13 失墜作戦:2
「来るぞ!」
誰かの叫びと同時、ハルス軍から見えていたドルザード要塞の城壁。その一部が赤熱化したと思った瞬間に一筋の光線が軍の中央を貫いた。地面に刻み込まれる溝。溶けた大地。そしてそこにいた軍勢の消滅。唖然とする暇も無い。大穴を開けられた城壁を突き破って、屍龍が姿を見せる。未だ数キロは離れているというのに晒された巨体は遠近感がおかしくなったかと錯覚する程。その巨龍が地響きを立てながら突き進んでくる。
その様子を見てカルロスは呟く。
「飛ばない、か。いや、飛べないのか」
知性を失ったのならば、空を飛ぶ際の縛りから逃れられているのではないかと思ったが、その兆しは無い。それはカルロス達にとっても久しぶりの朗報だった。もしも飛行可能だった場合、前提が崩れ去る。地面を崩落させようとしても飛んで逃げられてしまうかもしれなかった。それが無いだけでも安心できる。
今の軍の一角を削り取った攻撃は間違いなく『|龍の吐息(ドラゴンブレス)』。龍族の代名詞とも言える攻撃だがこうして間近で見ると途轍もなく恐ろしい。あんなものに狙われたら機体性能や腕など関係が無い。ただの運だ。そして距離を取って固まっていると先ほどの光景は幾度でも再現しかねない。どれだけ恐ろしくても、前に出て相手の懐に入り込む。そうする事で初めて生き延びる道が生まれる。
覚悟を決めて、カルロスは一歩前に出る。そのカルロスを追い越して、二機のケルベインが先行した。
「ここは我々の出番だろう」
「避けて避けて避けまくればいいんだろ?」
ケビンとガラン。その二機が全軍の中でも突出していた。当然、屍龍の攻撃は最も近い二機に向く。
「しくじるなよ」
「そっちこそな!」
屍龍の前面に展開された魔法陣。その数二十。それぞれから光線が発射される。光を収束させた魔法。それが発射された瞬間に二機は散開して別々の軌道を描く。直線と曲線を組み合わせた二次元機動。時に鋭角に、時に急制動。単調な動きを入れることなく先を読ませない機動。戦闘の二機が攻撃を引きつけてくれているお蔭で後方の機体は比較的安全に前へと進めている。
その姿を見て、ハルスのケルベイン部隊も前に出た。
「客人だけに仕事をさせるな! 我らも続け!」
五十機を超えるケルベインによる攪乱機動。屍龍が苛立ったように吠えながら更に攻撃は苛烈になっていく。魔法陣の数が百程に増えた。雨の様に降り注ぐ光線に、一機のケルベインが避け切れずに被弾した。足が止まってしまったその機体に複数の光線が照射され、瞬く間に溶けて消える。僅か三キロ。魔導機士の全速力ならば五分もかからない距離。その距離を踏破するまでに出した犠牲は――魔導機士四十機。最初の攻撃で二十機が。そして残る半分は三キロを駆け抜けられなかった機体たちだ。
そして漸く、ハルス軍は戦力の二割を失いながらも屍龍への攻撃可能な地点へと到達した。
「ウルバール隊。射撃開始! 死にたくなければ足を止めるな!」
散発的に打ち出された銃弾。だがその大半は龍鱗によって弾かれて終わる。単純に魔導機士の装甲以上の強度だ。銃弾では一点に集中でもさせない限りは効果が無いだろう。ウルバールからの攻撃は効果が無い。ではその逆は。
「全機、伏せろ!」
そんな誰かの叫びに咄嗟に反応できたのは果たして何機居たのか。少なくとも魔導機士の戦闘訓練に於いて、咄嗟に伏せるという項目は無い。
叫びとほぼ同時。魔導機士の胴辺りを薙ぎ払っていく物が有った。言うまでもない、屍龍の尾である。向こうにしてみればただ身体を回転させただけの話。その攻撃と呼べるかも定かでは無い動作だけで十機以上の魔導機士が大破した。伏せろ、という行い慣れていない挙動を咄嗟に行えた者だけが生き延びたのだ。だがそこで安堵していられない。尾を避けたら今度は相手の踏みつぶしと光線からの攻撃。もたもたしていた二機がまたやられた。
接近してからまだ三分。それだけの時間で十五機がやられた。残る機体は158機。既に四分の一が撃破されている。
「工作部隊は!」
「まだだ!」
完全に別行動となっている工作部隊の挙動を知るのは本陣からの信号弾のみ。使い魔によって上空観測している本陣が状況に応じて信号弾を打ち上げる事で陽動部隊は工作部隊の動きを知る事が出来る。現状はまだ動き出し始めた所だろう。到着するまでに恐らくは十分。その間生き延びないといけない。たったの六百秒。今の陽動部隊に取ってそれは永遠にも等しい時間だった。
そんな状況の中でもカルロスは屍龍の観察を続ける。
「やはり再生速度が速い……それにこの感覚」
レヴィルハイドが覚えたという感覚。こうして現物を目にすることでカルロスはレヴィルハイドの見立てが正しかった事を確認できた。
「大罪……何故龍族に?」
無二では無いだろう。その確信がカルロスにはあった。あの皇子が手元からそれを手放すとは思えない。奇跡的に思い出した会話が有った。
『その大罪法(グラニティ)を放った大罪機は?』
『大破した』
そう、帝都ライヘルでグランツとレグルスはそんな会話をしていたのだ。それはつまり、アルバトロスにはもう一機大罪機が存在していたと言う事。それを何らかの方法で修復し、この龍に埋め込んだ。そんな推測をカルロスは立てた。実現の可否など問う必要はない。ここに現物が存在する。
本来生前よりも基本性能が落ちるリビングデッド。その落ちた力を補う為に大罪を埋め込んだのか。その結果は生前の龍皇をも上回る再生速度。相手の能力を更に上方修正しないといけない要因は本来ならば忌避すべき物。だがカルロスにとってはそれは福音であった。
「この能力……確実に魔力消費は高まる。作戦が成功すればこいつは魔力不足で自壊する!」
その確信。それが得られただけでも上出来だった。いや、それだけでは無い。今の陽動。それとて相手にとっては負担の筈だった。未だに再生中の腹部の傷がそれを物語っている。不幸中の幸いと言う話になってしまうが、この屍龍は本調子では無かった。本調子だったらそれこそ接近すら叶わずに全滅していたかもしれない。
急いでくれ。そう祈るような気持ちで工作部隊の進捗を待つ。そんな彼らに伝えられたのは――工作部隊にトラブル発生を意味する信号弾だった。
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