36 鉄槌作戦

 カルロス達がいちゃついていた一方。


 アウレシア要塞から離れる事約三十キロ。嘗てドルザード要塞と呼ばれていた地点との中間点。そここそがアルバトロスとハルスの最前線。街道だった場所以外は未整地の荒野。乾いた大地を蹴って、エルヴァートが駆ける。走りながらクロスボウを構え、狙いを付けようとするが、それよりも早く銃弾がその腕を砕いた。そして続けて飛来する別の銃弾が足を貫き、動きを止めた所で操縦席に目掛けて弾が飛び込んだ。

 

 一機落としたのはケルベインの小隊。三機で連携する事で確実に一機を仕留める。その動きは最早狩りと呼ぶにふさわしい一方的な物。機動力を生かして相手のエルヴァートを孤立させ、打ち抜いて行く。だがその彼らもベルゼヴァートが相手となると分が悪い。

 

 まさしく目にもとまらぬ速度で迫りくるベルゼヴァート。動きのキレが違う。一瞬たりとも動作の切れ目が存在しない。更には速度も落とさずに一気に突っ込んでくる。バラバラに放たれた銃弾を、躱しながら進んでくる様は実在する物とは思えない。懐に入り込んだベルゼヴァートは長剣で一機のケルベインの腕を切り落とす。更にそのままその機体を盾にするように残り二機へと回り込み、鋭い突き技で瞬く間に操縦席を貫いた。小隊を一つ壊滅させたベルゼヴァートは更に前に進み、しかし散弾の壁を乗り越えられずに無数の子弾に蹂躙されて廃材へと姿を変えた。

 

 ベルゼヴァート対策の散弾銃の普及は順調に進んでいると言っても良い。開戦当初の様な圧倒的な優位性は最早アルバトロスには無い。エルヴァートの光学偽装も種がバレてしまえば対策のし様はある。怪しいところには銃弾を叩き込んでやればいいのだ。静止状態にあるエルヴァートは回避する事も出来ずに撃破されてしまう。エルヴァートの方が射程が短い事によって生じた状況だった。攻撃が届くよりも先に攻撃されるのでは待ち伏せにならない。

 

「くそ、連中また士気が上がったか?」

「こっちの方が撃墜してるっていうのに元気なもんだよな」


 果敢に切り込んでくるベルゼヴァートを散弾銃で撃破しながら、嘗てカルロス達と共に屍龍に挑んだデュコトムス部隊の隊長は毒づいた。三か月以上こうして戦っていて、相手の士気が維持できている事が信じられないと言った口ぶりだ。遠征と言う性質上、相手の方が士気を保ちにくい筈なのだが、やはり攻勢に出ているというのが兵士たちの意気を高揚させているのか。逆にこれまで守勢に回っていたハルス軍は怒りによってその士気を維持していた。ドルザード要塞の失陥。その後の失墜作戦による広範囲の水不足による疎開。国土を蹂躙されたという怒りこそが原動力だった。これ以上卑劣な侵略者に奪わせてなる物かと。パンの一つだってくれてやる物かという気合いに満ちている。

 

 だがそれも昨日までの話。大陸歴523年10月。メルエスでは雪が降り始める頃。

 

 遂にハルス側の準備が整ったのだ。今現在アウレシア要塞ではイブリス平原に布陣しているアルバトロス本隊への反抗作戦の為の戦力が終結している。アルバトロス本国からの増援が到着した事で、本隊の数は400を超える程に膨れ上がっている。それを上回る500のデュコトムスとケルベイン。新鋭の回転式連射長銃と散弾銃で武装した機体群はこれまで以上の戦力となっていた。後方で制作されていた対龍兵装もアルバトロス側に存在するという重機動魔導城塞対策に持ち込まれた程に充実した武装。

 

 そして何より皆が燃え盛っている。自分たちの手で侵略者たちをこの国から叩き出してやると言う戦意に燃えている。守勢に終わりはない。だが攻勢は自らの手で終わりを――戦争の決着を付ける事が出来るのだ。一年耐えてきた彼らがその我慢を爆発させるのも無理はない事だった。

 

 鉄槌作戦。その反攻作戦はそう名付けられた。侵略者へと振り下ろされる鉄槌。敵を叩き潰す為の拳。

 

 アウレシア要塞から大軍が進撃する。その中には自ら希望してこの場に来たケビンの姿が有った。

 

「……全く、柄では無いのだがな」


 自らそう評する彼がここにいる動機。それは――敵討ち。復讐の為。故国を奪われた、命を奪われた、そして友を奪われた。そんな怒りを抱いてここに立つというのは自分でも柄ではないと思っていた。実の所、彼は代理である。他の皆が動くことが出来ないのを察した彼が他の人の分もとこの場に赴いたのだ。それでも意識していなかった冷たい憎悪が自分の中にもある事を理解してしまった。

 

 侵攻を察知したアルバトロス軍側も嫌がらせの様に進出していた部隊を下げ、イブリス平原での決戦に備えた。既に平原は創法の魔法使いたちによって作り込まれた要塞と化していた。土の壁。空堀、付近の森から伐採した木による櫓……。流石にアウレシア要塞などと比べる程ではないが、十分に脅威となる陣地だった。だがそれをハルス側は笑い飛ばす。まるで子供が作った秘密基地の様ではないかと。

 

 そしてハルス側にとって初めての城攻めが始まった。ここで僅かな問題が持ち上がった。それは銃の威力不足。魔導機士を撃破するには十分な物だったが、固められた土壁を打ち崩せるほどでは無い。そして上向きに放つ銃弾は常の威力を発揮できない。逆に下に向けて撃たれるクロスボウは威力を増していた。

 城壁の上で迎撃してくるエルヴァートを排除する為には危険を覚悟で近寄るしかない。そこでこそデュコトムスの重装甲が役に立つ。更に盾を携え、距離を詰める姿は皮肉にもこのイブリス平原でアルバトロスが取った戦法に酷似していた。少し違うのはデュコトムスの背後にはケルベインが控え、進みながらも攻撃を仕掛けて来ている事だ。

 距離が狭まるにつれてハルス・アルバトロス双方に被害が出始める――がここまでくればハルス側の方が有利であった。銃の数が違う。連射速度が違う。ここにきて初めて披露された回転式連射長銃は銃と言う物に慣れ始めていたアルバトロスにとっては悪夢のような武器だった。つい先日まで、一発撃つのにもモタモタしていた銃。それが連続して五発も弾を叩き込んでくるようになったのだ。そして装填は殆ど変らない速度で完了している。次第に城壁の上からの反撃は減ってくる。絶え間なく打ちかけられる銃弾に身を隠す事しか出来なくなったのだ。

 

 そうしているうちにデュコトムス部隊が堀を乗り越えて要塞の城門に取りつく。手にしたのは破城鎚。ウルバールならば数機掛かりで扱う様な質量を、デュコトムスは己の両手だけで振るう。遠心力を乗せた超重量の一撃。それはたったの一発で城門を大きく撓ませ、アルバトロスへの騒々しい来訪の知らせとなった。

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