07 陥落の日:7

 本性を解放したグラン・スタルトはまさしく獣如き敏捷性で屍龍に襲い掛かる。その爪の一撃はゴールデンボンバーと呼んでいた機法さえも上回る威力。放たれる咆哮は触れた物質を共振させて崩壊させた後に破片さえも跡形も無く分解する凶器。屍龍が攻撃を受けて反撃しようとしたときにはもうそこにはいない。

 

 全身に刻まれた傷は浅い。だがそれらは再生が間に合わない程に立て続けに与えられ、確実に屍龍の余力を削り取っていく。ついに焦れた屍龍が全方位絵の無差別攻撃を敢行する。全身に魔法陣を浮かび上がらせ、360度に光線を撒き散らす。軍勢さえ蹴散らせるであろう攻撃はしかし、グラン・スタルトには当たらない。僅かに生じている攻撃と攻撃の隙間。そこを掻い潜ってあろうことか反撃さえ加えて来た。苦悶の声が屍龍から漏れる。

 

 だがレヴィルハイドにもそこまで余裕がある訳では無い。高速で動く機体に振り回されて身体は悲鳴を上げている。凄まじい速度で消費している魔力は限界が近い。ここまでの攻撃の全ては相手の弱点を探る為。最大の一撃は流石に隙が大きい。ならば最も相手の死角となる位置から放つに限る。そうして見つけたのは相手の腹部。上から見下ろした時に首の右側付け根となる位置からが最も安全と判断した。そこならば首を捻っての攻撃も届かない。

 

 狙いを悟らせないためのあちこちからの攻撃。敢えて右側を重点的に。そうして意識を右に偏らせた上で、左側からやや強めの一撃。屍龍の意識が完全に左へと向いた。一瞬で駆け抜け、急制動。地面に四足の跡を刻み込んで機体を固定。

 

 腹部の魔導炉。そこから直結した獅子の頭部。その咥内――魔導機士状態の時には頭部が存在していた場所。それこそがグラン・スタルト最大の攻撃。獣となった時のみに許される振動破砕砲。更にそこに己以外を消し飛ばす唯我の機法を乗せる。物理魔法の両面から放たれる万物を塵へと変える究極の一撃。これを防げる存在はこの世界には存在しない。例え邪神であろうと殺せる可能性がある物だ。

 

(殺った!)


 決して外さない位置取り。相手の妨害も間に合わない。そして確実に相手の胴体を消し飛ばせる。屍龍がグラン・スタルトの位置に気付いたがもう遅い。そこからでは首は決して届かない。先ほどの光線の様な小技はこの攻撃を前に消し飛ぶ。身体を動かす前にその胴体は消失する。

 

「『|大罪・唯我・振動破砕(グラン・スタルト・マキシマム)』!」


 反動で機体が数メートル後ずさる。地面がめくれ上がる。そして、屍龍の龍鱗を消し飛ばして、その腹部に振動波が突き刺さった。細かな塵へと分解されていく中で、屍龍は足掻いた。首を反らせる。それを見てレヴィルハイドは口には出さずに笑う。

 

(無理なのねん。どれだけ無理をしても可動域的にこちらには向けな――)


 屍龍の濁った瞳と目が合った。有り得ない事。どう見ても、その首の骨は幾つかは折れている。事実折れた骨が飛び出している箇所も見えた。それだというのに、屍龍はまだ動いている。

 

「まさか、こいつ……!」


 そこでレヴィルハイドは漸く気が付いた。これは洗脳されている訳では無い。最初から龍皇なんて存在はここにはいなかった。これは――死骸。それが如何なる理屈でかリビングデッドと化して動いている。まさかこれだけの存在を使役する事が出来るなどと考えていなかったレヴィルハイドは反応が遅れた。

 

 屍龍の咥内が光る。『|龍の吐息(ドラゴンブレス)』。その一射をグラン・スタルトは真面に受けてしまった。右肩から命中し、機体を斜めに横切って左腰から抜けていく。その余波は操縦席にも及んだ。一瞬で通り過ぎた光。それはレヴィルハイドの右腕を奪って行った。その喪失感を覚えるよりも早く、体の中を何かが蝕む気配。鮮やかに赤い血を吐きながらレヴィルハイドは吠える。

 

「なめ、るなあああああああ!」


 一瞬で大破した機体。それでもレヴィルハイドは攻撃を止めなかった。魔導炉が限界を迎える瞬間まで魔力を注ぎ込み――そして。

 

 グラン・スタルトが爆散すると同時、屍龍の腹部にも大穴が空いた。断末魔の叫びを上げながら崩れ落ちていく屍龍。それを壊れかけた操縦席の投影画面で見つめて――彼の意識は闇に包まれた。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 そう。レヴィルハイドの最後の記憶は相打ちになった時なのだ。正直自分はあの瞬間に死んだと思っていたのだが、こうして生きている。そうなれば――。

 

「龍皇は……イングヴァルドは健在です。驚異的な再生能力で今現在も肉体は修復されています」


 やはり、と苦い思いがレヴィルハイドの中に去来する。倒せなかった。全力で挑んで。尚、届かなかった。もうハルスにはあの龍に勝てる存在はいない。

 

 今は、まだ。

 

「各地に伝令を走らせるのねん。ウルバールを使っても構わないのねん。敵は龍皇に非ず。龍のリビングデッドだと」

「はっ」

「それから。私の機体はどこあるのねん?」

「どうにか回収して工房に有りますが……まさか出撃されるおつもりですか!?」


 何気なく尋ねられた言葉に、衛生兵はつい答えてしまって驚愕に目を見開く。今のレヴィルハイドは正しく瀕死だ。とても戦えるような状態では無い。

 

「機体状態を教えて欲しいのねん」

「右肩に浴びた『|龍の吐息(ドラゴンブレス)』によって右腕が脱落しています。操縦席周りも酷い有様で……何より魔導炉が損傷。左足は消失。戦える状態ではありません!」


 その言葉にレヴィルハイドはしばし目を閉じた。次に眼を開けた時には決然とした表情に戻る。


「脚はウルバールの物でも無理やりつければいいのねん。魔導炉は……そのままでいいわん。そんなに長時間は戦うつもりはないのねん。それから……モーリスを呼んで欲しいのねん」


 数分後、額に汗を滲ませたモーリスがやってくる。その間に、レヴィルハイドは一通の手紙を書き終えていた。

 

「目が覚めたのねレヴィ」

「心配かけたのねんモーちゃん。お願いがあるのねん」

「何かしら。添い寝して欲しいというのなら喜んで――」

「ゴールデンマキシマムの右腕。それとこれを持って生き残りを率いて要塞から離脱して欲しいのねん」


 その言葉に、医務室は沈黙が落ちた。それは即ち、ドルザード要塞の破棄。モーリスは何かを言おうとして、レヴィルハイドの表情を見て口を閉ざした。

 

「分かったのよ……一人でも多く逃がして見せるわ。レヴィちゃんはどうするの?」

「ここで殿を務めるわ。みんなが逃げるまで支えて見せるわよん」


 そう言ったレヴィルハイドの顔には死相が浮いていた。モーリスも悟った。レヴィルハイドはここで死ぬつもりだと。例えここで逃げ延びたとしても、この傷ではそう長くは無い。その僅かな時間を生きながらえるよりも戦う事を彼は選んだのだった。

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