第40話 本当の君

 食べ歩きをする不良風紀員、榊木彗と日羽アリナは校内を歩き回る。


 クレープは100円という破格の安さではあったが価格以上の味だった。

ぐるりと校内を回ってみるとうちの文化祭は食べ物がメインなようだ。クレープ、ケーキ、焼きそば、たこ焼き、カフェ、屋台など食に関する出し物が多い。そして安い。黒字経営を狙っているようにはまず見えない。

なので大食いや食べるのが好きな人には嬉しい文化祭だと思う。


「馬のお兄ちゃんってどこにいるの?」


唐突に俺は小学生ぐらいの子供に声をかけられた。


「あぁー、馬。馬か。もしかして馬のマスク被っていたやつかな?」

「うん」


真琴は有名になっているようだ。無垢なガキンチョの心を奪うなんておそろしい。しかもなんだ。この子供が持っているうちの喫茶店の宣伝ポスターに馬マスク真琴の写真が載っている。俺が見たポスターとだいぶ違う。

 いたるところに真琴の姿がちらつくのでそろそろうざったくなってきた。もはやミームだ。真琴ミーム。媒体を介して伝わる文化情報、馬マスク。


「この馬のところに行きたいのかな?」


アリナが丁寧に問う。俺と会話するときの口調と違いすぎる。どこで差異が生まれてるんだよ。そんな綺麗な声を出せるならいつも出しとけよ。そしたら俺はその声を録音して動画投稿サイトに流そう。世界中の人間を癒せる。あとは広告をつけて大儲けだ。ちなみに拝金主義じゃないぞ。


子供はこくんと頷いた。


「じゃあ行きましょう」


え、マジで行くのか。

そんな心境を読み取られたのか、アリナは俺の耳を引っ張り囁いた


「――従え」


タマが縮こまったね、正直。

卑猥な表現は健全を愛する我々には下劣極まりない悪であるがこの場面では言わざるを得ない。ヒュンッと縮こまったね。

ということで従僕となった俺は先頭に立ってうちの2年2組までエスコートすることになった。


最近気づいたのだがアリナは同年齢に当たりが強い。

 先輩に対してはある程度の敬意を払い、また他人も同様である。当たりが強いのは同年齢と一部の後輩だ。いや、生徒というステータスを持っている者に対してだな。アリナはそういう傾向にある。

わかったから何かが変わるわけでもない。しかし心理状態の分析に一役買う情報だ。赤草先生なら一つの答えは出せると思う。アリナが二重人格であるということを知るうちの一人である赤草先生なら。

 成り行きで俺もアリナが二重人格で、しかも俺が知る目の前のアリナは数年前に生じた日羽アリナであることを知った。

 俺は赤草先生に彼女の口調や態度を治して欲しいと言われた。見方と言い方を変えれば、「元のアリナを取り戻して欲しい」だ。主人格のアリナを引っ込ませ、基本人格のアリナを取り戻す。これが正しいのかはわからない。


 善と悪という論点。


 基本人格は主導権を取り戻したいのか。

 基本人格は消えたいのか。

 基本人格が主人格を望んで作ったのか。

 基本人格はどうしたいのか。

 主人格は基本人格を塗りつぶしたいのか。

 主人格は基本人格をいじめたいのか。

 主人格は残り続けたいのか。

 主人格はどうしたいのか。


 二つの人格は対立しているのか。


 近くてもわからない。近くても遠い。

 俺は校内で一番アリナを知っている。そう自負できる。だが皮膚の下は全てが未知だ。

 

 結局、彼女は誰なんだ?


 我がクラスに到着したので真琴を呼び出す。


「お前のファンだ」


 真琴は相変わらず馬マスク、アロハシャツ、短パンの姿で現れた。右手に玩具の手斧が追加されている。キャラがブレてきている。異種文化混同の傾向あり。


「やーやー。ようこそ仮装喫茶店へ!」


 真琴は両手を広げて歓迎する。かなり楽しんでるっぽい。教室はコスプレイヤーで溢れていた。特に目立ったのは二渡鶴のワンピース軍服だ。血のような赤と漆黒が強調された西洋の軍服。とても似合っているので思わず俺は「おおー」と言葉を漏らした。

 その感嘆の声を聞きつけた鶴は俺の方に飛んできた。


「おや、彗じゃん。あっ、アリナさん! ファッションショー見に行くからね! 絶対行くから!」

「え、えぇ。ありがとう」

「ファッションショーか〜」

「彗は別にどうでもいいんだけど」

「えぇ。死んでたら?」


 すみませんでした。


 げんなりしていると教室の片隅から視線を感じた。

 目を向けた先には三森流歌が。

 思い出した。そういえば三森流歌に頼まれていたんだった。

 流歌は真琴に恋している。詳細は聞いていないが事実として流歌は恋している。

 そして俺は真琴を流歌に近づける役目を担っていたのだ、すっかり忘れてた。

 流歌は着物姿で日本人女性らしさを醸し出していた。元から古風な雰囲気なのでぴったりだ。

 視線で「こっちに来い」と訴えているのでさりげなく俺は接近する。


「よう」

「彗君、忘れてない?」

「大丈夫だ。任せなさい。流歌の女性らしさを真琴にアピールさせてやろう」

「ちょっと、そんな大袈裟にはやらなくていいよ」


 俺は真琴に声をかける。


「おい馬。日本美人さんがお疲れだ。介抱してやれ」

「了解! 着物のお方、どうぞこちらへ!」


 馬男に呼ばれた着物女は顔を赤らめながらわたわたする。小声で「いきなりなんて……!」と抗議しているが心なしか嬉しそうである。所謂ツンデレという属性だろうか。にしては薄いな。

 真琴に手を引かれていった流歌は親指を立ててグッドのサイン。やっぱツンデレだ。

 

 教室を後にして数分。

 アリナがそわそわし出した。「ションベンか?」と言ったらまず100%殺される。んで墓を爆破されるだろうな。

 数分経っても挙動不審なので俺は口を開いた。


「なんでそんなそわそわしてるんだ?」

「し、してないわよ」

「してるぞ。そわそわしてるぞ」

「してないわよゴキブリの卵」

「なんかあるなら遠慮なく言っていいぞ。俺は寛大だからな」

「――から」

「はい?」

「……そろそろ、ファ、ファッションショー……だからっ……!」

「あ〜そういうことか。ほれ行け行け。見せつけて来い」


 アリナはガチガチになりながら俺と別れる。

 なんでそこまでガチガチなんだよ。

 するとアリナは振り返り、俺を睨め付ける。


「絶対、来ないで」

「問題ない。俺は校内の治安を維持する。思いっきり羽を伸ばして来い」

「い、意外と応援してくれるのね」

「まがりなりにもお前とは友好関係を築いてはいるんだ。応援ぐらいする」

「キモチワルイ」

「お前らしい言葉に安心した」

「じゃあ行ってくるわ」

「おうよ」


 まあ俺もこっそり見に行くんですけどね。驚く顔が楽しみでしょうがないですよ、ホント。

 俺は腕章を迷いなく外し、ポケットに収納した。


「行くぜ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る