39 カルロスたちの対応
ドルザード要塞とアウレシア要塞の位置は比較的近い。むしろ元々が隣国からの侵攻に対して二つの要塞で連携する事で防衛線を維持するという事を主眼に建造された物だ。建造当時の主兵力であった歩兵の基準で比較的近い、と呼べる距離だったため魔導機士ならば一日も走らせればたどり着ける。東西に横たわるハルス防衛の要である。
アウレシア要塞ではドルザード要塞が包囲されたという報を受け、包囲を崩す為の増援の派遣がスムーズに決定された。籠城しているドルザードの戦力と呼応すれば包囲網も容易く破れると考えたのだ。大規模な派兵の為、その意思は隠そうとしてもカルロス達にも通じる。
「食堂の子に聞いたんだが、ドルザード要塞がアルバトロスに包囲されているらしい」
こいつ、何て手の早い……。ガランの報告に第三十二分隊の男たちはそんな羨望とも呆れともつかぬ感想を抱いたが、一先ずそれは脇に置く。慌ただしくなった要塞の情報を纏めるために彼らはカルロスの部屋に集って話し合いの場を持っていた。乱雑に置かれたデュコトムスの資料が積み重ねられて作られたスペースに置かれた紙に現状を書き留めていく。
「アルバトロスがもうそこまで攻め上がっているのか……」
部外者であるカルロス達の所には詳しい情報は入ってこない。というより、要塞の司令部はカルロス達の存在を忘れているのではないだろうか。自分たちで能動的に行動を起こさない限り、何かを言われることが無い様な気がした。
「……カルロス。俺達は一度ログニス租界まで戻った方が良いんじゃないか?」
黙考していたケビンがカルロスにそう言った。トーマスも同意するように頷く。
「俺も同感。何か嫌な予感がするぜ」
「そうだな……」
既にここは前線一歩手前では無く最前線だ。そこに長居をすると言う事は争いに巻き込まれると言う事でもある。叶うならばレグルスの横っ面を殴り飛ばしたいとここにいる全員が思っているが、一兵卒として戦場を駆け回る気は無い。一度命を落としたからこそ言えるのだ。死ぬ時は何をしても死ぬと。
そうした諸々を考えてカルロスは決断する。
「引き継ぎだけ終えて俺達はログニスに戻ろう。今回の俺達の仕事にアルバトロスとの戦争は含まれていない」
「僕もそれが良いと思う。大体、今君が居なくなったらバランガ島のあいつらはどうするんだ。もう僕には止められないぞ」
グラムがカルロスの決断を支持すると同時に別件で非難するという器用な事をする。その苦情にカルロスはそっと目を逸らした。
「頑張ってくれ」
「無理に決まっているだろう!? せめてウィンバーニをこちらに引き込め! 三対三にしないと過労死する!」
俺達は死なないだろうというお決まりの突っ込みを許さない程の悲壮感に満ちた声だった。絶望と言う文字を刻み込まれたかのようだ。ある意味でグラムのその表情もお決まりではあるのだが。
「何なんだ、あのハーレイ・アストナードとかいうやつは! 滅茶苦茶じゃないか!」
「いや、凄い奴なんだよあいつ……」
「ハルスのケルベインの開発リーダーだろう。知っている! もしかしてと思っていたらやっぱり君の同類じゃないか!」
今、グラムから遠まわしに滅茶苦茶だと言われたカルロスは軽く凹む。
「今まであいつ等が滅茶苦茶なこと言っても実現の難しさでどうにか抑え込んでいたのにあいつが妙に具体的な案を出すから!」
「アストナードは新しい発想の宝庫だってはしゃいでたけどやっぱりそう言う事かー」
バランガ島にハーレイが派遣されたのはカルロス達がアウレシア要塞に派遣される一週間前だったがその一週間でグラムは深い精神的外傷を負う羽目になったらしい。最早彼一人ではあの暴走魔獣みたいな三人を抑えきれていない。
「大丈夫だ。今のあいつらはとんでもなく厄介なテーマに取り組んでいるからそうそう別案件で暴走したりはしないって」
ハルスとログニスの連名で依頼されたある案件。少なくともあれはすぐさま終わらせられるような内容では無い。カルロス達も帰還したらそこに合流する事は確実だった。そう慰めてくるカルロスにグラムは据わった目で睨み付ける。
「なるほど。別案件では暴走しない、か。今の案件では?」
「さて、俺はここの司令部と帰還の日程を詰めてくる」
「おっと、俺は自分の機体の整備手伝ってくるかな」
「整備か。俺も同行しよう」
「さーて仕事仕事っと」
露骨すぎる話題逸らし。それが応えであった。絶望感にグラムは肩を落とす。何が一番ショックかと言えばそんな状況に慣れつつある自分がショックであった。
模擬戦で叩きのめすという事も出来ず、中途半端な状態で帰還する事となったカルロス達は出来る限りのことをした。カルロスとグラムはデュコトムスの整備方法を短い時間ながら整備班に叩き込んだし、旧騎士科三人も読むかは分からないが、デュコトムスの戦術機動についてのマニュアルを書き記した。
そうしてあっと言う間に時間は過ぎ、帰還日となっていた四日後――4月26日。アルバトロスと開戦してから十日が経過していた。見送りも何もなく、行きよりも遥かに少ない人数で南に向けて旅立つ。昼間だというのに霧が濃く、薄暗い日だった。
「くそっ。あいつらに教官だって認めさせる前に帰るのは何か癪だな」
「残りたいのなら残っても良いぞ、ガラン」
「冗談はよせよ。トーマスがやばいって言ってる場所に残るなんて自殺と大差ねえよ」
「トーマスの勘はそこまであたるのか……なあ、ちょっと思いついたことがあるんだが」
「言っておくけどギャンブルだと全く当たらないぞ」
「何だ……」
「カルロス……もっと堅実に稼ぐ事を考えたまえよ」
そんなバカ話をしながらアウレシア要塞に背を向け歩む。そうした中で真っ先に気付いたのはやはりトーマスだった。
「……止まれ。前から何か来る」
「前? 魔獣か?」
「いや、この足音は……魔導機士だ」
とうとう迷宮外でも足音から相手の存在を察知できるようになったトーマスはログニス派遣部隊の脚を止めさせる。遅れて音解析の魔法を立ち上げたカルロスは小さく呟く。
「ウルバールかアイゼントルーパーか。足音の重さ的にそのどっちかだな。それが一機にその後ろにもう一機。こいつは……聞き覚えがない。こんな重量バランスの機体、俺は知らない」
この中で魔導機士に最も詳しいと断言できるカルロスが知らない機体。それだけで警戒度が跳ね上がる。彼はハルスの機体は如何なる伝手を使ったのか、古式でさえ把握している。ならば、その知らない機体と言うのは――。
機体を視認した。霧の中から飛び出してきたのはカルロスの言葉通りウルバール。その操縦者が拡声の魔法道具で叫ぶ。
「アウレシア要塞の部隊か!? ドルザード要塞からの伝令だ! 司令部に伝えてくれ! 要塞がお――」
その言葉は最後まで形にならなかった。霧を突き破って飛び出してきたもう一機の魔導機士が手にした長剣で正確に操縦席を貫いたのだ。水銀と、人間だった物を刃先に纏わせた長剣を一息で抜くとウルバールは支えを失って倒れ伏した。そうして見える全体のシルエット。それはケルベインに近い。全体的に細身になった形状。今大陸上に存在する魔導機士の中で最も人間に近いかもしれない。霧が濃いとはいえ視認可能な距離の外から一息で踏み込んできた跳躍力。そして何よりも、見覚えのあるフレーム形状。
「エルヴァート系列の機体……」
「アルバトロスの新型か!? 何故こんなところに!」
アウレシア要塞から西にあるドルザード要塞。南に位置するここはドルザード要塞とは全く別方向。そこにドルザード要塞からの伝令が居る意味と、アルバトロスの新型機が居る理由。そして殺された伝令が言いかけていた言葉。カルロスの頭の中に最悪の想像が過っていた。
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