27 人が積み重ねた物

 再度の攻撃によって左膝が砕ける。そこで転倒するかと思われたが、相手も既に限界だと察していたのだろう。左足が失われた瞬間に、義足の様に土の柱が生えて、倒れかけた機体を支えた。

 

「しぶとい……」

「だったら次は右足だ!」


 柱を破壊するのは容易い。しかしどうせすぐにまた生やしてくるだろう。だが両足が碌な可動域も無い柱となればまともに動くことは出来ない。

 残る魔法道具は九発分。右足を破壊するのに三発必要として、本体に仕えるのは六発。十分だった。

 

 グラン・メルバスドの拳が地面を叩く。とうとう魔法陣を破壊する事も厭わない、形振り構わない姿勢を見せ始める。地上の状況の変化により、カルロス側への魔力供給が煩わしくなったという理由も挙げられる。最大目的である邪神本体の吸出しが成せない以上、そこに拘る必要はなくなった。

 

 とは言え、その場当たり的な対応にフィリウスの策の杜撰さが見える。最初からそうしていれば、ケビン達もここまで簡単には左足を奪えなかった。結局の所、あの邪神は人間の行動の不確定性を恐れても、能力そのものは恐れていなかった。順当に行けば負ける事など有り得ないと慢心しているのだ。人の世の進歩を余りに軽視していた。

 今ケビン達が駆使しているのはその進歩の象徴とも言える。彼らの戦術の基礎は全て学院で、人が得て、継承して来た知識が元となっている。それに追い詰められているというのが、フィリウスが人間と言う物を本質的に見ていない証左でもある。

 

「マリンカ、少しここを任せる。お前の馬鹿力なら可能だろう」

「一言余計! 王子様はどうすんのさ」

「無論。奴の横っ面を引っ叩いてくるのさ」


 自分を狙った拳を跳躍して躱す。まだ己の身体が空中に有る間に、手首から伸びたワイヤーがグラン・メルバスドの首筋に引っかかった。そのまま軌道を修正し、振り下ろされた拳の上に降り立ち一息で駆け上がる。伸びきったワイヤーが引き戻されていく。グラン・メルバスドは空いた左手で掴もうと掌を伸ばすが、ラズルはそれも掻い潜って宙へと飛び出した。機体の正面まで跳び、日緋色金の長剣を頭部へ突き立てる。流石に装甲を貫けるほどの威力は無い。狙ったのは隙間。視覚であるエーテライトアイを右の片方潰す。右側を狙うケビン達の援護だ。右側に死角を作り出した。

 

 空中にいるラズルに移動の手段は無い。ワイヤーもまだ巻き上げ中。そのラズルを両手で包み込むように潰そうとしたグラン・メルバスドだが、唐突にバランスを崩す。失った左足の代用。その土の柱が中途から圧し折れていた。その下手人は巨大な戦斧を振り切った姿で少しばかり不機嫌そうだ。

 

「あたしが援護しなかったらどうするつもりだったんだい、王子様」

「お前なら飛びだすと信じていたからな」


 戦場で肩を並べたからこそ、培えた信頼がそこにはあった。


 上半身に昇ってきたラズルに気を取られたのを見るや否や、マリンカは魔法も何も使わずの生身とは思えない速度で飛び出した。その勢いのままに振り抜いた戦斧は足代わりの柱をまるで砂細工を崩すかの様に簡単に打ち砕いたのだった。

 ラズルが着地すると同時、柱も再生する。そこを起点に砂嵐が発生する。これにはさすがのマリンカも目元を腕で庇って後退した。ケビンとガランも視界を遮られては堪らない。

 

「目晦ましなど!」


 ただ一人ラズルのみはフルフェイスの兜を被っているため平然としている。エーテライトアイと類似した魔法道具で視野を覚悟しているラズルに取って、砂はただ煩わしいだけだ。だがそこで己の判断ミスに気付く。徐々に鎧を叩く砂の量が増えていく。これは単なる目つぶしでは無い。砂を使った攻撃であった。無銘の古式の対龍魔法(ドラグニティ)。空に居る龍すらも叩き落す砂嵐だった。

 

 攪拌機の中に放り込まれた様に、粉々にされる。数瞬先の己の未来を予見したラズルは砂嵐から逃れようとするが中央へと吸い込もうとする力が働いている。竜巻の中心へ導かれるように徐々に引き寄せられて――。

 

「風系統。相殺するのは楽な部類ですね」


 全く逆向きの突風が地下空間に発生する。言うまでも無く自然現象では無い。対龍魔法(ドラグニティ)に匹敵する魔法。それを長耳族が個人で行ったというのだから、その魔法能力の差には平伏するしかない。アルの魔法は、自身の宣言通りに対龍魔法に抵抗していた。相殺は難しい筈の事象をあっさりと引き起こしている当たり、この人物も大概規格外であった。

 

 砂嵐が晴れる。まさか魔導機士の居ない戦場で相殺されるとは思っていなかったのか。対人目的だったため、威力よりも発動速度を優先したとはいえ、普通は歩兵に相殺されるような物では無い。相手が悪かったとしか言えないだろう。同時に放って威力を軽減する予定だったもう一人が苦笑を浮かべている。即座に切り替えて、援護の魔法を準備している辺り抜け目がない。

 

「隙だらけだぜ!」


 一瞬の空白。そこにガランは付け込む。砂嵐が消えるよりも先にグラン・メルバスドへと吶喊していく姿は潔いの一言。密着状態で放たれた魔法道具。その鉄杭は左足への攻撃で最も効果の出た一点を貫く。一拍遅れてケビンもそこへ追いついた。立て続けの一撃によって、右足も膝から下が失われた。辛うじて柱を生成して転倒は避けたが、両足がその有様では踏ん張りなど利きはしない。

 

「どっせい!」


 淑女らしからぬ掛け声とともに、マリンカが己の戦斧を放り投げた。巨大な鉄塊が回転しながら突き進み、グラン・メルバスドの胸部装甲に突き刺さる。勢いもさることながら、その重さはバランスを損なった機体に受け止めきれるものでは無かった。大きく仰け反って姿勢を崩し、それでもどうにか危ういバランスで持ち直そうとして――。

 

「これが本家本元!」

「パチモンとは違う事をお見せしよう!」


 ここまで練りに練っていたグラムとテトラの合体魔法が発現する。『スティングレイ』。帝都でも新式を貫いた魔法。ハーレイの用意した魔法道具の元になった魔法でもあるそれは、過去最硬にして最速。最も強固とされる魔導機士の正面装甲さえも貫ける威力。あれからも開発の傍ら鍛錬を続け、磨き上げてきた秘技。だがグラン・メルバスドは己の両腕を盾にして、胸部装甲を先端二センチほど貫通しながらもどうにかそれを防ぎ切った。両腕が杭によって縫い止められ、仰向けに転倒したが、それでもまだ機体本体は無事である。機法ならばこの状態でも撃てる。全てを巻き込む最大威力の対龍魔法(ドラグニティ)を発動しようとして――中の操縦者は欠けた視界で見た。

 

 楽しげな笑みを浮かべて、散々に機体を破壊してくれた魔法道具を七発束ねて抱えている少女の姿を。何をしようとしているのかと考え、愚問と結論を出した。当然、使うつもりに決まっている。

 

「んー十本には足りないけど、まっ、いっか!」


 よいしょと、ライラは七本の魔法道具を胸部装甲に当てた。転倒し、両腕を縫い止められたグラン・メルバスドに、抵抗する手段は無い。むしろそれが分かっているからこそ、ライラもこれらの魔法道具を投げて、他人に任せることなく前に出て来たのだろう。後ろではカルラが何かあったら即座に動けるように小さく震えながら身構えている。

 

「ふぁいやー」


 気の抜けた声と共に、七本の鉄杭が機体の操縦席を含む内部を蹂躙した。何と恐ろしい相手か。それが名もなきリビングデッドの操縦者の中にあった意識が最後に思考した内容だった。

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