08 対策会議

「……以上がドルザード要塞の顛末だ」


 レヴィルハイドから託されたという手紙を握り、カルロスは空いた手で己の顔を覆う。余りに長く、そしてショッキングな話だった。しばし言葉も無くカルロスは黙考する。

 

「どうして……」


 それは誰にも聞こえないような小さな声。

 

「どうして、俺が教えを請いたい人達は皆どこかへ行ってしまうんだ」


 しばし無言の時間が過ぎて、カルロスは顔を上げた。そこには手で覆い隠していた感情の揺れはもう無い。

 

「早速対策を考えます」

「ログニスの魔導機士第一人者として是非とも協力をお願いしたい。アウレシア要塞司令部で今後の対策会議が行われる。そこに参加して貰えないだろうか」

「分かりました」


 ベルゼヴァート、そしてイングヴァルド。考えるべきことは多い。その殆どはカルロス一人ではどうにもならない、ハルス全土に協力してもらう必要がある事柄だろう。慌ただしく退室する担当官を見送ってカルロスはレヴィルハイドの手紙を開く。事実上の遺書のような物だ。

 

 書かれている内容はレヴィルハイドが見聞きした敵の印象。その中には無視できない物が有った。

 

「死霊術による蘇生体の可能性、だと……?」


 もしもそうだとしたら、これまでにハルスが得て来た情報との辻褄も合う。驚異的な再生能力と言うのもコア部分を潰せなければリビングデッドは魔力尽きぬ限りは不死身だ。納得が行く。だがそれは同時に、カルロスに眼を逸らせぬ一つの事実を突き付けてくる。

 

「何を、やっているんだ……父さんっ」


 母にも姉にも死霊術の素養は無い。カルロスの上に居た二人の兄は既に墓の下。消去法でその術式を執り行ったのは自身の父親しかいない。だが龍族のリビングデッド化など父の位階では不可能だろう。人間よりも更に高位の生き物。必然、その難易度も人間以上となる。カルロスが自分と第三十二分隊の面々からブラッドネスエーテライトを抽出した際には自分の脳を触媒に位階を底上げした。魂の操作を行わずに死骸を利用するだけならば難易度はまだ下がるが、それでも何らかの触媒は必要だったはずだ。人間か、それに近い知能の生き物の脳。一個や二個では足りない。恐らくは数十の個体から取り出す必要がある。

 それだけの犠牲を支払って、更に命を刈り取るような化け物を生み出した。己の父の真意が掴めない。姉や母を人質に取られたとしても動じないような男だ。事実、兄二人が死んだ時もそこまで気にした様子は無かった。脅されたからと素直に従う様な人物では無い。何か、思惑があるはずだった。

 

「くそっ。分からねえ」


 元々、父の考えている事など理解し切れていたとは思えない。ただ死霊術に全てを捧げていたと言う事くらいだ。そして自分にその後を継ぐ事を期待していた。

 

 レヴィルハイドの死。その遠因が自分の身内だと分かりカルロスは気が重くなる。更に手紙を読み進めてその内容に表情を顰める。

 

「……そんな事が有り得るのか?」


 俄かには信じがたい内容。確かにリビングデッドであり、そんな要因もあればレヴィルハイドとゴールデンマキシマムとて不覚を取るかもしれない。だが理論的には有り得ない。少なくとも自然発生した物では無い筈だった。聞く機会が有ったら聞いて見ようとカルロスは決意する。

 

「アルニカ様。対策会議の準備が整いました。こちらに」


 そうして案内された会議室には何度かあったアウレシア要塞の司令官、要塞の魔導機士部隊の総長、そして見覚えの無いマッチョが一人。どことなくレヴィルハイドに似た空気を纏っている。そしてカルロスの四人だった。思っていたよりも少ない。

 

「他の者はドルザードからの撤退者の収容と、少しでも防備を固めさせている」


 司令官がそう口火を切った。

 

「ドルザード要塞の失陥……はっきり言って相当に厳しい局面だ。だがここで諦めて投げ出す訳には行かない。現状の認識を共有し、打開策を練らねばならない。モーリス。ドルザードでの様子を改めて説明して欲しい」

「分かったわよん」


 その口調にカルロスはギョッとしながら。会議室でここ一週間ほどの事が振り返られる。

 

「――以上が陥落までの流れなのよん」

「アルバトロスの新型……ケルベインが手も足も出ないとは」

「俺達が遭遇した時はデュコトムスでも正直厳しい相手だった……だがこれに関しては解決策はある」


 あっさりとそう言うカルロスに三人の視線が集中する。

 

「まさかこの短時間で打開策が出るとは思わなかった。聞かせてくれ」

「まず敵の特徴からだ。理由は定かではないが、相手の操縦兵は揃いも揃って凄腕ばかりだ。凄腕を集めて部隊を作っているのか、或いは機体その物に秘密があるのか分からないが……兎も角、機体性能それ自体はそこまで逸脱した物じゃない。縦の動きを重視しているからそれに合わせた調整はされているけどな」


 実際に、戦闘している所を目撃しているのはカルロスだけだ。縦の動き――三次元機動などと言うのは実際に見ないとイメージがしにくいのだろう。三人は分かった様な分からなかったような曖昧な表情をしている。

 

「重要なのは相手は被弾しない事を前提に装甲を極限まで削っている。それが相手の弱点だ。当たれば大抵の攻撃が大打撃になる」

「だがその当てる、というのが最も厳しいところではないか? 現に脱出組を追撃してきた機体は要塞の機関砲でも命中しなかった」

「それは違う。命中しなかったんじゃない。命中するよりも前に逃げたんだ。射手が焦り過ぎた。もっと引きつけてから撃てば避け切れなかったはずだ」


 話を聞いてカルロスはそう確信していた。単発の銃弾ならば避けるような信じがたい反応速度だが、一分に200を超える弾丸を避けられるとは到底思えない。先走って撃った機関砲の弾幕を見て引けるうちに退いたというのが真相の筈だった。

 

「しかしそうだとしても脅威には変わりない。魔導機士サイズの機関砲は試作品が一つだけだ。それも重くて弾数も少ない。戦場に出ては良い的だ」


 そこでカルロスは若干得意げな顔になって指を立てる。

 

「ところが、あるんだな。もっとお手軽で、それでいながら機関砲並の弾幕を作れちゃう奴が」


 トライアル後の武装選定からは漏れて、使っているのはトーマスの試作型デュコトムス位だがハルス――ログニスにもあるのだ。たった一つだけ量産可能な弾幕を張れる武器が。

 

「ログニス謹製散弾銃。こいつの面を作る射撃なら相手も避けきれない。子弾が掠めるだけでも奴には厳しい筈だ」

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