25 援軍

 天から落ちてくる流星。重力さえも味方に付けた瞬間速度だけはヴィラルド・シュトラインさえも超えたその一矢は、グラン・トルリギオンの翼を貫いていく。一枚、二枚、三枚、四枚。一枚破壊するごとに勢いは堕ちていく。一枚破壊される度にグラン・トルリギオンの硬度は下がっていく。とうとう五枚目で突き破る事が出来ずに拮抗した。背から炎を棚引かせて、残り二枚を突き破ろうと更なる加速。

 

「義兄さん、離れて!」


 カルロスが叫んだ。神権二つを纏めて『|大罪・模倣(グラン・テルミナス)』で跳ね返した反動で、咄嗟には動けずにいたエフェメロプテラ・セカンドが立ち上がる。機体全体を軋ませながら、連続での大罪法の行使。本来ならば無謀なそれを成し遂げたのは未だ継続する地下から供給される魔力。そしてもう一つは反骨心。

 

 レグルスには出来た。その事実がカルロスを奮い立たせる。奴よりも良い世界を作りたいと願ったのだから、負ける訳には行かない。模倣すべきは視線の先にいる懐かしい憧れの機体。

 

「仮想対龍魔法(テルミナス・ドラグニティ)――『天翔流星(ハイぺリオン・シューティングスター)』!」


 この対龍魔法(ドラグニティ)を模倣するのは二度目だ。嘗てはそれを義兄に向けた。今回は違う。

 地上から駆け上がる姿もまるで何時かの焼き直し。翼を一枚砕き、そして二枚目に突き刺さる。二箇所からの突撃を受けた翼も耐えきれず引き裂かれた。空中で二機がすれ違う。その機体が間違いなく、ガル・エレヴィオンであることを確かめてカルロスは歓喜の声を上げた。

 

「イーサ義兄さん! 来てくれたのか!」

「お、おう。その機体カルロスか……? また偉く趣味の悪い……」

「時代が俺に追いついてないだけだから!」

 

 そんな挨拶を交わしている間に、グラン・トルリギオンは地上へと落下していく。その下敷きにならない様に神権機達が退避しているのが見えた。

 

「カルロス! 乗れ!」


 近い内に模倣の効果が消えて空に留まれない事が分かっていたトーマスは、機龍を寄せてエフェメロプテラを後ろに乗せた。機龍の背に乗って、安定したのを見て、イーサはカルロスに言う。

 

「それと来たのは俺だけじゃない」


 ◆ ◆ ◆

 

「くそっ。やはり腐っても大罪機ですか」


 数度繰り出した攻撃が大した成果を挙げていない事に気付いてアルは舌打ちした。単純に火力が足りない。不完全な大罪機二機を融合させた複合大神罪グラン・メルバスド。正中線からきっかり分かたれた左右非対称の形状はそのまま元となった大罪機の半身だったのだろうか。見る限り武装らしきものは無いというのが不幸中の幸いと言うべきであろう。

 

 彼らにとってプラスの点を挙げるのならば大罪がこの場では機能していない事だろう。略奪の大罪は古式の武装と機法を奪うという文字通りの物。制約は幾つか存在しているが、そもそも古式が居ないこの場においては何の役にも立たない。闘争の大罪に至っては直接的な戦闘力は皆無と言っていい。あくまで周囲を戦いに駆り立てる物。冷静な判断力を失わせるという副次作用は有る物の、これも直接的な戦闘力には乏しい。何より、大罪法の最大展開が行えない。

 大罪機としては実のところ、初代エフェメロプテラかそれ以下だ。しかしながら豊富な魔力によって機体の基本性能は底上げされている。そして、この機体はまだベースとなった古式の性質を残している。歩兵しかいないこの場では十二分に脅威だった。

 

 尤も、それらの事実をここで戦う彼らは知る事が出来ないので最大限の警戒を続けているのだが。

 

「やはり狙うべきは操縦席、ですか」


 これが地上のグラン・トルリギオンの様に、イビルピースをも素材としていたらそうも行かなかった。だが、ここにいるグラン・メルバスドは古式が変質した物。邪神に付き従う人間がいるとは思えないため、リビングデッドだろうとアルは推測した。あくまでそれが操縦している以上、操縦者を潰してしまえばこの大罪機は無力化できる。

 

 言うは易し、行うは難しの典型だ。大罪機と言うだけで通常の魔導機士よりは頑強だ。更にそこにこの古式本来の機法。拳に土塊を纏わせての格闘戦。それを見てグラムは呻いた。

 

「これはあれだな。地竜を思い出す」

「ああ、あれだよね……」


 カルラが珍しくうんざりした表情で同意した。とことん土と言うのは彼らにとって鬼門だった。五年越しに再度立ち塞がるとは、という心境だ。

 

「多分、体表に纏うって事が出来るだろうな……」

「『|砂の吐息(デザートブレス)』みたいなのも使ってくるだろうねー」


 ケビンと合流したライラが過去を思い出してそう口にする。あの時はカルロスが未完成のエフェメロプテラで撃退してくれた。だが今回はそれに期待は出来ない。

 

「んーこの魔法道具も装甲の上に土纏われたら流石に貫通できないかな……」


 テトラが自分の魔法から威力を推測してそう呟いた。このサイズでは威力にも限界がある。古式の装甲は貫通できても更に重ねられたら厳しい物があった。通常ならばそこに再度攻撃を叩き込めばいいのだが、今は魔力は無尽蔵。開けた穴も即座に塞がれるだろう。対してこちらは使い捨ての魔法道具。テトラとグラムが共同すれば同等の一発は撃てるが、それにも準備が必要だ。アルともう一人の長耳族も同様。間髪いれない連続攻撃と言うのは難しい。

 

 そもそもそれ以前の問題として。

 

「あれの動きをどうやって止めろって言うんだよ!」


 ガランが叫んだ。魔導機士の拳と言うのはそれだけで防ぎようのない凶器だ。まずはこれを止めないと話にならない。どれだけケビン達が活法で己を強化し、逃げ回っても歩幅が違い過ぎる。逃げ切るなど不可能だ。それを実現できるのは人間離れした身体能力の持ち主だけだろう。

 

「仕方ありませんね……私たちが囮に成ります。その隙に貴方達は操縦席を狙って――」

「いや、それは駄目だアルさん。囮になるとしたら俺達だ」


 生者を囮にするなどとんでもないとケビンはその提案を却下する。だがアルも引き下がらなかった。


「我々ではその魔法道具を使えない。人間族用にセッティングされていますからね。トドメをさせない者を温存しても仕方ないでしょう」


 そう言い争っている内に、グラン・メルバスドが追いついて拳を振り下ろす。器用な事に地面に叩きつけられる寸前で止めている。操縦者がどんな人間をリビングデッドにしたのかは分からないが、大した腕前だった。

 

「良いから。私達だけで動くならばまだ動きやすい。囮になると言っても死ぬわけではありません」

「いやいや、アル先生よ。そう言ってる奴は死ぬ覚悟してるやつだぜ。経験者は語る」


 一度他の面々を救う為に囮になった男はその辺りの誤魔化しに敏感だった。ならばどうするのかと、アルが珍しく声を荒げかけた所で、この場にいた八人以外の声が地下空間に響いた。

 

「良く分からんが、あれと打ち合えれば問題ないのだろう?」

「ははっ! そう言うのはあたしらに任せておきな!」


 風が駆け抜けた。そうとしか思えない速度で二つの小さな影が逃げ惑っていたケビン達の隙間を掻い潜ってグラン・メルバスドへと肉薄する。振り下ろされる拳。そこに二つの得物が合わせられる。

 

 長剣と斧、そして拳。その三つが激突する。地下空間に響き渡る様な大音響と共に、その拳が押し留められた。たった二人の人間によって。纏っていた土塊が砕けて崩れ落ちていく。それを尻目に二人は会話を始める。

 

「……マリンカ。撃墜数は幾つだったか」

「八対八。同数だったね」

「そうか。ならばこいつに止めを刺した方の勝ちとしよう」

「はっ! いいね! 乗ったよ、王子様!」


 一年前、黒騎士と呼ばれたラズル・ノーランド。紅の鷹団団長、マリンカ。人の身でありながら人間族の範疇からはみ出した例外の二人がハルスの戦場に舞い戻った。

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