第60話 Show Me Who You Really Are
二人で教室に戻る途中、廊下でばったり鶴と会った。
「あ、戻ってきた」
「おっす」
「ん? アリナさんどしたの?」
俺の少し後ろを歩いていたアリナの表情は、珍しくボケーッと魂が半分抜けかかっているような顔をしていた。原因はわかるがそうも影響を及ぼすとは思いもしなかった。
「あ、いえ大丈夫よ」
「ん〜? 何かあったの? 彗を連れてって」
「鶴くん聞いてくれ。実はこいつに腎臓を抜き取られた。ガバッとな。東南アジアで売るらしいぞ」
「よく平然と立ってられるね……」
「全身麻酔の余韻に浸ってるからな。多分深夜ごろに業火の如く発狂しだすわ。録音してユーチューブに投稿するつもり」
「で、本当は? もう悩んでないようだけどすっきり解決したの?」
ちらっとアリナを見る。
視線に気づいて彼女は露骨に目を逸らした。
「ああ。アリナからアドバイスを貰った。もう大丈夫だぜ。わざわざ心配してくれてありがとな」
「いいえー。解決したならいいけどね」
俺たちの声を拾った真琴が教室から顔を出した。
「お、彗じゃん!」
「汚水言うな。俺の名前の前に『お』入れるの禁止な。もう悩みは解決したからお前はもう心理カウンセラーになる必要はないぞ」
「いや、俺の夢は料理人なんだけど……」
「とにかく俺の悩みは解決したんだ。二人とも心配してくれてありがとな」
二人は釈然としていないようだった。俺が彼らの立場なら同様のリアクションをするだろう。呪われた子供みたいなったやつが急に普段通りに戻ったら何があったのか気になるのは当然だ。
微妙にその「何が」の部分を俺は避けて話していることに彼らは気付いているだろう。卑怯というか厭らしいと思う。それを見越して俺は彼らに突きつけている。「それ以上追及するな」と。
じゃ、という一言すら交わさずアリナと俺はそれぞれの教室に戻った。
一息ついて、ペンを回す。
しばらくするとガタガタと教室が揺れだした。
いや違う。俺の貧乏ゆすりだ。
(なんてこと言っちまったんだあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!)
大地を揺るがすほどの心の叫びは貧乏ゆすりとなって教室に伝わった。迫真の顔で俺を見つめる真琴にジョークを飛ばす余裕すら今の俺には微塵もなく、羞恥心で熱くなる体に悶えた。全身をかきむしりたくなるような行き場のない「やっちまった感」。
(人生最大の失敗だ……)
数分前。
「俺は日羽アリナが好きだから、白奈の気持ちには答えられない」
止まる時間。刹那、全てが静止した。
そして時計の針がカチッと鳴り、
「ぁ……」
口元に手を持っていき、彼女はそう呟いた。
俺は自分の発言に閉口した。
なぜ言った?
このタイミングで?
それは本心なのか?
また冗談か?
彼女をおちょくってるのか?
独身貴族を目指してんだろ?
アリナが好きなのか?
あの毒舌女が?
白奈は嫌いなのか?
ふざけてるのか?
止まらないクエスチョンマークの羅列。ふつふつと込み上がる慚愧と悔恨の念で茹で上がりそうだ。
咄嗟に俺はまた茶化した。
「と、とまあ!? そういうわけだから俺は三十五億の女性たちの求愛は受けられんわけですよ! いやあだってなあ!? ちょっと待て待て!? 日羽アリナが好きって言ったが俺はもう一人の天使のように優しい日羽アリナのことを言ってて、決して――」
「……」
「おいおいおいジト目やめなさい! 文化祭の時のアリナちゃぁあん! 出てきて!」
もはや暴走は止められなかった。
「……そ」
「……はい」
重い。重すぎる。俺の足元だけ重力五倍増しじゃね? 冷や汗が背中をしっとり濡らし、気持ち悪い汗が一滴背中をなぞった。
紛れもない告白だった。前以て決心していたわけでも、アリナと付き合うという願望があったわけでもない。かと言ってアリナが嫌いなわけではない。寧ろ好感はある。いつもそう言ってる気がするが。
だから口に出たことが自分でも驚きだった。まるで操られているかのようにすんなりぽろっと漏れたのだ。
「あんた……私に告白してきた奴がどうなってたか知ってるでしょう?」
「いや、知ってるには知ってるが本気にしないでくれよ!? 俺はあくまでもう一人のアリ――」
「身の程知りなさい。この死肉に群がる醜い蛆虫。私と付き合えるとでも思ってるのかしら? 生きてて楽しいの? 害獣として保健所に連れてくわよ」
平常運転のアリナだ。腕を組んで鋭い目つきで睨む。それに安堵を覚えた俺はマゾヒストになっているということだろうか。何たる屈辱。
第一、赤面して「……きゅん」っとなるアリナなど見たくもないし、見たらウルトラ反応に困る。
「で。白奈には告白しないのね。良かったわね、悶々とした気持ちが晴れて」
「お、おぅ……なんとかなりそうだ……」
「じゃあ戻るわよ。あーそれと。誘拐された、とか言いふらしたらあんたの臓器全部海に流すから」
「赤潮が発生するくらい栄養のある臓器だぜ?」
プイッと横を向いて、ズカズカと薔薇園から出た。
追撃の毒舌が来るかと思いきや、何も言わなかった。
そして現在に至る。
(ああ……マジで何言ってんだ俺は……)
忘れ去りたい。もう自分が何者かも思い出せないくらいトマトジュースをガバガバ飲んで狂いたい。
というわけで俺は鞄からトマトジュースを取り出し、ズゴゴゴーっとすぐ飲み干した。紙パックのトマトジュースは教室のゴミ箱に捨てられるから良い。いや、そんなことは死ぬほどどうでもいい。目先のことだ。白奈に返事を返さなければならない。
だが心の隅でこう思う俺がいた。
(本当に白奈を振っていいのか?)
優柔不断で最低極まりない。でもそう思う自分がいる事実を脚色しようにも難しいほど浮き彫りだった。
だが俺はさっき解を導き出した。同情から生まれた関係など白奈も望むまい。
スマホの連絡先を開き、「波木 白奈」をタッチした。
『もしもし、白奈です……』
「彗だ。放課後、どこで会う?」
『……元職員室』
「えっ――」
ブツンッ。
電話を切られた。
元職員室。そうはっきり言った。
元薔薇園を選んだことに俺は動揺した。今さっきいたばかりの元薔薇園で会うと言うのだ。なぜこの広い高校で、どうしてあそこを選んだのか。それに嫌じゃないのだろうか。俺がアリナと集まってた場所だぞ? 好きな人が自分以外の女子と仲良くしていた場所に抵抗感はないのだろうか。
ますます未来が見えない。
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