34 日常への回帰
戦いが終わり。平穏を取り戻したカルロスが真っ先にやった事は――。
「クレア、そこのネジ取って」
「はい」
「さんきゅ」
エフェメロプテラ・セカンドの整備だった。手ずから工具を持って隅々まで修理していく。時折表情を思いっきり歪めている当たり、予想以上の損傷を受けていたのだろう。実質的な被弾が皆無――と言うより被弾したらその時点で終わるという戦場で与えられた損傷。それは即ち自壊だ。神権と大罪の反発によるダメージ。それは深刻だった。
「あれはもう駄目だな。やってることは派手な爆発の魔法道具だからな……」
「ふきとばなくて良かったわね……」
しみじみとクレアが呟く。あの時はあれしか手が無かったとはいえ、とんでもない博打である。実情を知った後ともなれば金輪際遠慮したい所だった。
「やっぱ理論分からず、結果だけの物使うのは怖いよな」
「本当ね。実験で仮説を証明するのとはまた違う物ね……」
そんな事を語り合う二人に、とうとう周囲が堪えきれずに突っ込んだ。
「違うだろ!?」
「もっとこう! 他にあると思うのですわ!」
ガランとネリンが絶叫した。他の面々も首を縦に振って同意を示す。その大音声にカルロスとクレアは思わず耳を抑えて顔を顰める。
「二人ともうるさいわよ」
「行き成り大声を出すなよ。びっくりすんじゃんかよ」
「むしろびっくりしたのはこちらですわ!」
迷惑そうなカルロスとクレアの苦情をネリンは神速で切って捨てた。音がしそうなほど鋭く二人を指差す。
「やっと戦いが終わったって言うのに、何故こんなところにいるんですの!」
「え、エフェメロプテラの修理だけど」
「手伝ってって言われたから手伝っているのだけれども」
「こんな不気味な機体、直ぐに解体処分すべきですわ!」
「てめえ、俺の魂に何てことを」
平然としている二人に、ヒートアップするネリン。そんな彼女をなだめるようにカルラが、ネリンの肩に手を置き口を開いた。
「その、ほら。二人とも正式に交際を始めたんだし、デートとか行かないの?」
「あー」
「まあそうねえ」
笑顔でぶっこんで来たカルラに、カルロスもクレアも曖昧な表情を浮かべる。他の面々ならば言葉の刃で切り捨てる事も出来るが、カルラが相手だとそうも行かない。堕天したとは言え天使なのだから。
「どこかに行こうにも、大体お店閉まってるのよね……」
「つーかお前ら、俺らがデートするとか言ったらどうするつもりなんだよ」
王都壊滅の余波は大きかった。ハルス国内は現状どこもそんな調子だ。アルバトロスと一応の停戦が成立したとはいえ、元通りになるまでには時間がかかるだろう。そんな状況はカルラも把握している筈。要するに行くところが無いのだ。その発言に裏を感じたカルロスは逆に聞き返す。すると。
「もちろーん」
「尾行するー」
と舌を出しながらウィンクをお見舞いする何時もの二人。
「べ、別に君達が心配で付いていくんじゃないんだからな!」
誰に対するか分からない天邪鬼な反応をしながらその実言っている事は天災の二人と一緒になってしまったグラム。
「……ラズルの奴から報告しろと言われていてな」
珍しい事に心の底から面倒くさそうな顔をしているケビン。その指令を下したラズルはログニスに戻ってログニス解放の指揮を取っている。総崩れに成りかけているアルバトロスへの最後の追い込みをかけているらしい。そこに王都に救援に来てくれた古式たちも付いて行った。マリンカはネリンに襲われて寝込んだ。
「だから嫌なんだよ!」
出刃亀しか考えていない面々にカルロスは叫ぶ。そんな所で一体感を見せないで欲しかった。後ろで監視されながらのデートと言うのはゾッとしない。
「それに……私はこうしてゆっくりと機械いじりをしている時間、嫌いじゃないわ」
ゆったりとリラックスした表情でクレアがそう呟くと、第三十二分隊の六人とネリンは顔を見合わせる。
「不味いですわ。もしかして私達、じれったい二人に発破をかけるつもりで実はとんでもないお邪魔虫だったのでわ……?」
「そう言えばくれくれもあるあるも、学院時代に誰も来てない工房でいちゃいちゃしてたねー」
「ああ、あの模擬戦の早朝の奴ねー入りにくかったよねー」
「むしろ二人にとっては場所なんて関係ないんじゃないか?」
見られてた……と五年越しに明かされた事でカルロスは羞恥に顔を覆った。疲れ切ってクレアの肩を借りて眠った出来事。目撃者はクレアだけだと思っていたのにと心の中で呟く。
「あの……お邪魔しました、ですわ……」
そう言って、七人が退室していく。それを見送ってクレアが微笑んだ。
「気を遣わせたわね」
「むしろそうなるって分かっててさっきの発言しただろ……」
こわいこわい、と呟くカルロス。手元に視線を向けながら機体を弄る彼の背に、クレアが無言で抱き着いた。
「……安心する」
「体温も無いし、心音も無い。良く聞くハグで安心する要素は俺には皆無だけどな」
「そんな事無いわよ。そんな物は後付の言い訳なんだから。安心できるかどうかは相手次第よ」
クレアの赤い髪が、カルロスの目の前に落ちてくる。手で触れてその感触を楽しむ。
「そうだな、クレアの言う通りだ」
「……でも絶対に、取り戻してあげるから。体温も、鼓動も。絶対に」
「気長に待ってる。俺も、眠れない夜を過ごすのは正直辛かった」
まだここはクレアにとってはゴールでは無い。スタートなのだ。カルロス達の戦いは終わった。だが、クレアにとっての戦いはむしろここからだった。生命に喧嘩を売る戦い。敵の居ない、自分との戦いとも言える物だ。
「カスの分だけじゃないわ。他の皆のも作り出して見せる。そうする事で初めて私たちは五年前の続きを始められるのよ」
「……ああ。そうだな。本当に、そうできたらどれだけいい事か」
カルロスが噛み締めるようにそう言う。そこに込められた想いを、クレアが真に理解するのはまだここから半年ほどを必要とした。
時は移ろい、春。大陸歴524年、4月13日。ログニス、旧ウィンバーニ領。
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