19 不在
一見無駄に終わったかに思える機龍とトーマスの攻撃だが、グラン・トルリギオンの目を向けさせるという意味では抜群の効果を発揮した。何しろ、出現してから初めての大きなダメージだ。最初の不意打ちで永劫の首を一時的に潰せたのが大きい。唯我と無二では防御には向かず、直撃であった。言い換えれば、永劫の防御を突破できるのならば古式であっても十分なダメージを与えられる。
しかしそれも簡単には行かないだろう。永劫を展開していないタイミングと言うのは基本的に相手が油断している時だけだ。魔力の制限が無い今は全方位に無制限に展開できてしまう。屍龍には通用した機龍の物理攻撃も、魔力が段違いのグラン・トルリギオンには通用しない。
再生を終えた三つの首が、全て機龍を見つめる。その視線自体に意味は無くとも、己の三倍の数で睨まれればイングヴァルドも僅かに怯んだ。しかしながらその姿こそが彼女を発奮させる。龍族の真似事。まるで親から受け継がれる龍体を馬鹿にしたような造形は、龍と名の付く物ならば存在を否定せざるを得ない。それはカルロスの機体群に見られる趣味の悪さから来る物では無く、ただただ単純な嫌悪感。
決して分かり合えない。その断絶を知覚する。
何時かの屍龍との戦いの様に、機龍とグラン・トルリギオンが絡み合う。だがその時と決定的に違うのは手数の差。機龍の首は一つ。それに対して複合大神罪は唯我、永劫、無二の三つの首を持っている。模倣を奪ったとしてもその大罪は何の陰りも無い。どころか、模倣に割り振られていた魔力さえも再配分されて強化されている可能性すらあった。その内の一つをイングヴァルドは全力で抑え込むが、残り二つはどうしようもない。
「ルド!」
一本の首にトーマスのデュコトムスが挑む。器用に首の突起に手を掛け、槍を片手に一息に踏破した。頭部の上に立ち、相手の注意を引きつける。それでもまだ二本。残された最後の首が、まずは最も脅威となり得る機龍に狙いを定め――。
「最初から飛ばしますわね……でも、そう言うの嫌いじゃないですわ!」
そう称賛の言葉を投げかけながら、追いついたネリンがヴィラルド・シュトラインの足裏をグラン・トルリギオンの首へと叩き込む。狙ったのか偶々か。狙いをそれた攻撃がグラン・トルリギオン自身に命中した。あれだけの巨体であるとそうした可能性もあった。自分の攻撃は通ってしまうのか、刻まれた痕に悲鳴をあげる。そのダメージも即座に回復していくが、ネリンは胸を張って述べる。
「例え、ダメージを与えて回復してしまうとしても、その精神はどうなのですわ!」
「てーっと?」
「痛いのずっと続けても平気かしら!」
「分かりやすい」
確かに、野生動物であっても耐えられる痛みには限度がある。少なくともこのグラン・トルリギオンは機械めいた外観だが中身は生物に準じている様だった。一撃で致命傷を与えた時は分からないが、先ほどから受けた攻撃には悲鳴を挙げている。それは確かに痛みを感じている証だろう。見た目が元通りになっても、傷を受けたという事実は残る。その経験は、攻撃を受ける前に相手に痛みを予想させる。苦痛を前に怯むことがあるかもしれない。ネリンはそんな見えない傷を刻むと言っているのだった。永劫を突破できる攻撃がどれだけあるかは未知数だがやる価値はある戦術だった。
「にしてもトーマス様。中々良い機法をお持ちですわね。ええ、速いというのは良い事ですわ」
「え? どうも」
それはそうと、ネリンは速度を上げる事の出来る加速の機法に親近感を抱いたようだった。飛翔と言う最速の神権を持つネリンだからこその感性と言うべきか。ただのスピード狂かもしれない。
「きっとその機法も極めれば空を飛べますわ。精進してくださいまし」
「はあ」
「むう」
親しげに言葉を交わす二人にイングヴァルドが不満げな声を上げた――が、通信の魔法道具は無く、接続状態で無ければトーマスにさえ届かない。故にその不満は誰にも届かなかった。後で負債が纏めてトーマスに降りかからない事を祈るばかりである。
「にしても、随分とこう……聞いていた話と違いますわね」
「聞いていた話?」
「ええ、管理しようとしている邪神は策略家だという話ですわ。むしろ私にはただの獣に見えますもの」
言われてみれば、とトーマスも納得する。確かにグラン・トルリギオンは強敵だ。しかし、智謀に長けた敵かと問われたらそうは思えない。目の前に居る敵を愚直に攻撃してる。脅威度は判別している様だったが、それも目の前に居る相手に限られる。そこに知性の輝きは無く本能だけがあった。
首の攻撃を捌き、抑え込んでいる間に更に後方から追いついたグランツ達が合流し、機龍とトーマスは一度下がった。全員が一斉に攻め込むのではなく交代しながらの攻撃になる。最悪ここでの戦闘を数日することも覚悟していた。駆けつけながら会話を聞いていたグランツが呟く。
「確かに……余り賢くは無さそうだな」
それらの会話にカルロスは内部でのことを思い出す。
「確かに、奴の腹の中にしてはフィリウスの気配を感じなかった。そもそもあいつが居たのならば、アルバが中に出て来た時点で捕捉されていたんじゃないのか……?」
取るに足らないと捨て置かれたのか。それは有り得ないとカルロスは自分で自分の考えを否定した。現に自分はこうして脱出できている。フィリウスが余程の間抜けでない限り、わざわざそんなリスクを放置しないだろう。自惚れ込みで言うのならば模倣の大罪が相手に捕まれたままならばグラン・トルリギオンは無敵だった。少なくとも地脈からの魔力供給が途切れるまで持ちこたえるなど不可能。決して逃してはいけないカードだったはずだ。
そこから導き出される結論。それは――。
「奴は、複合大神罪の中に居ない……?」
てっきり、影に呑み込まれた直後、そのまま一体化を果たしたと思っていた。自分以外の意思に操られる大罪機が信用できず、分身であるイビルピースを求めていたフィリウスがそうしない理由が無いと思い込んでいたのだ。だがそうでないとしたら。
「……地下の連中がやばい!」
地上にその姿は無い。ならば今現在の居場所は限られてくる。そう、例えば魔力を供給してくる魔法陣が存在するという地下、だとか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます