杉と蘭のシリーズ その壱
増田朋美
杉と蘭の出会い
朝早く。今日はごみ回収日だったので、何人かの主婦が、ごみ置き場にやってくる。
主婦「な、なにこれ!」
主婦「気持ち悪い!」
そこへ車いすに乗った杉三が、やってきた。
杉三「どうしたんですか?」
主婦「これみてよ!」
杉三「これは、人間の手ですね。」
主婦「そうじゃなくて、、、。こんなところに、人間の手があるなんて、おかしく思わないの?」
杉三「とりあえず、確認だけ。上にのっているごみをとってみたら、なんなのかわかります。」
主婦「まあ、そうよね。」
と、こわごわごみを取り除いてみると、黒の着流しを着た、人間の男性がでてきた。左の腕は胸を押さえている。右腕がたかくあがっていて、それがごみやまから、見えたのだ。左右の腕には、様々な花の入れ墨。
主婦「まあ、やくざの殺し会いでも、あったかしら。」
主婦「こわいわ。すぐ警察をよばなければ。」
主婦「物騒な世の中になったものね。」
杉三「待って!」
主婦「は?」
杉三「この人まだ息がある!」
主婦「いえ、そんなことないわよ。きっと死んでいるわよ、」
杉三「でも、聞こえるもの。」
主婦「じゃあ、あなたが責任もって、介抱して頂戴!」
と、全員去ってしまう。
美千恵が家から出てくる。
美千恵「いつまでも、なにやってるの?はやくしないと、ご飯がさめるわよ。」
杉三「母ちゃん、この人、なんとかならないかな。」
美千恵「まあ、かわいそうに。どれどれ、(と、脈をとる)ああ、まだ脈があるわ。病院につれていってあげましょうか。」
と、男性をせおい、近隣の池本クリニックに連れていく。長いかかりつけのクリニックなので、院長も事情を知っており、すぐに、男性の処置が始まった。
杉三「あの人は、大丈夫かな。」
美千恵「大丈夫よ。脈を図ったとき、平脈だったから。」
数分後
池本院長「目を覚ませば大丈夫ですよ。お二人がはやく見つけてくれてよかった。おそらく、発作のあと、何十時間も放置されていたんですね。もし、あと一時間遅かったら、亡くなったかもしれません。」
美千恵「発作ですか?」
池本院長「おそらく、心内膜炎です。年齢が若いのでなんとか生活できたのでしょう。」
美千恵「そうですか。」
と、敢えて詰問しなかった。
美千恵「もう、心配ないって。」
杉三「よかった!」
池本院長「だけど、杉三さんだから助けられたのかもしれません。彼の背中をみて、一瞬ぎょっとしてしまいました。何とも、青龍が一面に入っておりましてね。きっと極道の一門の方なのでしょう。放置されていても、仕方ないとおもいましたよ。」
美千恵「そうですか。」
杉三「先生、彼に会いにいっても、いいですか?」
池本院長「いいですよ。ただ、怯まないようにしてくださいね。」
杉三「はい。つれてってください。」
池本院長「五階の個室にいます。と、いっても、君は解らないのか。」
と、杉三の車いすを押してエレベーターにつれていく。
5階。一般病棟。池本院長は、一番奥の部屋に彼をつれていった。
杉三「失礼します。」
患者の男性は、目が覚めたようで、横になって、天井を見つめている。右腕には、桜や梅などの花がおびただしく描かれていて、なかには不格好なものも。
杉三「綺麗ですね。右腕の桜。」
男性「あなたは。」
杉三「僕は影山杉三です。よろしく。」
池本院長「伊能さん、あなたを助けてくれたのは、この人ですよ。ただでさえ、偏見の多い職業なんですから、感謝してくださいね。」
男性「そうだったんですか。ありがとうございます。お体が不自由な方とは。僕も、歩行できないので。あ、名前を名乗らせてください。伊能蘭ともうします。」
といって、花がかかれた右腕を出した。杉三も、迷わず握手した。
蘭「ご迷惑をおかけしました。買い物帰りの途中で、急に苦しくなってしまい、なんにもわからなくなってしまったんです。苦しくなるのは、よくありましたけど、倒れるまでいくとは、思わなくて。」
池本院長「まあ、とりあえずは、一週間ほどこちらにいていただいて、しばらくはうちに通ってもらうことになります。ご自宅はどこですか?」
蘭「富士の、岩渕です。」
池本院長「はら、また遠いですな。だれか、送り迎えをしてくれる、お父様とか、ご家族はいませんか?」
蘭「いません、天涯孤独です。それに、
若くなんかないですよ。もう46です。」
池本院長「つまり杉三さんより、一つ年上ですか。お若い顔ですな。とてもみえませんね。はて、それではこまりましたな。いつまでも、この病院にいられては、次の患者さんもおられますし。」
杉三「あの。」
池本院長「はい?」
杉三「僕のうちに来てくれませんか?」
池本院長「なるほど!それは賢明です。ありがとう、杉ちゃん!」
杉三「院長さんは、彼を追い出したいんだ、でも、しっかり直してあげなきゃだめですよ。」
池本院長「はいはい、わかっておりますよ。杉ちゃんには、隠し事はできませんね。」
数日後。蘭は無事に退院し、杉三の家から病院に通う。
美千恵は、二人をショッピングモールにつれていったり、図書館に連れていったりした。文字の読めない杉三に、蘭は、デュマの『岩窟王』や、スタンダールの『赤と黒』を朗読してくれた。図書館司書の代読サービスより上手だった。
路上
子供たち「やくざの蘭とあきめくらの杉三が、今日もいくよ、ああらおかしい。あはははは。」
子供たち「かわいそうよ、二人とも障害があるんだし。」
子供たち「障害って、害、つまりわるいことしたんだよね。だから、絵なんか背中に
描いたんだ。」
などと、囃し立てたが、ふたりとも、気にはしなかった。
食卓
蘭は料理の才能もあった。おかげで、杉三たちの食費は、口が増えたにもかかわらず、大幅に減った。
美千恵「(カレーをたべながら)インドカレーを食べるなんて、はじめてだわ。こんな珍しい料理、一生食べれないと思った。」
蘭「ありがとうございます。お口にあうか不安でしたけど、気に入ってくださったみたいで。」
杉三「毎日何かしらのかたちで、きしめんがたべられる、うれしい。」
蘭「杉ちゃんは、なにをするにもきしめんなんですね。」
杉三「世界で一番好きなんです。」
蘭「すごいですね。」
杉三「午後に、図書館にいこうよ。」
美千恵「ほら、あんまり蘭さんに体を使わせてはいけないわよ。」
杉三「そうだったね。でも、蘭ちゃんが来てくれたおかげで、毎日が幸せになった。うれしい!」
数日後
インターフォンがなる。
美千恵「はい、どちら様ですか?」
声「はじめまして、影山さんのおたくですね。」
その発音は、どこか変だった。
美千恵「あの、どちら様ですか?」
声「伊能アリスです。伊能蘭の妻です。入らせてくれませんか?」
美千恵が戸をあけると、長い茶髪をした女性が立っていた。いかにも、外国人らしい風貌だった。青い目が、真剣になにかを訴えている。
アリス「あなたが、影山杉三さんの、奥さまですか?」
美千恵「いえ、私は母親です。」
アリス「杉三さんという、あきめくらのひとは、どこにいますか?」
美千恵「いま、買い物にいきましたけど。」
アリス「伊能蘭も一緒ですか?」
美千恵「はい、そうですが、どうして?」
アリス「蘭を返して頂きたいんです。何でも自閉症とかいう危ない障害を持っている、影山杉三という男が、主人をたぶらかしたときいたので。」
美千恵「それをいいますけど、あなたの方こそ、問題があるんじゃありませんか?
それに、主人ということばは、結婚してからのものですよ。」
そこへ車いすの音がして、杉三と蘭が戻ってくる。
杉三「ただいま。あれ、この人、、、。」
と、みるみる顔が蒼白になる。
蘭「どうやってここまで来たんだ!森鴎外じゃあるまいし!」
美千恵「とにかく、皆さん居間に来てください!玄関先で議論しても仕方ないでしょうが!」
居間
アリス「私、足を折り曲げてすわれません。」
美千恵「かまいませんよ。どうせ、うちでは、正座はしませんから。二人とも、車いすだし。」
全員、テーブルを囲んで座る。
杉三「蘭ちゃんは、いません、天涯孤独です、と、いってましたけど。」
アリス「ちがいます、あたしは、彼にプロポーズもしたし、指環だって買ってきたんですよ!」
といい、薬指をみせた。金の指環がはまっていた。
美千恵「いったい、どちらの国の方なんですか?アメリカとか?」
アリス「いえ、東ヨーロッパのアルバニアです。」
美千恵「お仕事はなにを?」
アリス「ピアニストです。アルバニアでは、きちんと学べないので、シュッツドガルトに留学しました。」
美千恵「ああ、ドイツのシュッツドガルト音大ですか。で、蘭さんとは、どうして知り合ったのです?」
アリス「私たちは、シュッツドガルトで開かれていたタトゥーコンペティションで、知り合いました。その時、蘭さんが優勝して、私は、会場の掃除人をしていました。」
回想
シュッツドガルトの美術館。一枚の女性の背中を映した写真。見事な鯉の入れ墨が施されていて、額には優勝作品と、かかれていた。その脇に、蘭が車いすにのって、はにかみながら、観賞している外国人たちに、英語やドイツ語を流暢にはなして説明していた。掃除のアルバイトをしていたアリスは、その姿を見て、憧れの情をいだいた。アリスは、英語もドイツ語もできなかったのだ。
展示会がおわり、ホテルに戻ろうとした蘭に、アリスは、大声で、やっと覚えた、
アリス「Excuses me! 」
と、叫んだ。蘭は振り向いた。
その翌日から、アリスは、蘭の家を訪問した。蘭から、日本語とドイツ語を教えてもらい、大学で辛い思いをすることもなくなった。アルバニア人、としていじめられていたが、負けないくらい流暢にドイツ語ができるようになった。
ある、秋の日。蘭とアリスは、カフェで茶を飲んでいた。
蘭「こちらは、楽にくらせますね。日本では、こういう人間に偏見がつよすぎるから。」
アリス「ほ、本当ですか!」
蘭「はい。日本では家族も友達もないので。」
アリス「天にも上る気持ちですわ!私も、アルバニアに帰っても、体を売るくらいしか、仕事はありませんもの。私も、イスラム教を捨てたから、家族とは絶縁状態だし。なんで、外国人を入れない制度をつくったんだろう。こんなに、素敵な外国人もいらっしゃるのに。」
蘭「それは、定かではないけど。」
アリス「ね、ねえ。日本では、こういう形はあり得ないと思いますが、私、素敵なものを買ってきたんですよ。」
蘭「なんでしょう。」
アリスは、鞄の中から、小さな箱をだす。
アリス「開けてみてください。」
蘭がその、べっちんの箱をあけると、ペアの純金の指環。
蘭「これ、、、。」
アリス「はい、具体的になんと言えばいいのかわからなくて、先に買ってきてしまいました。」
蘭も、涙を流し
蘭「ありがとうございます。受けとりますよ。」
アリスは、蘭の左手を持ち上げその薬指に、指環をはめた。
アリス「本当に、お似合いです。ありがとうございます。これからは、ずっと一緒ですね。」
蘭「ええ。」
と、ふっと微笑む。
数ヵ月後
蘭は、小さな店を開店させた。すでに何人かのドイツ人たちが、彼に背を預けていた。アリスは、音大を卒業して、多数のリサイタルを開いたりしていた。
しかし、蘭は疲れると、時々胸が苦しくなり、動けなくなるようになった。
ある日、蘭は新しく開院したばかりの病院にいき、循環器科を訪れた。そこで、医師からある事実を聞かされた。
病院の帰り道、蘭は車いすで移動しながら、あることを考えていた。
次の日、アリスがベルリンでのリサイタルを終えて帰ってくると、蘭の姿はなく、店は、藻抜けのからであった。
美千恵「そうだったんですか。」
アリス「だから、うまくできない日本語をつかって、一生懸命調べたんです。そうしたら、2なんとかというサイトで、あきめくらの杉三という人が、背中に入れ墨をした男を匿っているとかいてあり、私は直感的にそうだとおもって、お金をためて、こちらに来させてもらいました!きっと、あきめくらの人が、蘭を連れていったんじゃないか、と思いまして。」
蘭「アリス、追いかけない方がよかったかも、しれないよ。」
アリス「どういうこと!」
蘭「だって、ドイツからこっちにくるのに、すごいお金がかかったでしょ。帰りはどうする?」
アリス「そ、そんなこと、、、。」
蘭「うちは、裕福な家庭ではないし、僕は出せないし、、、。」
アリス「確かに、家財道具は売り払ってしまったわ。でも、私の気持ちに気がついてよ!ここまで貴方に会いに来たってことは、それくらい、貴方をすきだからよ!」
杉三「やっぱり外人だなあ。思っていることを、口に出して言うんだもんな。すごいな。」
アリス「あなたが、本当にたぶらかしたの?正直に答えてよ!」
杉三「ちがいますよ。僕は、ごみバケツの前で倒れていた彼を、病院に連れていっただけです。」
アリス「倒れていた?病院って、、、。」
杉三「そうですよ。発作のあとに、何十時間も放置されたままでした。」
美千恵「この人は、人がいっていた言葉を、そのまま記憶してしまうんです。」
アリス「それ、誰の言葉?」
杉三「決まっているでしょうが。医者ですよ。」
アリス「病気、、、なの?蘭。」
蘭「そういうことになるね。」
アリス「どうして、、、。どうして隠していたの!なんで、わざわざ日本に戻ったの!ドイツにとどまっていればよかったのに!ドイツの病院に通ってもよかったじゃない!と、いうことは、やっぱり私のことが、嫌だったのね。」
美千恵「アリスさん。蘭さんの気持ちを考えてみて。どうして、病気のことを隠していたのか。どうして、日本に戻らざるを得なかったか。」
アリス「嫌いにならなければ、勝手に戻ったりはしないわ。外国人なんだから、再会することは、非常に難しくなるし。そうよね、私、ピアニストにはなれたけど、遊女みたいなものだったものね。 もう、この世から、おさらばってことなのかな。人生、失敗したわ。」
杉三「そうかな。嫌じゃなかったから、日本に帰ったんじゃないかな。」
アリス「そんなことないわ。愛し合うってのは、ずっと一緒にいることだと、アルバニアでは、ずっとそう言われているのよ。」
美千恵「アリスさん。貴女はまだわかい。私、介護職員だったから、わかるけど、病気の人を介護するって大変なのよ。まして、女性であれば、すごく大変なの。愛し合うっていうけど、愛しているからこそ、患者さんの存在が疎ましくなるの。愛し合った経験があったから、それを忘れられないで、衰弱していく人を見るのは本当に辛い。蘭さんは、そんな思いを、貴女にさせたくなかったんじゃないかな。それも、アリスさんへの、愛情の一つなんじゃないかしら。」
蘭「本当にごめんね。君には、僕みたいな人間を相手にしないで、他の道へ羽ばたいてもらいたかったんだ。嫌いになった訳じゃない。君にはまだまだ時間があるよ。だから、他のことにつかってもらいたくてね。君がそうして、激しやすい性格なのも知っていたし。だから、君はピアニストとして、まだまだやってほしいな、と思っていたから。もっといい人を見つけなよ。その方が、裕福になれるかもしれない。そうすれば、もっと、幸せになれるよ。」
アリス「私は、蘭のそばにいた方がしあわせよ!蘭に背中を預けた人も同じだと思う。もっと前向きに生きてほしいわ。そして、私は、蘭のそばにいたいのよ。新しい人なんて、まっぴらごめんだわ!あたしは、ヨーロッパに残っても家族とは絶縁状態よ。蘭と一緒に暮らして初めて、私だけの家族を持ちたいっていう夢が、やっとかなったのに!みんなぶち壊しにして!」
美千恵「お互いの、心がすれ違ったのね。でも、お互いを愛している、ということによる擦れ違いだから、大丈夫。」
杉三「ねえ、近くに手頃そうなマンションでもない?」
蘭「どういうこと、、、?」
杉三「ええ、折角、僕と友達になってくれたじゃないの。だから、遠くへいってほしくないの。」
美千恵「あんたも、たまにはいいこと言うのね。アリスさんも、無縁状態で、持ち合わせがないようだし。私の友達が、借家のオーナーをしているんだけど、近くに空き家があるから、そこを借りて住むといいわよ。平屋だから、なかなか借り手がなくて、彼女も困ってたわ。車いすの人には、逆に好都合だとおもうし、どう?」
蘭「(少し考えて)ありがとうございます、、、。初めてですよ、そう言われたの。」
杉三「僕らと、一緒に暮らそうよ。僕は、ばかな人間だけど、まだまだやれるから。」
美千恵「そう、すれ違ったときはね、一番最悪の体験を思い出すといいのよ。」
蘭「わかりました。お二人には本当に感謝します。ありがとう。」
アリス「また、一緒に暮らしてくれるのね!もう、寂しくないのね!」
蘭にアリスがだきついた。
数日後、近隣の平屋の借家に、新しい住人が二人やってきた。二人が記念として購入した桜の木は、見事なピンク色の花を咲かせていた。
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