37 優勢

 デュコトムスの一撃とてそれだけで穴を穿てるほどに城門は柔では無い。しかしそれも幾度と繰り返されれば話は別。要塞内部に侵入された時点で、アルバトロス側は大いに不利になる。既にエルヴァートではデュコトムスと真っ向から戦うには不利だと言う事はこれまでの戦いで証明されていた。故にそれを阻止するべく、アルバトロス側も動く。

 

 自分の足元に影が落ちる。それに気が付いて空を見上げたデュコトムス。その頭部から操縦席を含む腹部までを長剣が一気に貫いた。魔導機士の数倍の高さがある城壁から躊躇うことなく飛び降りて、奇襲を仕掛けて来たのはベルゼヴァート部隊だ。人間その物と呼べるほどの運動性を持つこの機体は、三次元機動に耐えられるだけの強靭なフレームを持っている。無論それだけでなく着地の衝撃を綺麗に殺す事が出来るというのも大きいのだが。

 要塞前では一気に混戦に持ち込まれた。整然と陣列を作っていたハルス軍をかき乱す様にベルゼヴァートが切り込んでいく。密集して攻撃を防いでいた今の陣形では散弾銃での迎撃は同士討ちを招く。その為、デュコトムスはやや不利だと分かりながらも格闘戦を挑むしかない。盾を構えたまま、長剣を携える。盾は上から降り注ぐエルヴァートの攻撃を防ぐためにも必要だった。だがそれ自体がベルゼヴァート相手にとっては致命的な隙になる。その重さ故に自在には動けず、その大きさ故に視界が限られる。変幻自在な動きをするベルゼヴァートを相手にするにはその制約はかなりの重荷。

 

 危うく蹂躙されかかった所で陣形が切り替えられる。デュコトムスを外側に、ケルベインを内側に。方陣を組んでベルゼヴァートを迎え撃つ。まずはベルゼヴァート部隊を排してから要塞の攻略をするという方針へと切り替えた。その方陣を切り崩すべく、ベルゼヴァートが端から攻めかかる。

 前衛のデュコトムスとデュコトムスの隙間。後衛のケルベインの射撃を通すために僅かに開けられたそのスペースに機体を捻じ込ませて強引に突破しようと図る。無論、そんな真似を許すはずもない。阻止しようと、デュコトムスの意識が一瞬そちらに逸れた。まるでその思考を察知したかのように二の矢として放たれたベルゼヴァートがデュコトムスを飛び越えて、方陣の中に入り込もうとする。

 

 それを挫いたのはケルベインが装備していた回転式連射長銃。これまでよりも格段に上がった連射速度と射程。そして、空に有る敵を撃つための訓練をしてきたハルス軍にとって、三次元機動と言うのは最早初見の頃の様に困惑して固まってしまう様な物では無い。ガル・エレヴィオンの機法を再現した加速装置で多少は宙でも動けるようだったが、槍衾の様に張り巡らされた弾幕を突破する事が出来る程では無かった。打ち落とされたベルゼヴァートが地面に落下する。軽装甲の機体はそれだけで致命的な損害を負った。

 

 開戦当初は絶対的な強者であったベルゼヴァートも徐々にその数を減らしていく。言ってしまえば種の割れた奇術の類である。高い運動性は脅威だがそれも数が揃ってこそ。少数精鋭を体現したようなベルゼヴァート部隊に取って、現状は既にその能力を十全に発揮できる環境では無かった。ハルスが――そして一度だけ交戦した経験から徹底的に対策を練ったカルロスがそんな環境に変えてしまった。

 その流れに待ったをかけるように。アルバトロス軍の最後方から天を突く巨大な影が歩み寄ってくる。遠近感が狂ったかのような人型。それはログニスから提供された情報の中に有った機体――重機動魔導城塞(ギガンテスフォートレス)。それが三機。古の対龍兵器は、今は対魔導機士兵器として生まれ変わっていた。新式魔導機士の登場によって魔導機士の軍勢と言う物が想定されるようになった。そうした群れに対してのカウンター。

 

 その巨大さに比例して持つ重厚な装甲。複数の古式コアユニットを連動させて撃つ対龍魔法(ドラグニティ)の合体魔法。それらはいずれも対多数の局面において有効となる。極論、ただ手足を振り回すだけでも重大な脅威だ。大人が子供を相手にするよりももっとひどい質量差がある。

 

 嘗てのカルロスは、エフェメロプテラを用いても対抗する術は大罪法しかなかった。だが今はもう違う。

 

「例のデカブツだ。特殊鉄槌隊を出せ!」


 ハルス軍の総司令官が重機動魔導城塞を認めた瞬間にそう指示を下した。これまで温存されてきたデュコトムスの一部隊。それらは盾は持たない。試作機の様な岩斧も持っていない。だがそれ以上に印象的な武装――文字通りの鉄槌を手にしている。巨大な鉄の塊。ただの塊で無い証にその鉄槌には何かしらの機構が見える。その形状はどことなく、ハルス軍で一気に普及している回転型連射長銃の連射機構と似ていた。

 

 方陣の一部が割れて、そこから十二機のデュコトムスが飛び出す。それぞれ四機一組となって重機動魔導城塞へと近寄っていく。ゆっくりと一機の重機動魔導城塞が腕を上げる。その周囲に増設された物。それが大量のクロスボウ――恐らくはエルヴァートの物の流用品――であると気が付いた時には大量のボルトが豪雨の様に降り注いできた。

 即席要塞の城壁よりも高い位置からの射撃を、避け切れずに何機かのデュコトムスが機体を蜂の巣にされる。そんな状態になっても未だ動けるというのは異常なまでのタフネスさだった。それもひとえにカルロスが操縦者の生存性を意識し続けたからだ。エルヴァートのクロスボウと同レベルの威力で、装甲の上から行動不能なダメージを与えるのは相当に厳しい。ベルゼヴァートがデュコトムスと相性がいい理由の一つにその運動性能で正確に装甲と装甲の隙間を狙ってくることが挙げられる。

 

 クロスボウは単発――と言うよりも再装填を想定していない様だった。撃ち切り型の武装。まだもう片方の腕が残っているが、攻撃が来ると分かれば回避する事も出来る。足を止めることなく、恐れることなく重機動魔導城塞の足元に入り込んだデュコトムス部隊はここまで温存してきた鉄槌を振りかぶる。

 

 人龍大戦時、対龍兵器として用意された重機動魔導城塞に、屍龍対策で生み出された現在の対龍兵器が振るわれる。

 

 大質量の一撃が重機動魔導城塞の第一外装――城壁の様な石造りの装甲を砕く。崩れて地金を晒した第二外装。そこ目掛けて密着したままの鉄槌。そこから火薬の炸裂によって超加速した鉄杭が深々と突き刺さった。鉄杭は切り離されて内部に残る。同様の光景が十二機分繰り広げられた。重機動魔導城塞に魔導機士の攻撃を避けるような機敏さは望めない。一撃を加えた機体たちは一斉に離脱していく。そして――。

 

「爆破!」


 その声と共に打ち込まれた鉄杭、その内部に仕込まれていた爆発の魔法道具が一斉に起爆した。機体の内部からの爆発に、残った装甲も吹き飛ばしながら重機動魔導城塞が大きく姿勢を崩し、その姿を傾けた。巨大さ故にそれは隠しようも無い。ハルスがアルバトロスの切札に一矢報いた。それを戦場全てに喧伝していた。

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