31 乙女思考

 散々にグラムに諭され、ハーレイにすら少々どうかと思うと苦言を呈されたカルロスは、それでも諦めずに他の人の意見を聞きに行く。ケビンは現在島を離れているので、残るはトーマス。普段聞き流していたガランの女性哲学を今ほどしっかりと聞いておけば良かったと思った事は無い。――仮に全て頭に叩き込んでいたとしても、今回のケースに該当する物は無かったと思うが。

 

「っていうか最近トーマスの姿見ないんだよな。島からは出ていない筈なんだが……」


 見ないと言えば、アルの姿も見ない。イングヴァルドは時々やってきてテトラとライラと一緒にグラムで遊んでいる所が見られたが。彼女の教育に悪影響を及ばさない事を切に願いたいカルロスであった。

 

 当ても無く歩いていると最近見ないと思っていたアルを見つけた。果たして、己の師はそう言う相談ごとに向いているのだろうかと思いながらも、年の功で何か良い話が聞けるかもしれないと思い近寄る。

 

「師匠」

「……カルロスですか。どうしましたか」

「いえ、偶々見かけた物で。こんなところで何を……?」


 アルは無言で視線を落とす。釣られてカルロスも視線を足元に向ける。そこにはトーマスが居た。俯せに地面に倒れ伏している姿は控えめに言っても死体だった。

 

「……これは?」

「少々揉んでいたのですが、どうも限界を迎えた様で」


(肉体的な疲労を感じないトーマスを倒れ伏すまで揉むって何したんですかね、師匠)


 その言葉は辛うじて心の中に収められた。言えば自分も体験する事に成りそうだという予感が有った。そんなカルロスの心境を見透かす様に一度彼を睨んだ後、アルはカルロスに一つ申し付ける。

 

「丁度いいところに来ました。私はこの後所用が有るので彼の事をお願いします。しばらくすれば目も覚ますでしょう」


 その言葉にノーと言える勇気はカルロスには無い。即座に首を縦に振るしかなかった。その応答に満足げに頷いてアルは港の方へと歩いていく。その姿が見えなくなった辺りで、倒れていたトーマスが顔を上げた。

 

「行った?」

「お前、良く死んだフリとかできるな……」


 アルは見破っていたとカルロスは断言できる。ただ単にあれは本当に自分の用事があったからそれを見逃しただけだ。

 

「いや、何か急に稽古つけてやるとか言い出して……滅茶苦茶つええのな。あの人」

「まあ伊達に年喰ってる長耳族じゃないからな……」


 自分を研磨する事に熱心な長耳族の中でもアルは例外の方に属する人物だ。後進を鍛える事に意義を見出している。若い頃は例に漏れずに只管に自分を苛め抜いてきたらしい。長耳族基準の若い頃なのでそれこそ人間の寿命よりも長い期間鍛えて来ただけあって、広い分野で一流の腕を持っている。明確な例外と言えば魔導機士関係位だろう。

 

「しかし何で急に鍛えるなんて言い出したんだろうな。後妙に龍族の事を教えてくるんだけど」

「……なんでだろうなー」


 カルロスはそれを聞いて乾いた返事を返すしかなかった。本気であった。己の師は本気でトーマスを龍皇の伴侶として相応しくある様にするつもりの様だった。そこに当事者二人の意見は挟まれていない。実利を追求する姿勢は清々しい程だ。

 

「あーほら。あれだ。こっち側で唯一龍皇様の言葉が分かる人間だから気に入られたんじゃないかな?」

 

 嘘とも真とも言えないグレーな返答にトーマスはそうなのかなあとぼやいているが、本当の事は言えない。というか、多分言っても信じて貰えない。

 

「でもその内俺首に成りそうだけどなあ」

「首? 何で?」

「いや、龍皇様が俺の顔見ると逃げ出すから……」

「あー」


 そう言えば初対面の時も不快的なこと言っていたよなあとカルロスは思い出す。アルの言葉を信じるのならば、一目ぼれして胸がドキドキするという事なのだろう。ただ当人がそれを認識しているかどうかは別として。どうフォローするかと言葉を選んでいるとトーマスが勢いよく立ち上がった。

 

「ま、通訳兼護衛っていうのなら首になるまで全力でやるけどな。俺の力が必要だ、何て言われたのは正直嬉しいし」


 歯を見せて笑うトーマスはそう言って照れ臭そうに鼻を掻いた。誰かに必要とされる喜び。その言葉を聞いて思い出すのは五年前のある日。一度だけ言われた好きだという言葉。あの時ほど、自分と言う存在を肯定されたと感じた事は無い。

 

(……あれ?)


 そこでカルロスは気が付いた。果たして自分は――。

 

「そう言えばカルロスは何でこんなところに来たんだ?」

「え? ああそうだった。実は――」


 ここに来た用事を思い出してカルロスはトーマスにグラム達にしたのと同じ質問をする。したらトーマスには思いっきり怪訝そうな顔をされた。

 

「え、それは何かの比喩とかそう言う奴か?」

「いや、言葉通りなんだが」

「……もしかしてカルロスって馬鹿なのか? 好きな奴が出来たら告白する! それが男ってもんだろうが!」


 躊躇うことなくそう言い切るトーマスをカルロスは尊敬のまなざしで見つめる。何という男らしさ。

 

「……まあ、告白した結果結婚詐欺だったんですけどね」


 一転して死んだような表情になったトーマスをカルロスは必死で引き戻す。余りの絶望に自死を選びそうな勢いだった。一年近くは経過したのだがまだ傷は癒え切っていないらしい。

 

「すまん! 嫌な事を思い出させた! ほ、ほらガランも言ってたけど良い女がその内向こうから来るって!」

「お前って根は乙女だよな……白馬の王子様願望っていうか……」

「励ましてんのに!」


 最近自分でもちょっと女々しいと思っていたところに乙女認定はちょっと痛いところを突かれた気分になるカルロス。思わず叫ぶ。そんなカルロスにやさぐれた表情でトーマスは聞き返す。

 

「じゃあ逆に聞くけど例えば?」

「え? えぇっと……龍皇様とか?」

「やっぱり王子様願望の乙女じゃん……っていうか警護対象にそんな感情抱いたら護衛失格だろ。龍皇様は一番無いって」

「何だって……?」


 まさかの対象外宣言にカルロスは戦慄する。アルがどんな風に外堀を埋めるつもりだったのかは知らないが、これは早めに伝えなくてはいけない情報だった。決して、トーマスにイングヴァルドを押し付けようとしているのではなく純粋な好意と友情から来る行動である。

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