30 迷宮突入:9

 双頭を共に潰された魔獣が崩れ落ちる。終わったと皆が気を抜いた。その瞬間。

 

「っておい、嘘だろ!?」


 トーマスの悲鳴が地下空間に響く。両方の頭を潰されて尚、魔獣は再生を始めている。その光景を見てカルロスは気付く。

 

「しくじった……尾の蛇の頭だけでも生命活動を維持できるのか!」


 蛇の脳はあくまで蛇の脳。魔獣全体を動かす事など出来ない筈だった。事実、これが迷宮外ならば遠からず本体と運命を共にしただろう。だが今ここには例え瀕死であっても強引に生かそうとする存在がある。迷宮の心臓部は己が守護者を簡単には死なせない。潰した筈の頭部の再生が始まる。だが追撃をかけようにもエフェメロプテラは魔力切れ。ゴールデンマキシマムも機法を使った直後の隙を晒し、デュコトムスはエフェメロプテラを引き摺って距離を取っている。即座に動ける機体が居ない。

 このままではまた振り出しに戻ってしまう。その危惧を抱いた時。

 

「我々を忘れて貰っては困るな」

「真打登場ってね!」


 そんな言葉と同時、尾の蛇。その頭部が落ちた。大型魔獣と言えど、尾は精々人間程度の太さ。それがさらに細くなって二股に分かれているのだ。大型魔獣の一部として活発に動いている時ならまだしも、半分死体の様に崩れ落ちた状態でならば――例え生身であっても断ち切る事は可能。

 最後の最後に止めを持って行ったのはケビンとガラン。無意識の内に戦力から外していた二人だった。

 

 今度こそ命を絶たれた魔獣は再生をすることも無く死骸を晒す。

 

「はっはは! 思い知ったかこの野郎」

「こいつのせいでここに三日も留まらされたからな……これで溜飲は下がったが」


 ジッと身動きせずに隠れ潜んでいた二人は鬱憤を晴らすかのように一発ずつ蹴りを入れて、カルロス達の方に歩み寄ってくる。

 

「助かったぞ。カルロス。正直もう駄目だと何度も思った」

「マジで感謝だぜ。っていうかこの金ぴか誰よ? まさかラズルとか言わねえよな」


 エフェメロプテラは兎も角、デュコトムスもゴールデンマキシマムも二人は初見の機体だった。興味深げに眺めている。その二人の元に機体から飛び降りたトーマスが駆け寄った。

 

「お前ら無事で良かったああああ!」


 ずっと堪えていたのだろう。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で二人に抱き着こうとしたトーマスは華麗に回避されて少しショックを受ける。

 

「何で避けるんだよ!?」

「つい、な」

「いや、男に抱き着かれて喜ぶ趣味は無いし」


 じりじりと距離を互いに間合いを測る三人の元に更に巨大な影が落ちる。

 

「だったらお姉さんがハグしてあげるのねん! よく無事だったわ二人とも!」


 何時の間にか機体から降りていたレヴィルハイドが三人を纏めて抱きしめた。ベアハッグかな? とカルロスは思う。鍛えているはずの三人が押し潰されんばかりの勢いで絞められて悲鳴を上げた。

 

「何だ!? 魔獣か!?」

「誰だよこのマッチョ!」

「何で俺まで!?」

「後でハグしてあげるって言ったのねん」


 阿鼻叫喚。正に地獄絵図である。特にレヴィルハイドと初めて会った二人は正体すら掴めず恐慌状態になっている。そんな四人を眺めてカルロスは――。

 

「誰か助けてくれ。機体が全く動かないんだ」


 完全に停止したエフェメロプテラの中で少し疎外感を味わっていた。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 漸く落ち着いたレヴィルハイドがゴールデンマキシマムで広間の中央にある大型エーテライトを台座の様になっている箇所から外す。まるで断末魔の様な響きが迷宮内に響き渡った。壁を走っていた魔力の流れが全て途絶える。今この瞬間にこの迷宮は完全に死んだのだ。もう新たに魔獣が発生する事も無いだろう。しばらくは残存の魔獣が残るだろうがそれも遠からず駆逐される。

 取り外されたのは魔導機士でも抱きかかえるのに苦労する様なサイズのエーテライト。現存する物の中でも最大サイズだろう。その純度も並外れいる事が輝きから分かる。地上に運び出すのも苦労しそうな代物だ。

 

「流石に深い迷宮だけあって見事な物なのねん」

「はあ……幾らするんだろうな。これ」


 何時もの調子を取り戻したガランが何気なく口にした疑問にレヴィルハイドはしばし考え込んで答えた。

 

「このサイズなら……多分二十年前に建て替えたテジン王家の城が三つくらい来る値段になるのねん」

「………………凄まじいな」


 桁違いの金額に絶句したガランとトーマスに代わってケビンがやっとの思いで答えた。カルロスはと言うと目に金貨を浮かべて指折り数えている。

 

「城が三つって事は……デュコトムスが沢山。それだけあれば新型機の開発費用にも困らないぞ……」

「いや、俺らが貰えるわけじゃ無いだろ……」


 清々しいまでの皮算用を始めたカルロスをトーマスが諌めた。だがレヴィルハイドが意外な援護射撃をする。

 

「今回のログニスの貢献は非常に大きかったのねん。戦力としてのカルロスちゃんとトーマスちゃんは勿論、ケビンちゃんとガランちゃんが居なければここまでの早期解決は望めなかったのねん。売却金額の多くはログニスにも行くと思うのねん」

「よっしゃああああ!」

「だからそれ全部カルロスの物になる訳じゃ無いからな!?」


 快哉を叫ぶカルロスを他の三人が抑えるという少し珍しい光景が繰り広げられた後、魔獣の死骸からえぐり出したエーテライトをエフェメロプテラの魔導炉に入れて漸く再起動を果たした。思えば液化エーテライトの使用する新型の魔導炉ではこのような現地調達は出来なくなるのかとカルロスは思う。そもそも現地調達の機会が多いかどうかだが、どちらにも利点がある物だと今更の発見だった。

 

「それじゃあ帰還するのねん。エーテライトは……デュコトムスに運んでもらうのねん」

「俺達はカルロスとトーマスの機体に乗ればいいのか?」

「乗り心地には期待するなよ」

「クレアに聞いた。乗合馬車よりはまあマシだろう」


 軽口を叩きながら五人は地上へと向かう。他の突入部隊も迷宮が死んだことには気付いている筈だ。念のため血文字でメッセージを残して最深部を後にした。

 

 一歩間違えれば国の滅亡に繋がっていた事態。

 

 それが前哨戦に過ぎないとはこの時はまだ誰も気付いていなかった。

 

 地上に戻った迷宮攻略部隊を迎えたのはメルエスが侵攻を受けていると言う報だった。

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