第77話 薔薇の移り気
麦山華彩という素敵なポニーテール女子高生と有意義な時間を過ごした後、俺は再び男たちの元へと戻った。
彼らは男子高校生らしく肉を山盛りにした「肉盛り飯」と名付けられた一品を俺に突き出した。店の一品ではなく彼らが作ったものだ。
「何だこの暴力的な料理は」
米が見えないくらい肉が詰め込まれている茶碗。そしてこれでもかというくらいタレがかけられている。
「俺たちの気持ちだ。受け取ってくれ」
茶道部の玄都がそういった。
どんな気持ちだよ。平安時代の貴族みたいな顔した奴に世界終末飯を出されたらどう受け止めればいいんだよ。
「……い、頂きます」
極めて消極的に俺は食べ始めた。残すのもお店側に申し訳ないので肉に馴染みすぎた舌を心の中で応援しながら咀嚼した。正直、苦しい。味覚がおかしくなりそうだ。
「一つ聞いていいか?」
俺の口内がとてつもなくグロテスクな状態な時にこの苦しみの原因である玄都がそう言った。
「日羽ってどんな奴なんだ?」
あ〜。
彼も真琴や全校男子のように毒舌薔薇の容姿に惹かれて気になってきちゃったタイプか。
アリナは鼓膜を遮るように防音壁を作り出せる新人類だからラブコールは届かないぞ。耳に蓋がないから彼女は生成しただけのことである。環境に対する適応力。まさに生命の神秘だ。敬意を表そう。
「やつは人を貶めることが趣味で暴力を加えることが何よりも至福に感じる変態だ」
前者は辛い理由があるわけだが、後者は被害者である俺だ。アリナは加虐趣味なんだと思う。一体何度脇腹を刺されたり殴られたりしたか。ふざけて抱きついてやろうとした時はビンタされた。頬が削がれる勢いだった。
「彗に対してもか?」
「そりゃ当然。数ヶ月前よりかはマシになったけどな。特に同性に対しては気を緩めてきてる。ほれ、あれ見ろ」
顎で示した先にはアリナが鶴の口元の汚れを紙ナプキンで拭いてあげている光景があった。俺がもし鶴の立場だったらカッターで唇を切り落とされていただろう。そして網の上で焼かれる。
「見ての通り。丸くはなってきてる」
「そうなのか……」
「玄都。アレを籠絡するのは困難だぞ」
「日羽に興味があるんじゃなくてな。どうやって彗が日羽を手懐けたのか気になったんだ」
「あいつが俺に懐いているように見えるか?」
「見える。一年の時とは大違いだ。日羽と同じクラスだったからわかる」
「そりゃ大変そうだ」
「最初は男女関係なく日羽に話しかけていったよ。なにせ超美人だからな。結局パンドラの箱だったけどな」
「俺も苦労したよ」
肉が多すぎたので慎司にパスした。これは協力プレイが必要な量だ。真琴に押し付けてやろうかと思ったがまだ流歌と隣同士なので勘弁してやることにした。感謝しろよ、真琴。一人の男が名誉を捨てて犠牲になった歴史を忘れるな。
「彗こそ日羽が好きなんじゃないのか?」
「なわけあるか。確かに女優並の容姿に惹かれたりすることは無きにしもあらずだが踏み出そうとは思わんよ」
「じゃあ何で日羽と行動を共にするようになったんだ?」
それは耳の痛い話だ。
元々赤草先生からアリナの口調や態度を正してほしいと頼まれて始まった俺とアリナの活動で、その核心部分に触れられぬよう常にマントを被りながら動いている。
しかし、実は彼女は二重人格者だった。そしてもう一人の人格が赤草先生に頼んだと発覚し、俺は混乱した。さらにアリナには家庭内暴力の過去と記憶障害も抱えていると判明した。
これらの事実を知っているのは俺、アリナ母、赤草先生、盗み聞きした鹿沢口先輩だけだ。成り行きで鶴も知ってしまったがアリナの口調を正す、という表面上のことだけなので特に警戒する必要は皆無である。
どう話をはぐらかすか。
そんな時、ふと頭に宇銀の顔が思い浮かんだ。我が妹の顔がこのタイミングで浮かんだのはなぜかはわからないが、俺はこの素材を最大限活用すべく大量のカロリーを消費した。俺の脳は悲鳴をあげた。
そして解は導き出された。
「妹がな、アリナに以前お世話になってな。そのお礼として奴のしもべに一時的になってるんだ」
「しもべ?」
「そう。しもべ。またの名を奴隷と呼ぶ」
あー。ミスったな。アリナの耳に聞こえてる。眼光鋭く睨んでる。
「奴隷も辛いぞ……何度体罰を受けたことやら……」
「ヤバそうだな……」
俺はトイレに逃げることにした。アリナに手招きされたからだ。平凡な男子なら闇夜に光を求めて彷徨う虫のように寄っていくだろう。あわよくば頰にキスしてくれると期待して。
だが俺は彼女を知っている。あれは地獄の改札口だ。騙されちゃいけない。
この忘年会もとうとう終わりとなった。
最後に鶴が「来年も良いお年でありますように。乾杯!」でしめくくった。
満足な時間を過ごせた。一時は奴隷王朝に身を置いたが女帝の方々は楽しんでいただけたようなので結果オーライにしておこう。
それぞれ後は自由だ。しかし俺は宇銀の土産を買わなくてはならないのであった。前日、俺が家で叫んでいたことにブチ切れて、お土産を買わなくてはならなくなったのだ。俺に非があるので仕方が無い。
友人たちに別れを告げて俺は一人ショッピングモールへと足を運んだ。
宇銀が喜ぶお土産と言ったらやはり食い物だろう。即席で笑顔にできる。それに消えて無くならない物じゃないと視界に入る度に思い出してしまう。そうだな、シュークリームあたりだと跳んで喜びそうだな。
食品売り場のデザートが密集しているコーナーに行き、シュークリーム二つとカフェオレを一つを選んだ。これで後腐れ無く新年を迎えられる、と思った矢先。ばったりアリナと遭遇した。
「よ、よう」
「奇遇ね。私をつけてるのかしら」
「滅相もございません。ちゃんと理由があって食品売り場に来てるんです」
「そう?」
するとアリナは腹を抱えて笑い出した。くふふふふ、と声を押し殺して笑うのを見て気が狂ったのかと思った。しかしその異変は何であるかはすぐわかった。
「なんで『今』なんだ?」
「やっぱり分かるかな?」
もう一人のアリナだ。天使のように愛らしいアリナがそこにいた。
「亜紀先輩にでも会ったのか?」
「会ってないよ。ちょっとアリナにお願いして出てきました」
「ほーん。って、お願いしたら代われるもんなのかよ!? てっきり濃い関係を持った過去の人間に会うことが人格交代のキッカケなのかと……」
「私もよくわかんない。でも最近ね、『代わってくれないかなぁ』って思うとするっと交代できちゃうことが多いんです。直接会話してるわけじゃないけどね」
「よく分からんな……俺には理解しにくい」
「私も同じ気持ち〜」
もう一人誰かがいるとどんな気分なのだろう。お互い遠慮とかしないのだろうか。秘密にしたいことも隠せないじゃないか。それとも、もう一人は『自分自身』でもあるから許容できるとか? 難しいな。
「それにしても今のアリナは本当に比類なき美少女だな」
「な、何です!? 突然!」
「ギャップが凄い。そう言いたいだけだ。それで何で出てきたんだ? 何か理由があるんだろ?」
「うん。実は私の方が彗を追ってたの」
「マジすか」
「お礼、を言いたくて。あの、ありがとうございます」
アリナは腰を折ってお辞儀した。
「な、なんだなんだ。いきなり頭を下げて。早く顔を上げてくれ。俺に頭を下げていいのは節足動物だけだ」
「私のワガママに応えてくれてありがとう。アリナの支えになってくれたことにお礼を言いたかったんです。文化祭の時はもう関わらなくていいって言ってしまったけれどそれでも構ってくれたことがとても嬉しかった。ありがとう。来年もよろしくお願いします」
繊麗な彼女は小さく微笑んでまたお辞儀した。
「……本当にお前は優しいな。初めて人間扱いされた気がする」
「そうかな。アリナには痛々しいからやめて、って怒られちゃうんだけどね。もっと強気でいなさいって」
「あいつらしい」
「でもこれが私だから」
「そうだな。唯一無二だ」
「うん」
アリナは一歩下がって後ろで手を組み、
「来年、一緒のクラスになるといいね」
彼女はそう言い残して去っていった。
あわよくば、と俺もそう願っていた。アリナと同じクラスになりたいと口には出せないが心のどこかで望んでいる。
「チョロいよなぁ、俺らって」
無事帰宅して宇銀にお土産を渡した。
「ありがとー! 中身は?」
「シュークリームと飲み物だ」
「わーい」
「たんと味わいなさい」
喜んでくれたようで早速炬燵の上で手を付け始めた。これで解決だ。
自室でパジャマに着替えて再びリビングに戻って炬燵で温まる。宇銀は「うまいうまい」と呟きながらシュークリームを頬張っており、満足しているようだ。これで仲直りといえよう。
スマホが鳴った。アリナからメッセージだ。
『忘れて』
三文字の命令語。毒舌薔薇からだな。天使アリナの言動を何らかの形で知って恥じらいでいるのだろう。
「兄ちゃんニヤニヤしてるよ。気持ち悪いよ」
「よ~く見ておくんだ。もしかしたらお前の未来の顔かもしれないんだからな?」
「う~。目の毒」
『忘れんよ』そう返した。
しばらくして『そ。良いお年を』と返信してきた。
律儀だったり無愛想だったりと掴めない性格だ。
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