38 転換点

 イブリス平原での戦いは何時もと様子が違った。アルバトロス軍は平原に200のエルヴァートを投入。その内の半数近くが機動力を捨てて大型の盾を手にしていた。如何にも急造と言った見た目のその盾を構えた機体が先頭に立ち、ハルス軍の陣に向けて真正面からの突撃を敢行した。

 

 当然ハルス側も黙って見ている訳では無い。ウルバール隊による新型銃の一斉射。大型の盾を貫通出来た機体もあれば、そうでない機体もいる。即座に隊列が入れ替わり、既に弾丸を装填済みのウルバール隊が更に発砲した。盾を貫通した機体が増える。運悪く貫通した弾が脚に命中し、転倒したエルヴァートが居た。しかし後続は止まることなく、横転したエルヴァートを踏みつぶし、鉄くずへと変えながらも前に進む。凄惨な同士討ちの光景にむしろハルスの方が怯んだ程だった。

 だが現実は無常だった。複数の隊による発砲と装填のローテーションは有効に機能した。ウルバール隊はエルヴァート部隊の盾の防御を次々と貫き、前衛を削り取っていく。遂に耐えかねたエルヴァート部隊は盾を放棄し、身軽になって逃げだした。その逃げっぷりはハルス軍の嘲笑を誘う程であった。

 

 三日目までの緩やかな戦況とは打って変わって、この日のイブリス平原でのハルス軍の損害はウルバール2。アルバトロス軍は10機のエルヴァートを失った。数に勝る相手からもぎ取った、文句の着け様のない戦勝にハルス軍は沸いた。その戦況を聞いたレヴィルハイドでさえ安堵の息を吐いたほどである。

 

 ベルヤンガ渓谷でも似たような光景が広げられていた。昨日は温存されていた盾持ちのエルヴァート部隊が突出し、ケルベインの機動戦闘の餌食になる。そうして盾を放棄して後退する。

 

 二つの戦場で広げられたアルバトロスの敗走はハルス軍にアルバトロス軍恐るるに足らずという空気を齎した。もっと簡単に言うと油断した。

 そして五日目の戦場。日の沈み始めた時刻。そこでレヴィルハイドは悪夢のような報告を受け取る。

 

「……もう一度言って欲しいのねん」

「ベルヤンガ渓谷が失陥しました。第六大隊はほぼ壊滅。帰還機は僅か四機です……」


 伝令兵を怒鳴りつけなかったのはレヴィルハイドの理性の賜物だった。その彼をしても今しがた受けた報告は信じがたい物だった。

 

「イブリス平原でも損失機多数です。今日の交戦で20機が落とされました」

「そっちも手痛いけれど、さしあたっての問題はベルヤンガの方なのねん」


 レヴィルハイドは地図を広げて太い指でベルヤンガ渓谷をなぞる。アルバトロスと接する国境線から、このドルザード要塞に至るまでの大軍が進軍可能なルート。二箇所を押さえる事で、アルバトロスの侵攻を防ぐ。それが基本戦略だった。だが今日の戦闘でその前提は崩れ去った。道の一つが抉じ開けられた事でアルバトロスはドルザード要塞へのルートを手に入れたことになる。だがそれ以上に重要な事がある。

 

「今すぐにイブリス平原の部隊を後退させるのねん! ベルヤンガのアルバトロス軍が向かったら平原で挟まれることになるのねん!」


 もしもそうなれば逃げ場の無いイブリス平原の部隊は全滅する。ドルザード要塞に残った残りの第四、第五大隊、そしてレヴィルハイドの部隊だけでは長くは持ちこたえられない。それを避けるためにも多少の危険を犯してでもイブリスのハルス軍には退却してもらう必要があった。

 

「しかし閣下! 既に日が暮れます。闇の中での移動は困難。夜明けと同時の移動の方が安全です」

「馬鹿を言うんじゃないのねん! 敵はその闇の中を移動しているのねん!」


 ベルヤンガ渓谷を抜いた部隊は間違いなくそこで止まる様な愚は犯さない。陽が沈む前に距離を稼いだのは間違いない。レヴィルハイドならば真っ先にイブリス平原の出口を押さえる。そこさえ抑えられれば圧倒的優勢を確保できるのだから。最悪を想定するのならば夜間の行軍も視野に入れるべきだった。

 

「夜目の利く使い魔を持っている偵察隊に大至急敵の位置を探らせるのねん。伝令。イブリス平原に布陣中の部隊に大至急後退命令を。夜が明ける前に少しでも要塞に近づくのねん!」


 そう言い残してレヴィルハイドは作戦室を後にする。その背に戸惑ったような声がかけられた。

 

「閣下は何処へ?」

「決まっているのねん。私の部隊を率いてイブリスの部隊を救援に行くのねん」


 ◆ ◆ ◆

 

 隣の要塞、ドルザード要塞での苦境はまだアウレシア要塞にまでは届いていなかった。カルロス達は工房の技師達に大型機の整備方法を叩き込んでいく。マニュアルなどもある事にはあるが、やはり実際に整備してみるのが早い。

 

「脚部関節は特に重点的に。股関節は負担が集中する。怪しいと思ったら早めの交換を」

「分かりました」

「それからエーテライトが不足した場合でも普通の固形のエーテライトを新型魔導炉には入れない事。その時は良いが、一度やったら魔導炉の細かいところに不純物が詰まって使い物にならなくなる。出撃しなければどうしようもない、という状況以外では絶対にやらない様に」


 新型魔導炉と言うのはあれで繊細な代物なのだ。その固形エーテライトも高純度で創法使いが不純物を抽出したような物ならば問題が無いが、そこまで出来るなら液化エーテライトに変換した方が早いし効率も良い。

 

 大型機特有の問題と言うのは実はあまり多くは無い。大きくなっただけで基本は変わらないのだから。その為教えれば技師達は直ぐに理解してくれる。話が早くてカルロスとしても助かる。

 逆に操縦兵候補の育成をしているトーマスたちは苦労している様だった。仮想敵としてのケビンとガランも手伝っているのだが、まず何より相手の兵士たちに話を聞く気が無い。明らかに年下な三人を下に見ているのだ。彼らもデュコトムスの操縦兵に選抜されただけあって腕利き揃い。そしてその腕に何よりの自負を持っている。いきなり出て来たどこの誰とも知らぬ操縦兵の話を素直に聞くような素直な人間はいなかった。

 

 そして教える側の三人も不慣れで基礎から教えようとしていた。教わる側の面々は既に練習機である程度の腕を持ち、彼らなりのノウハウを溜めている。結果として操縦者候補たちからは三人は「既知の情報を教えてくる役立たずの教官殿」という認識になってしまったのだ。だがこれは完全なカルロス達の作戦ミスである。教える側の理解度を把握せずに頭から教えようとすればそうなる可能性もあった。

 

 その認識を変えるためには三人の実力を見せる必要がある。その為の模擬戦を急遽セッティングしようとしたのだが、前線近くの要塞では模擬戦もそう簡単には出来ない。損傷するであろう機体整備スケジュールの調整。訓練スケジュールの再設定。要塞の城門を解放し、機体を出撃させるための手続き。そうした諸々の書類仕事が山ほどあった。

 

 結果として、彼らとの模擬戦は一週間も先の話となってしまった。整備チームの研修は上々なだけにカルロスは申し訳ない。レヴィルハイドが居ればもう少し操縦者候補達の認識も違っていたのだろう。迷宮での活躍をこの要塞で広める物が居なかったのも逆風だ。実はドルザード要塞ではトーマスの評価は高い。レヴィルハイドが話した迷宮の出来事に尾鰭が大量にくっ付いて原型をとどめない程だった。その噂話の一つでも入ってくれば操縦者候補達の見る目は違っていただろう。

 

 そのアウレシア要塞にドルザード要塞包囲の報が伝えられるのは二日後の事である。

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