21 破壊不能

「走りなさい!」


 アルが叫ぶ。

 自身は愛用の杖を引き抜いてフィリウスへと殴り掛かった。その杖の周囲には風が逆巻き、真空の刃を作り出している。鉄の鎧さえも切り裂く一閃はしかし、緩々と伸ばされたフィリウスの手にあっさりと受け止められた。その掌には傷一つ付いてはいない。全く逆方向の風を纏って相殺していた。

 

『懲りないね君も。内臓を花開かせてオブジェにしてあげたのに、また挑むのかい?』

「貴様がこの世から消えてなくなれば喜んで挑むのは止めてやるさ。どうだ、今から」

『遠慮しておくよ。僕にはやるべきことがあるから、ね!』


 鍔迫り合いはフィリウスの言葉の終わりと同時に訪れた。回し蹴りがアルの脇腹に深々と突き刺さり、反吐を吐きながら吹き飛ばされ地面を転がる。

 

『さようなら。もう会えないなんて残念だよ』


 短い別れの言葉。微塵もそんな事を思ってもいない声音。フィリウスは倒れ伏したアルの頭部に、丸ごと呑み込めるほどの火球を叩きつける。それを救ったのは、間に割って入った刃の煌めき。火球の魔法を切り裂き、その先にあったフィリウスの掌にさえその切っ先を届かせた一撃。薄らと掌に刻まれた薄皮一枚の傷を見てフィリウスは口元に笑みを浮かべた。

 

『やるじゃないか』


 言葉だけの称賛に、それを成したケビンは僅かたりとも油断しない。不意を突いた一撃。腕を奪うつもりで放ったそれの結果が薄皮一枚では何故油断出来ようか。最大限の警戒を示すには十分だ。魔力を纏わせた最も原始的な魔法剣。学院時代から磨き上げてきたそれはこの場においても通用した。

 

「……グラム、テトラ。後ろから援護を頼む。ガラン、挟み込むぞ。アルさんが復帰するまで時間を稼ぐ」


 手早く指示を出してフィリウスに向き直る。その姿形が友人に似ている事は気にしない。その無駄の無い動きを見てフィリウスは興味深げに眼を細めた。

 

『なるほど……なるほどなるほど。僕には不要な技術だけど……アルニカ家はここまで死霊術を発展させたか。ははは! 惜しかったね。もう数代後ならば奴の悲願も叶ったかもしれない。いや、もう叶っているのかな』


 ケビン達を眺めてフィリウスはそう呟く。カルロスの成した死者のブラッドネスエーテライト化。その技術に感嘆している様だった。同時にその称賛には既に手遅れだけど、という言葉が隠されている。フィリウスは己の勝利を疑ってすらいない。その事がケビンには気になった。

 

 武闘派四名が決死の覚悟でフィリウスへと挑む。その背後で、敢えて指示を出さなかった三人が広大な地下空間を駆け回る。

 

「どうするのライラちゃん!」

「えーい! こんな広い範囲これだけの人数で吹っ飛ばせるかあ!」


 カルラとライラ、そしてその護衛として長耳族が一名、フィリウスから離れる方向に走っていく。それは逃走の為では無く、この空間の魔法陣の全容を把握するためだ。もしかしたらどこかに起点となるポイントがあるかもしれない。ここまで徹底的にバックアップを作る様なやり方の魔法陣を描いた相手がそんな弱点を残すとは思えなかったが、それでも探すしかない。現状の装備ではその全てを焼き払うのは不可能なのだから。ハーレイ作の魔法道具も点の攻撃。そう上手くはいかない。

 

「……ああ無理だ! 無理! 火力が足りない!」

「確かにこれだけ広いと我々の魔法でも焼き払うのは難しいな。せめてもう三人程いれば……」


 長耳族の青年も悔しそうにそう呟く。元より、広範囲を破壊する様な魔法は長耳族も得意では無い。通常一か所が欠けたら台無しとなる魔法陣にこれだけの冗長性を持たせるというのは常識外の技量であった。そしてこの広大な魔法陣を焼き払う方法など魔導機士でも持ち込むか、大量の爆発の魔法道具を持ち込むしかない。そしてそのどちらも、入口の狭さから不可能だった。事実上破壊不能な魔法陣である。

 

 とそこまで考えてライラは不思議に思った。

 

「っていうかさー、何であいつはここにいるんだろう?」

「え?」


 その言葉にカルラは返答に詰まる。妨害する為、と口にするのは簡単だ。だが実際問題としてその必要はない。或いは少なくない時間をかければ可能かもしれないが、その前に地上部隊が全滅してもおかしくない。そしてカルロス達の言葉。邪神は制御不能な力を嫌ってグラン・トルリギオンと言うイビルピースと大罪機の融合体を産み出した。その力を己自身の物とする為に。その前提があったからこそ、地下には邪神が居ないと踏んだのだ。その主義を曲げてまでここにいる理由はなんなのか。

 

 注意深く魔法陣を見つめる。地脈の魔力を地上へと送りだし、複合大神罪へと届ける魔法陣。複雑な文様はどこが欠けてもその機能を維持するための物。本当にそれだけだろうか。その疑問が生じた。闇雲に走り回って、遠目に見えるフィリウスとの戦いが優位に運ばれるのが分かった。復活したアルも加わって、手数で押している。その動きが徐々に悪くなっている。

 

「……待ってライラちゃん。この魔法陣、送り込んでいるのは地脈の魔力だけじゃない。ここ……巧妙に偽装されているけど、違う。あそこも」

「別の物を送り込んでいる……?」


 その時ライラの頭に天啓の様に閃きが奔った。まさかと言う思い。だとしたらフィリウスがここにいる理由にも説明がついてしまう。地脈から魔力を吸い上げるという恐ろしい能力が、ただの目晦ましに過ぎなかったという事になる。

 

「オッチャン! 手伝って!」

「……おっちゃん……?」


 見た目青年、しかし実年齢は百数歳の長耳族基準では若者の彼はその呼び方に引っかかる物を感じながらもライラの言葉に耳を傾ける。

 

「了解した。その程度のポイントならば私の魔法でも崩せるだろう……が、良いのか?」

「良い! 多分それがあいつの一番嫌がる事!」


 ライラはそう断言する。突拍子もない考えだと自分でも思う。失敗したらただ魔力を無駄に浪費するだけだ。長耳族は自力で魔力を産み出せると言っても無制限では無い。ライラの要望に応えれば、彼の魔力の大半は尽きる。同じ事は二度できないと念を押してくる相手にライラは力強く頷いた。

 

「ならばその声に応えよう」


 指を一つ鳴らす。それだけで魔法陣の上に何か所も同時に小さな魔法陣が生成された。複数目標への同時攻撃。テンでバラバラな位置に、ケビンやアルは意味を見いだせなかった。だがその示威行動はフィリウスに対して何よりも効果的に働いた。

 

『……貴様ら!』


 それまでに見せていた余裕をかなぐり捨てて魔法を準備している長耳族を、そしてライラを睨む。その視線にライラは思いっきり舌を出して答えた。

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