店はオーナーのご自宅であり、日々オーナーのご友人がお集まりになられる社交場なのです。
その為、このお店に来られる方々はすべて「オーナーのご友人であるお客様」になります。
オーナーの考え方は”すべてのお客様にこの場所を、わが家と同じようにくつろいでいただける空間にしなければならない”です。
ここは”オーナーのご自宅”であり、お店にお見えになられるお客様はすべて”オーナーのご友人”であり、その方々すべてに”ご自宅に帰られたような安心感を得られる空間”をご提供する為に、私はメイドとしてここに存在するのです。
故に、挨拶は「お帰りなさいませ、お客様」となりました。
先輩メイドの方々は、私のような挨拶を好みません。
私だけが、している挨拶です。
私の挨拶が店内に響きわたる度に、お客様からの暖かい視線に混じって、先輩方からの冷たい視線を感じます。
”余計な事をしないでくれる?”
私はオーナーからこのお店の管理者として雇われ、お給金も最初からいきなり高いのです。
先輩メイドの方々にとってはまさに晴天の霹靂です。
それだけでも、私は反発を食らうのは目に見えているのですが、加えて私の独りよがりのような挨拶の導入です。
これ以外にも、今のお店で気になる事は私は片っ端から変えていきました。
その結果、数日と経たずに先輩メイドの半数はお店を去っていきました。
残った先輩メイド方も私とはほとんど口を聞いてくれません。
数か月たった今でも、お店を指揮しているのは先輩メイドのリーダーです。
私は、オーナーに何度も「管理者としての責任は私には重すぎるから外してほしい」と頼みましたが、オーナーは「僕は、君を管理者以外で雇う気はないよ。いまの立場が気に入らないのならいつでも辞めてくれていいよ」と言われ続けました。
私にはこのお店以外で生きていける気がしません。
私は、メイド。ご主人様に使えるメイド。
メイドではない私は、私ではありません。
”奉仕の心と感謝の気持ち”
人は誰も一人では生きていけません。
私の独りよがりも、きっと誰かの為になる。
今はそう信じて声を上げます。
「お帰りなさいませ、お客様」
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