先輩
ある日突然、出会った先輩。
なんか他の人とは違うとわかる。
だって初対面なのに突っかかって来たし。
「雨か」
まあ、さほど驚きもない。天気予報で降水確率90%だったし、それもかなりの強い雨になることは天気のお姉さんが言っていた。
「やっぱり折りたたみ傘じゃ心許ないな。うん、傘を持ってきてよかった」
うん? あ、この人、いや先輩だし失礼か。というか、傘を持ってきてないのか。まあ、ここで俺に傘を貸されても逆に困るだろ。……なんて建前はまあ嘘で、普通に関わりたくねぇ。
さて、行くか。
「ちょっと!」
「っ!?」
……なんだよ。それに、なんか俺の顔をジロジロと見て、
「明らかに困ってるでしょう! 困ってる人は助けるって習わなかったの! ? 」
何言ってんだこの先輩は。
「いや、困ってる人を見たらほっとけって習いましたよ。その人の試練ですし」
確かに困っている人を見たら助けるのは良識ある人なのだろう。だけど、それが全てとは限らない。助けないことが、関わらないことがその人のためになることだってある。関わったが故に不幸になることも。
まあ先輩はそんなこと考えなさそうな、底なしお馬鹿っぽい気がするけど。今もほら、呆けてるし。
「そ、そうですか。あの、傘を借りてもいいですか? 」
「嫌です」
「即答!? な、なんで? 」
「いや、だってほら。貸しても返って来ない場合もありますし、俺になんの得もないですし」
「損得で動くの? 」
「当たり前でしょう。なんの見返りもなくやれる事なんてないです。普通は自尊心が満たされるんでしょうけど、俺にはそういうのはないんで」
これで、俺が悪い人だなんて決めつけをされたら困る。世の中なんでも損得だ。何が正しくて何が正しくないのかも、何が悪くて何が悪くないのかも。正義と悪は、全て損得なのだ。だから見方によって逆転するし、状況によって二転三転するのだ。
「ぐぬぬ」
唸ってる唸ってる。なんだ、頭ごなしに否定してくるようなこと、この先輩はしないのか。
このまま待っていても仕方ないし、帰るか。
「では」
「あっ」
……。はあ。視線が、子犬のような視線が、すがる視線が。凄い。
「仕方ないですね」
「えっ? 」
「雨ん中走って帰っているの見られたらうちの品格が疑われますからね」
まあ実際、品格なんて気にしてないけど。
「貸してくれるの?」
「特例ですよ」
「あ、ありがとう」
なんだ? 傘を貸して欲しかったんじゃないのかよ。なんでそんな歯切れの悪い顔してるんだ。
と思っていたら、
「あれ? でもなんで敬語?」
「いや俺一応後輩ですし。ネクタイ見ればわかるでしょつ。バカですか?」
「生意気な後輩くんだな!?」
これがバカな先輩との出会いだった。
***
俺はあんまり喋らない……筈だ。
口は災いの元と言うし、不幸は招きたくない。
なのに先輩は。
小説は好きだ。
フィクションであれノンフィクションであれ、俺とは違う人生を、生き方を、考え方を知ることが出来るから。
だからといってそれに憧れたことはない。小さい頃は絵本を読んでいたそうだが、俺はそれに理屈を求めていたらしい。なんとも可愛げのない子供だ。だがそれが俺だし、そんな俺が俺は大好きだし、だから他に憧れたりはしない。
「……」
五月の某日、日曜の昼。お気に入りの作家の新刊を買った帰りに公園のベンチで読んでいると、私服姿の先輩と目が合った。
本を読んでるしいっか。
「こんにちは」
「どうも」
なんだよ、向こうからして来たよ。それに隣に座ってきたし。
それからはお互い干渉せずに、黙々と本を読んだ。
先輩が本を読むことは知っていた。なんなら私服だって初めて見たわけじゃない。俺はこの公園をお気に入りにしているが、時折先輩の顔を見かけることがあった。今時日曜の昼時に公園で本を読む若者なんて珍しいから、目に付いたのだ。
暫くして、時間にして30分くらいしてだ。近くに騒々しい集団が歩いて来た。あれは、うちの学校の女バレか。近くの高校に練習試合をしにでも来てたのか?
隣を見れば先輩は本に集中していた。案外、綺麗な顔をしてるな。バカだけど。鈍いし。
「少し離れるか」
俺はベンチに本を置いて立った。
ここで同じ高校の奴に見つかるのもおもしろくない、というかめんどくさい。もし仮にあれの中に先輩の知り合いがいたとして、なんて絡まれるか。それに、俺みたいのといて先輩に迷惑がかかるのはごめんだ。所詮同じベンチに座っていただけで、そうなっては後味最悪だ。
近くに自販機を見つけてそっちに行く。言い訳作りにもいいし、ちょうど飲み物が欲しかったところだ。
この公園に留まるなんてことを女バレはしなかったため、直ぐにベンチに戻れた。すると先輩は何やら俺の本をめくっていた。
「どうぞ」
「え?」
俺は買った二本のペットボトルを差し出した。正直どっちでも俺はいいので、先輩に選んでもらおう。
「くれるの?」
「たまたま当たったんで」
「本当!? 写真撮った?」
「撮りませんよ。子供じゃあるまいし」
「子供で悪かったね!?」
はあ、本当にめんどくさい。
「それで、いるんですか?」
「い、いるよ。ありがとう」
「……」
ベンチに座って栞を挟んでおいたページを開いた。すると、
「君もその本の作者好きなの?」
「ええ、そうですけど」
君も、ということは先輩なのか。
先輩は何やら話したそうだったけど、何かに納得してまた本に没した。
話すのは好きじゃない。だから話さないけど、それで耐えられる人というのは案外少ない。だが先輩は喋ることが好きでありながら、俺との沈黙に文句を言わなかった。それが、他とは違った。
そう感じた、五月晴れた日だった。
***
俺は優しくなんてない。あくまで自分のために、あるいはついでに。そうしたことが結果的にそんなことになるだけで、先輩とは違う。
月日は流れて夏休みが終わり、残暑のうっとおしい秋となった。夏期課題試験が終わり学校中が次なる行事、文化祭に浮かれていた。
文化祭。めんどくさい。以上。
そう、ただその一言に尽きる。
クラス一丸で頑張ろっ! なんて言葉は信用ならないし、実際こうして俺が一人雑用してる。クラスの連中は駄弁っていたり、中にはしっかりとやっている奴もいるが、とにかく一丸どこに行ったという具合だ。
斯く言う俺は今もお使いの最中で、具体的には倉庫に木材を取りに向かっている。実行委員に指示された通りに動くだけだし楽だが。
「すいません」
倉庫にいた管理担当の先生に足りない物を伝え、段ボール箱に入れてもらう。重い。貧弱な俺にはかなり重かった。
こうして廊下を歩いていればわかるが、やはり文化祭はめんどくさい。今の状況もそうだけど、普段から煩い奴らがさらに煩くなる。それに校内だって汚くなるし、誰も片付けない。色々と色々な人が入り交じって、人混みの苦手な俺には辛い。
なんてこと考えいたら、落し物を見つけた。
「あいつ……」
女子トイレという、男子には縁のない場所の前に落とされたハンカチ。それは見覚えのあるもので、あるというか俺のあげたものだった。
「金取りてぇな」
俺はそのハンカチを持って、持ち主の教室に向かった。それは俺の妹のもので、妹の教室に寄ると遠い。だから金が取りたいんだ。
こうして廊下を歩いているとわかる。後ろに誰かいる。わからないと思っているのだろうか? 普通に足音が響いてるのに。
角を曲がるとき誰なのかとちら見すれば、先輩だった。先輩、先輩からストーカにジョブチェンジですかね。
一年の教室に着いた。学年の違う階に来るだけでも居心地が悪いのに、教室に入って声をかけるのは無理だ。それに、あいつと兄妹ってわかったら、妹が嫌がるだろうしな。
結局、適当にドア近くにあった机にハンカチを置いて俺は自分の教室に帰った。いつの間か先輩はいなくなっていて、それでいいんだが、何がしたかったのかあの先輩は。
そしてやっと文化祭。
土日開催のうちの文化祭は、どちらかが登校日となっている。そのため絶対に1日は出席しなくてはならず、俺もこうして学校に来ていた。そして、
「お兄ちゃん」
件の妹と廊下を歩いていた。
適当に時間を潰そうと図書室に向かおうとした際中、それはもう見事に俺の行動は筒抜けで妹に確保された。要するに、荷物持ちだ。
「お前、友達と回らなくていいのかよ」
「明日回る約束してるからいいの」
「そうか」
そうして俺は終日妹に付き合わされた。また先輩を見かけたが、どこか表情が曇っていたのは気のせいだろうか。
***
誰かと一緒に出かけることなんてほとんどない。あるとしても妹に付き合わされるくらいのものだ。友達がいない。喋られないわけじゃないけど、喋りたいとも思わないのだ。
大晦日。のんびりぬくぬくしたいひと時。
「お兄ちゃーん。本当に行かないのー?」
「おお。友達と行ってこい。お兄ちゃん、温ってるから」
「はーい……」
玄関からの叫び声も、今日に限ればさほど迷惑にもならないだろう。今日はそんなめでたい日なのだから。
そんなめでたい夜、年もあと1時間で暮れるという時に、滅多に鳴ることのない俺のスマホが着信音を発した。久しぶりに聞いた着信音は初期設定のままで、一生使うことはないと思っていたのだが。
相手は大方わかる。電話帳に登録しているのは両親に妹、それについ先日連絡先わ交換させられた先輩だけだからだ。
『もしもし』
『お掛けになられた携帯は現在使われていません』
『え? え? 嘘なんで』
『で、先輩何の用ですか? 』
『ちょっとからかわないでよ! ……今暇?』
『もう寝ようと思ってたんですけど……』
『じゃあ倉白神社に来て』
『接続の仕方がおかしいんですが』
『待ってるね』
切られた。返事くらい聞いて欲しいだが。
貼るカイロどこにあったかな。
「で、急に呼びつけてなんですか」
県内では結構の有名な倉白神社。人混みが嫌いな俺にとっては辛く、先輩を見つけるのに時間がかかるた思ったが、案外すぐに見つかった。
当の本人は俺を見つけるといつものように小さな手を小さ振ってきた。
「どうかな? 私の格好」
「……」
先輩は今時珍しく着付けをしていた。
紅に小さな白と黒の蝶が散らされた着物に、上品な菖蒲色の帯。黒の生地に桜のあしらわれた羽織。髪型もいつもとは違い髪飾りで纏めてある。
「ど、どうしたの?」
少し黙って見ていたからか、先輩は照れと不安を滲ませた顔をしていた。
「別に、どうもしませんが。似合ってるんじゃないですか」
「っ! そ、そう? 」
俺に褒められて嬉しいのかは知らないが、とりあえず褒めておく。事実、似合っていた。
周りが騒がしなか、先輩は聞いてきた。
「そう言えば後輩くん。後輩くんは友達と初詣とか行かなかったの? 」
「そんな仲の奴いませんよ。いたとしても人混みに自ら行くこととか、よっぽどじゃない限りしません」
「ごめんなさい」
「別に構いませんよ」
構わないと思った自分がいた事に自分でも驚いたが、それが本音だった。
「でも、後輩くんは寂しくないの? 」
「一人は好きですし、それに、近しい人は数人で十分です」
「そっか」
先輩は優しげな表情を浮かべていたがこちらみることはなく歩き出した。俺もその後ろをついて行った。
一人は好きだ。が、先輩と一緒にいるのも嫌いじゃない。
結局何がしたかったのかはわからないが、今年の大晦日はいつもとは違った終わりを迎えた。
家族以外の誰かといることは初めてだ。
***
休日は寝巻きのまんま過ごすことが大半だ。わざわざ洗濯物の量を増やすことはないだろ。
やっぱり二月は寒いもので、今日も今日とてこたつでぬくぬくしていた。これだけ外が寒いと新刊を買いに行く気力も失せるので、本棚から適当に既読の本を取り読む。
今日ばかりはお供はみかんではなくチョコだ。これは妹が義理チョコ用に作り余ったものらしく、朝一で叩き起こされて渡された。おかげで目が冴えた。
今日はバレンタインデー。バレンタイン氏の命日をお祭りみたくにしてしまった日である。
俺には関係ない。が、
「遅いよ! 」
先輩に呼び出された。場所は五月の公園だ。
「いや、時間ぴったりです。それよりも先輩、こんな寒空の下わざわざ呼び出した理由はなんですか? 以前みたいのだったら怒りますよ」
「ち、違うから」
じゃあなんなのかという話だ。
「いや、その、今日バレンタイン」
「ああ、あの忌々しい日ですか。大量生産の義理チョコをクラスの女子に押し付けられて、過剰利子を要求するアレですか」
「後輩くんのバレンタインは不幸そうだね! ? 」
先輩は相変わらず元気で俺の言葉にツッコミを入れてきた。別にボケたわけじゃなく、本心から言っているのだがな。
「で、それがどうかしたんですか? 」
「はい、コレ。バレンタインチョコ。たくさんお世話になったからね、お礼って事で」
「ああ、義理チョコですか。大した義理なんてないと思うですけどね」
義理。そんなに義理はない。弁当は偶に食べるくらいだし、会えば少し話すくらい。だからチョコをもらえることが驚きで、嬉しかった。嬉しかった?
「でもまあ、先輩のチョコですしね。ありがたく頂戴しますよ」
そう、俺は嬉しかった。妹に貰ったものと大して差はないはずなのに、なぜか嬉しかった。だから自然と、笑いが溢れてしまった時にはそれも驚いた。先輩といると、自分がわからなくなるし、初めてがたくさんだ。
先輩は俺の顔を見つめてきた。正面から先輩の顔をしっかりと見るのは、なんだかんだ初めてだった。だから、気がついた。どうしようもなく可愛い、と。
「あの! ーー」
***
きっと俺は世間で求められる理想の男性像からかけ離れているだろうし、普通からも逸脱している。きっと先輩からも。
めんどくさがりだし。
口下手。
優しくないし。
一人が好き。
おまけにだらしがない。
申し訳がないとは思うけど、先輩といることに心地よさを覚えた。それは嘘偽りのない本心だ。
どうして先輩なのかは、俺にもわからない。だけどわかる。きっとこの気持ちを好きというのだろう。
本当に、どうしようもなく愛おしい先輩だ。
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