星座占いバトルロイヤル

ちりぬるを

星座占いバトルロイヤル

 まだ眠い目を擦りながらトーストにマーガリンを塗っていた大森七瀬の手が止まった。毎朝欠かさず観ているテレビの星座占いのコーナーが始まり、それを食い入るように見つめる。

「うわー十位かぁ、無理だわー」

 彼女の双子座はすぐに登場し、悲鳴にも似た感想と共に頭を抱えた。ところが順位の横に表示されたコメントを見て息を飲んだ。


『片想いの相手と急接近! ラッキーアイテムは手紙』


 七瀬は大急ぎでトーストと目玉焼きを牛乳で流し込むと自分の部屋に戻った。後ろ手にドアを閉め、深く深呼吸をして机の引き出しの中から猫の柄のレターセットを取り出した。勝負時に使おうと以前買ったお気に入りだった。それを折れ曲がったりしないように教科書に挟んでバッグに入れて制服に着替える。少し迷って気合のツインテールにした。

 玄関で靴を履いていると母親に呼び止められた。「今日雨降るらしいから傘持って行きなさい」と手渡された折り畳み傘をバッグの隙間にねじ込み、「ありがと」と両手を合わせて家を出た。



 一年生の時から同じクラスだった白間のことを七瀬ははじめ認知すらしていなかった。夏休み明けの席替えで隣の席になるまで名前すら知らなかったほど当時の彼はクラスで影の薄い存在だった。隣になった時も軽く挨拶をしただけでほとんど会話をした記憶もなく、眼鏡の人くらいにしか思っていなかった。


 それでも白間と仲良くなった日のことは今でも鮮明に覚えている。退屈な授業中に友人の高梨百花に借りた小説を隠れて読んでいると、七瀬の机にそっと千切ったノートの切れ端が置かれた。『なに読んでるんですか?』と書かれたその切れ端は真面目に授業を受けない自分を咎めるものかと七瀬は思ったのだが、ゆっくりと目が合うと彼はニコッと笑い、そうではないことがすぐに分かった。

 七瀬は切れ端の余白に読んでいた小説のタイトルを書いて白間の机に置いた。『それ前から読みたいと思ってたんです! 読み終わったら貸してくれませんか?』

 返事はすぐに返ってきた。もう書く所がなくなったので紙を裏返す。

『友達から借りたやつだから貸してもいいか聞いてみるね』

 彼はそれを読むと嬉しそうに別の紙を用意し、何かを書き出した。結局その授業中は彼とのやり取りに終始し、七瀬が再び小説を読むことはなかった。


 その日から二人は読んだ本の話などをするようになった。七瀬は以前は暇つぶしに話題の本を読むくらいで読書が好きというほどではなかったが、彼の勧める本を読み、話のネタにと頻繁に書店や図書館へ通うようになった。



『そんな始まりだったから、告白する時は手紙でと決めていました』

 電車に揺られながらスマホでラブレターの下書きをしていると、停車した駅から高梨百花が乗ってきた。書きかけたスマホのメモを保存し、いつものように手を挙げる。

「ねえ七瀬、何か困ってることない?」

 おはよ、という挨拶も早々に繰り出された百花からの質問に、とっさに直前まで考えていた白間へのラブレターのことが頭に浮かんだ七瀬だったが、そんなことを言えるわけがないし、そもそも困っていることではないなと思い、「別にないなぁ」と答えた。

「そっか、ないか」

 残念そうな百花に理由を尋ねたが、「フォーチューン望月がさ……」という一言で七瀬は朝自分が見たのと同じ星座占いを百花も見ていたのだろうということを察した。

「困ってる人を助けると倍になって返ってくるって言ってたけどそんな人なかなかいないよね。ラッキーアイテムの傘も忘れてきたし」

「不純」と言って七瀬は笑った。

「ところで今日なんかあるの?」七瀬のツインテールを指差して百花が尋ねる。「さすが、鋭いなぁ。実はね……」照れ臭そうに髪を触る七瀬の打ち明け話は学校に着くまで 続いた。



 授業中にコツコツ書いてハートのシールで封をしたラブレターは昼休み前に完成した。バッグや机に入れていて万が一誰かに見られたらと思い制服のポケットにそれを入れ、購買部へパンを買いに行った。いつも通り短いながらも行列が出来ていて七瀬は一番後ろに並んだ。

「大森さん?」

 七瀬の後ろに並んだのは白間だった。隣の席になったのは一年の時のあれっきりで教室で話すことはめっきり減ってしまったが、放課後に学校の図書室で並んで本を読むのが日課になっていた。だから手紙を渡すならその時だと決めていたのだが……。もしかして早くも手紙を渡すチャンス到来か? と思ったのも束の間、その横には同じくクラスメイトの竹内の姿があった。

「お前授業中ずっと何か書いてただろ?」

 竹内は七瀬の斜め後ろの席で、いつもろくにノートも取らない彼女が真剣に何かを書いているのが丸見えだった。

「あーあれは……明日私誕生日だから、親に感謝の手紙を、ね」

 とっさに出た言い訳にしては我ながら上出来だと七瀬は思った。もちろんまるっきり嘘というわけではなく、その手紙は家に帰ってから書くつもりだった。

「え、大森さん明日誕生日なんですか?」

 驚く白間に誕生日をアピールしようとした七瀬だったが、その前に「そうそう、そして明後日は俺の誕生日だからよろしくな」と竹内が得意げな顔で割り込んでくる。

「てことは竹内も双子座なの?」

「そうだよ、今日の占い十位のな」

 うちの学校であの占いコーナーの視聴率何パーセントだよ、と心の中でツッコミながら、会計の番がきた七瀬はポケットから財布を出した。



「ヤバい百花、死んじゃう」

 二年になってクラスの別れた七瀬が顔を真っ青にして百花の所へやってきたのは彼女が弁当を食べ終えた直後だった。ただならぬ言動に教室を出て廊下で事情を聞くと白間へのラブレターを失くしてしまったらしい。購買部で財布を出した時じゃないかと七瀬が言うので急いで向かったのだが、ピークを過ぎて人気のなくなったレジの周りに落ちていないことは一目瞭然だった。七瀬の顔見知りだというおばさんに尋ねてみたが届いてはいなかった。

「誰かが拾ったんだろうね」

「どうしよう。今頃どこかで回し読みされて笑われてるよ」

「一応職員室にも聞きに行こ」泣きそうな顔で悲観する七瀬の肩を叩く百花は走り寄ってくる足音を聞いた。


「やっと見つけた」

 よほど急いでいたのか、竹内の息が切れていた。

「ちょっと大森に話があるんだけど」

「今それどころじゃないの。あとにしてくれる?」

「いや、分かってるから」

 そう言って竹内は半ば強引に七瀬を隅のテーブルへ引っ張って行く。

「ほら、これ」百花からは死角になって七瀬にだけ見えるように差し出されたのは、見覚えのあるハートのシールが付いた手紙だった。それを受け取り封を確認したが開けた形跡はなかった。

「えー嘘! ありがとう! 百花あったよ!」

 嬉しそうに飛び跳ねる七瀬に百花が駆け寄り抱き合う様子を見て、竹内はやれやれと溜め息をついた。


「うち次体育だから、また後で!」

 ちょうど鳴り出した予鈴を合図に百花が走り出した。七瀬も今度は落とさないように手紙を深くポケットに入れて教室へ戻ろうとする。

「なあ、お前白間が好きなのか?」

 背中越しの問いかけに振り返った七瀬は驚きを隠し切れない表情だった。

「読んだの?」

「中身見なくても内容は分かるだろ?」

 確かに七瀬の名前と「白間君へ」の文字、ハートの封を見れば中身の想像はついてしまう。急に恥ずかしくなり七瀬は顔を真っ赤にした。

「それ、渡すのか?」

 七瀬は当たり前じゃん、と答え再び歩き出した。

「当たるんだなあの占い。片想いの相手と急接近、ラッキーアイテムは手紙、で十位だもんな」

 前を歩く七瀬が振り返り、「それってどういう意味?」と尋ねてきて初めて自分が声に出してしまっていたことに気付いた竹内は「何でもない、独り言だ」と目を伏せ、不機嫌なふりで誤摩化した。



 放課後になり怪しくなっていく雲行きを憂いながら、部活のため体育館へ向かう百花に七瀬が「おーい」と手を振っていた。

「傘忘れたんでしょ? 私が帰るまでは降らなそうだから貸してあげよう」

 そう言って七瀬は花柄の折り畳み傘をバッグから出した。「一緒に探してくれたお返しだよ」

「当たるね、あの占い」二人で笑い合う。

「手紙は? 渡したの?」

 七瀬は首を振った。

「これから。多分図書室にいると思うから」

「そっか、頑張るんだよ」

 百花の声援に七瀬は拳を上げて応えた。


 七瀬を見送ったあと借りた傘をバッグにしまい、私も頑張らなきゃな、と思っていた百花の目の前を校門へ向かって歩く白間が通った。

「白間!」

 慌てて呼び止め「もう帰るの? 図書室は行かないの?」と百花が聞くと「その予定だったんですけど、急遽買い物に行く用事が出来まして」と頭を下げる。白間はなんでいつも敬語なのだろう? と百花がどうでもいいことを考えていると「じゃあ、雨が降る前に済ませてしまいたいので」と立ち去ろうとする。

「待って」

 百花は七瀬に電話をするも、図書室にいて律儀に電源を切っているのか繋がらなかった。仕方なくバッグから取り出したノートを破り、メモを書き白間に渡す。

「なんでですか?」メモを受け取った白間はそれを見て怪訝そうな顔をする。

「もう一回、困ってるであろう人を助けようと思って」



 夕食を終えた七瀬は自分の部屋に戻りベッドに身を投げ出した。枕に顔を埋めて叫び出したい衝動を抑えた。占いなんて全然当たらないじゃないか。全然急接近なんて出来ないじゃないか。やり場のない不満を吐きながら机の上の手紙に目をやる。


 白間は今日に限って図書室には現れず、さんざん待った挙げ句雨にも降られてしまった。百花からの着信があったので掛け直してみたが出なかった。さすが十位だなと思いながら、枕に向かって「フォーチューン望月のバカ!」と叫ぶ。

 

 百花から電話が掛かってきたのは日付が変わる少し前だった。彼女は傘のお礼を述べたあと、奇妙なことを言ってきた。

「で? 二つ目の人助けの結果はどうだった?」

「なに? 二つ目って?」

「あれ? まだなのか。ってことは、白間もやるねぇ……。じゃあ先にお返しが来ちゃったんだね」

 百花は全く事情を飲み込めず戸惑う七瀬に、貸してくれた傘のおかげで思いを寄せていた先輩と相合い傘で帰れたこと、その流れでデートの約束をしたことを伝えた。以前から相談を受けていた七瀬は自分のことのように喜ぶとともに「それ倍返しどころじゃなくない?」と冗談まじりに言う。

「だから、お返しが先に来ちゃったんだって。楽しみにしてなよ。もうすぐ、あと5分くらいで分かるんじゃない?」


 思わせぶりな言葉を並べるだけ並べて百花は一方的に電話を切った。取り残された気分の七瀬が再び枕に顔を埋めていると、スマホが鳴った。百花からだと思い画面を見ると白間からのラインだった。気が付かない内に零時を過ぎていて、ラインの内容を見た七瀬はなぜ白間と急接近出来なかったのか、それが分かった気がしてベッドの上で笑い転げた。


『誕生日おめでとうございます! 高梨さんにアドレスを聞きました。迷ったのですが、どうしても最初にお祝いを言いたくてラインしてしまいました。プレゼントも用意したので喜んでもらえると嬉しいです。

P.S.僕は好きな女子以外には敬語って決めているのですが、明日からはタメ口でいいですか?』

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