24 目的

『油断したね。それとも昔過ぎて忘れていたのかな?』


 龍型の頭部が流暢に人の言葉を発してくる。その口ぶりは、紛れもなくフィリウス――邪神の物だった。徐々に這い上がってくる影を振り解こうとしながらグランツは叫ぶ。

 

「何故だ……! この性質はまるで……」

『簡単な話さ。複合大神罪? まあ確かに強力ではあるが、僕らの本来の力とは程遠い。君達だって気が付いていたのだろう? 本体の封印を解こうとしていると。だからこそ、ここには動ける神権機が半分しかいない』


 遠く、その戦いの様子を見つめている人型のフィリウスが口元に隠し切れない笑みを浮かべて言う。

 

『元々、封印は完全な物では無かった。僅かに漏れ出す魔力……それこそが大陸に魔獣を産み出していた要因。つまり、大陸の地脈には僕ら本体の魔力が含まれている。何れは大陸その物の魔力に呑まれ、本体の力は削がれていく筈だったけど――』

『複合大神罪は器にして牽引役さ。封印の隙間から漏れだした邪神本体の魔力。それを更に引出、溜め込むためのね。大陸の魔力を得る何てのはそのついでさ』


 そう、グラン・トルリギオンに宿った邪神は嗤う。グランツ達は前提を間違えていた。邪神の封印。それは例えるならば網だ。巨大な存在を絡め取る網。しかし当然、そこには目がある。その隙間を本体は通れない。徐々に風化して削り取られていく塵をその隙間から放出する事で神権機達は弱体化を狙っていた。

 それが裏目に出たのだ。本体が通れないサイズだというのならば、通過できるサイズにまで細かくすればよい。後は、如何にしてその細分化した自身を再構築するかである。そのままではただ大陸に霧散してしまうのだから当然だ。複合大神罪と言う強大な存在。それすらも囮、隠れ蓑。本当の目的がこれである。地下でライラが気が付いたが、彼女とて邪神本体復活までは読めてはいない。ただ、大陸中から何かを引き出そうとしている事が分かっただけだ。それでも十分なのだが。

 

 大罪機九機とイビルピースで構成された複合大神罪ならば、邪神本体に匹敵するだけの器となる。それならば最早封印など完全に無視できる存在となるはずだった。だが、現状ではまだ全てを取り込むことは叶わない。時間も必要だった。もしも、ハルス軍が攻撃を開始せず、グランツ達が静観を選んでいた場合。その時はグラン・トルリギオンも動かなかっただろう。そうしている間に封印を無視して邪神が復活していた可能性は十分にあった。フィリウスの嫌う人の行動の不確定さに人知れず大陸の全人類は救われていたのである。

 

「こいつを依り代に、復活しようというのか邪神!」


 現段階でも既に本来の一割ほどは封印の外に出てしまっている。自身の身体を自在に定形と不定形を行き来させる。それも邪神本体の性質だ。グラン・トルリギオンは新たな邪神の身体として機能し始めている。だがまだ完全では無い。


『そう言う事だね。でもまだ器の大きさが足りない。君を取り込めば足しにはなるかな』


 足先からふくらはぎ、大腿部へと這い上がってくる影。そこに触れた部分が自身の機体の管理下から離れていくことにグランツは気付かされた。取り込まれる。その言葉が現実感を伴ってグランツの背筋を冷たくする。決断は迅速に。手にした神剣を振りかぶり、迷うことなくヴィラルド・ウィブルカーンの脚を切った。片足だけで全力の跳躍。それをどうにかヴィラルド・シュトラインが支えた。

 

『逃げられてしまったか』


 粘ついた様な見た目の影はそのまま残されたヴィラルド・ウィブルカーンの脚を呑み込み、本体へと戻っていく。溶け込むように一体化し、そのまま何事も無かったかのように尾が生えてくる。対話の神権の制約を開放した一撃。それは邪神であっても有効の筈だった。その影響が見られない。その理由にグランツは思い至る。

 

『ほんの僅かとは言え、対話の神権を取り込めた。ならば、優先権の上書きは可能……僕の中は僕の方が強い。当然だね』


 今しがた取り込まれた片足から神権を取り込んだとフィリウスは言う。

 

『さて、名残惜しいけどお別れだ。もう僕はここに用事は無い』


 今現在も大陸の魔力はグラン・トルリギオンへと流れ込んでいる。しかし地下での奮戦によって、肝心の封印から漏れだす邪神の魔力をかき集めるという機能は損なわれた。フィリウスに取って、この場に留まる理由は然程ない。このまま戦えば九割は勝利を収められるだろう。だが一割。神権機が相打ちを覚悟で挑んで来た場合には可能性が残る。地下でただの人間たちに一泡ふかされた直後としては、一割と言うのは余りに大きい可能性。

 だからこそ、確実な勝利を――邪神本体の復活を成してから残存戦力を潰す方針へと切り替えた。

 

 グラン・トルリギオンの六対の翼が大きく伸びる。その巨体が浮き上がる。

 

「不味い……あのまま飛んで封印地点へと直接向かうつもりか!」


 グランツが焦りの声を上げる。当初の予定では飛行しようとしたらヴィラルド・シュトラインが抑える筈だった。しかし先のヴィラルド・ウィブルカーンが取り込まれかけた一幕を見た直後に、ヴィラルド・シュトラインが援護の無い空に上がるのは躊躇われる。

 

「我らに任せよ!」


 その間に、機龍が空を飛ぶ。後方で控え、内情が分かっていない彼らだからこそ動揺も無く迅速に反応できた。敵が飛んで逃げようとしている。ならば叩き落す。シンプルな結論だ。

 

 宙返りしながらのテイルブレード。その威力は確かに高い。だが今の永劫の大罪を突破できるほどでは無い。翼を狙った一撃だったが、比較的防御力の低い個所でさえ切り裂けず、弾かれた。

 

『龍族……相変わらず忌々しい連中だ。でもこれで絶滅だ』


 首の一つ――唯我の大罪が機龍を捉えた。そこでフィリウスは眼にする。この戦いの場には似つかわしくない物を。

 

『……何故、ただの魔導機士がここにいる』

「お前を驚かせるためだよ!」


 瞬間、機龍が加速した。唯我の攻撃が空を切る。トーマスの機法、加速。戦いの中でも扱いに習熟していく彼は、影響範囲を自分以外にも押し広げていた。機龍はその恩恵を最も受けていた。今の機龍の戦闘力は、龍体を失う前のイングヴァルドにも匹敵する。

 

「我らが一撃! 受けて見よ、盲目なる者よ!」


 再度のテイルブレード。先ほど以上の速度で、そして何よりも機法の影響を受けた一撃だ。その刃の一つ一つ。それが高速で振動している。古式の中にもいた高周波による斬撃の強化。それを龍体のサイズで実現させたのだ。

 

 先ほどまでの抵抗が嘘の様に、翼が切り裂かれる。右側に展開していた六枚が地面へと落下していく。半数の翼を失ったグラン・トルリギオンはバランスを崩し――しかし墜落はしない。宙返りと言う隙を晒していた機龍へと唯我による攻撃。それは回避する余裕の無かった機龍へと直撃した。

 

「あぐっ……!」

 

 苦痛の声と共に機龍が落ちていく。翼の数が半数となってもグラン・トルリギオンの飛行に影響はない様だった。

 

『驚かされたけど……惜しかったね』


 ヴィラルド・シュトラインが飛び上がって来たとしても、対処は可能だ。最早地上にグラン・トルリギオンの行動を止められる物はいない。

 地上には。

 

 フィリウスは知らなかった。この空は人の物では無い。だがただ一つ。人の身でありながら空を飛ぶことを選択した存在がある事を。

 

「『天翔流星(ハイぺリオン・シューティングスター)』!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る