第36話 馬野郎に祝福を
文化祭前日。
特別処置としてほとんどのクラスが午後は文化祭準備となった。
クラスメイトは一足早いが持ってきた衣装を着て本番の雰囲気を再現している。俺は風紀委員もどきを演じることになっているので仮装を免れることができ助かった。
女子たちがキャッキャとはしゃいでいる。対して男たちはちらちらと女子を見ながら興奮し、そして求愛行動の如く自らの衣装を披露してアピールする。
俺はこれらを動物界における繁殖の縮図として観察していた。
一種の儀礼的な共通認識たる愛の表現を彼らは目で、声で、ジェスチャーで伝達する。全ては繁殖という終点を目指して。遠回りだが着実に彼らは進んでいる。
考えてみると制服も一種の仮装ではないのだろうか。
我々若者の間では「コスプレ」という単語だとなおわかりやすい。
特に女子高生が愛してやまない可愛いスカート。これは完全にコスプレみたいなもんだと思う。可愛いし。
で、そのスカートに魅力を感じてしまうのが男だ。覗く太腿が我々を刺激する。そしてなぜか女子たちはスカートを短く履くのだ。校則では膝付近と定められているのに彼女らは太腿を露出したがる。その行動原理を辿ると性的アピールに収束する。
今、彼女らはスカートを超える服をそれぞれ着ている。そう、日頃以上に輝いている。
結論、男たちが興奮するのは必然的である。
「顔が険しすぎる」
壁により掛かる俺にそう感想を述べたのは高根真琴だった。
彼は短パンにアロハシャツ、そして頭には馬のマスクを被っていた。声で真琴とわかったがもし発声していなかったら俺は象撃ち銃のような大口径銃で撃ち殺していたと思う。こんな逆ケンタウロスみたいな化け物が出没できるのだから文化祭は特別な日と実感できる。
「生命が何百年と重ねてきた歴史を感じているんだ。まさかこのクラスでそれを感じ取れるとは思わなかった」
「やっぱ彗は変人だな」
「今のお前には勝てない」
ふごふご馬の口を動かし喋る真琴。
どんなことを言っても表情を変えない馬面が妙に威圧的で俺はたじろいだ。このどす黒くて感情を失った黒目。アリナみたいだ。
「その馬マスクは買ったのか?」
「そうそう。前に言ったとおり買ったよ。アロハは自分の。なんだ〜結局彗は仮装しないのかよ」
「まあな。死ぬほど残念だが俺は本校を防衛する任についているのだ。お客様として訪問するかもしれんからよろしく」
「彗らしくて安心する。でさ、でさ。どうよ?」
「何がだ?」
「女子だよ女子。誰が一番可愛い?」
「コスプレ集団の中でか」
「当たり前だわ! なんか文化祭で告白する奴とかもいるらしいぞ! コスプレで! アオゥ!」
「テンション高いな。すげーな。赤飯炊きまくりじゃん」
「だね。で、誰がいいと思う!?」
誰と言われれば誰なんだろう。
もとから可愛い女子は一層可愛さを増している。もはや好みの問題になる思う。
振り返ってみれば俺はクラスの女子にあまり話しかけていない気がする。強いて挙げるなら最近は鶴とよく喋る。
だから自然と鶴に目が向いた。
「鶴かな」
「おお-! 二渡鶴! いい目してるなぁ!」
アンティークショップのおっさんかお前は。
「二渡さんはナチュラルギャルって感じだけど、頭脳明晰というギャップから男子からの人気が高い! そして今日の衣装はヨーロッパ中世のワンピース軍服。漆黒と紅色が力強さと高貴さを極限まで引き上げる! 素晴らしい!」
「おう」
「あの軍服は買ったんだろうか、それとも自作? いや高度なスキルが求められ――いや二渡さんなら可能かもしれない……」
「買ったんじゃねぇの?」
「は? そんな適当に結論づけるな、彗。女の子は頑張ってるんだぞ」
お前変態だなと言いたがったが彼の剣幕に圧倒された。
「すまん。俺が浅はかだった」
「いいんだ。俺も熱くなりすぎた。このマスクの中もクソ暑いし」
どうやら真琴は馬面マスクを被ると性格が変わるらしい。凶暴化とまではいかないが気が強くなる。
「暑かったら脱げよ」
「脱がない。負ける気がする」
何にだよ。
「頑張れよ。馬くん。競馬に出るときは呼んでくれ」
「わかった。全財産賭けろよ」
「オーケーオーケー」
半分面倒になったから俺は逃げた。あいつは人間を辞めてケンタウロスもどきになったと俺は思い込むことにした。
俺が真琴から離れて飾り付けなどを修正しているとある女子が話しかけてきた。
「ちょっといいかな」
「生命保険の勧誘は間に合ってます」
声の主は三森流歌。
お淑やかな雰囲気が特徴的だ。話したことは数回程度だと思う。まず接点がない。彼女は書道部か茶道部のどちらかに入っている、というくらい詳しく知らない人物である。その流歌が俺に話しかけてくるとは。だから少し動揺して生命保険なんたらかんたらと言ってしまった。
「え、生命保険?」
「間違った。忘れてくれ。俺に何か?」
先ほど真琴から告白云々の話を聞いたばかりなので、「もしや」と思ってしまう。
そこで俺は思考をフラットにした。以前自惚れで痛い目にあったので期待しないことにしたのだ。
それでも人は考えてしまったら脳から剥がせない。
「もしかして――恋愛がらみ?」
なんてバカなことをドストレートに漏らしてしまったんだろうと後悔した。アホがいる。ここに。俺だ。
「そう、なんです……」
ひえええええええ!
イカンでしょこれは! 恋愛がらみはもうお腹いっぱいなんです。誰か俺の腹に針を刺してみてください。とどめなく「恋」の一文字が血しぶきのように飛び散りますよ。
俺には甘すぎる事情だ。塩辛を暴食したいくらいに。
「えええっと、それはどういった内容で?」
「彗くんって、真琴くんと仲のいい関係と私は思っているのだけど間違いない、かな?」
「そうだな。真琴とは確かに仲がいい。ちょ、まさか――」
「しっ! お願い、静かに……!」
OH MY GOD
真琴よ。お前、馬のマスクなんて被ってる暇ねえぞ。
放課後みたいな午後だが、一応形式上の終礼を行って本格的に放課後が訪れた。
いつもならすぐに空となる教室だが多くのクラスメイトが残って明日に備えて最終チェックなどをしていた。
俺も最終確認として生徒会に行かなければならないので鞄に荷物を詰め込んで出る準備をする。
「彗、行くのか?」
「? あぁ。生徒会な。最後の確認をしてくる」
「そうか。明日、いい文化祭になるといいな」
「だな。いいものにしよう」
一体お前はいつまで馬のマスクを被っているんだ……。
いい文化祭。
そう、いい文化祭になるといいな。
生徒会に入ると既視感を覚えた。
また俺待ちだったらしい。
席につくとアリナに小突かれる。
「あんた亀以下」
小声で毒づく。君らが早すぎるんだよ。
席順――間違ったすまん、関潤生徒会長の士気高揚の一言でこれまで通り生徒会は動き始めた。正直記憶に残らないくらいテンプレートな言葉なので割愛。もはや俺の思考は別方向に向いていたのだ。
アリナと俺は打ち合わせ。明日の臨時風紀委員の巡回時間と要領の再確認を簡潔に行う。すべてわかりきっていることなので流しているような感じだ。
「アリナのファッションショー時は俺が一人で見回ることになっている。安心したまえ」
「そ」
「それはそうと。高根真琴って覚えているか?」
「哺乳類? 爬虫類? 鳥類には詳しくないから答えられないわ」
「その次元の話まで掘り下げないといけないのか……お前に一度告白したやつだよ。バド部所属の奴でよく俺とつるんでいるやつ」
「あぁー……」
「覚えてないならそれでいい」
「で、それで何よ」
「クラスメイトの女子に三森流歌っているんだけど、どうやら真琴に恋しているそうだ」
「そ」
「で、その流歌は真琴と仲のいい俺に頼みごとをした」
「そ」
「真琴と急接近できるきっかけを作ってくれないか、と」
「そ」
「そ、しか言わないな。まぁいいが。それでどうしたらいいと思う?」
「知らないわよそんなの。二人トイレに閉じ込めたら何か起きるんじゃない?」
「やっぱお前変態だわ」
「違うわ。何想像してるのクソ野郎。いっぺん死にやがれ」
「ごめんなさい」
無表情でそう言うのでおそろしい。地獄の目だ。
「百戦錬磨のアリナさんにアドバイスをもらいたくて。流歌の助けになってやりたいんだ」
「面倒ね。自分で何とかしなさいよ」
「近寄るきっかけを作ろうにも自然なかたちでセットするなんて俺には難しい。真琴が違和感を覚えてしまったらまずい。だからアリナ様、どうか知恵を貸してください」
「無理。私だってわからない。流れに任せなさいよ」
「そうか、あのアリナ様がそう言うのなら仕方が無い。どうにかしてみる」
「そ」
白奈に訊いてみようとも思ったがまだ気まずい。こんな話はなおさら訊けない。
アリナの言うとおり、流れに任せるしかない。
生徒会はすぐにお開きとなった。
役員もそれぞれクラスの手伝いがあるからだ。俺はちょっと教室に寄った。
人数は減ったもののまだ人が残っていた。特にリア充。あとケンタウロスもどきもいた。
仕事はもう無さそうなので俺はケンタウロスもどきに会釈して帰った。
明日は濃い一日になりそうだ。
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