29 迷宮突入:8

 散弾が魔獣の触手を撃ち抜いて行く。引き千切られて地面にのたうつ触手と魔獣の体液。だが散弾も一つ一つが触手を狙い打った訳では無い。大半は魔獣の胴体に食い込み、更に一部は地面や壁に突き刺さるに留まった。だがその攻撃は魔獣の怒りを買うには十分な物だったらしい。獅子の双頭が吠え猛りながら、触手が首を擡げて左側に立つデュコトムスへ一斉に向き直る。

 

 文字通り無数の視線に晒されたデュコトムスは焦ることなく、散弾銃の弾を装填する。その背を、ワイヤーテイルを駆使してエフェメロプテラが飛び越えた。盾になる様に前に出る。右腕を振るうとそれに合わせて砂が舞う。渦巻いた砂。地下空間に発生した砂嵐が魔獣の視界を覆い尽くす。闇雲に放たれた魔眼による攻撃はエフェメロプテラがその身で防ぐ。絶対魔法障壁。魔導機士の機法を全て無力化するカルロスの対魔導機士防御の要だが、微かに装甲が焦げ付いた。相手の魔眼はエフェメロプテラの機法を貫通する程の威力。嫌な予感が当たってしまったとカルロスは舌打ち一つ。だがこれは本命では無い。本命は――。

 

「眼には眼を。魔眼には魔眼を! 食らいやがれ、魔眼投射!」


 エフェメロプテラの左眼。そこに仕込まれた魔眼が消費される。魔獣の魔眼を死霊術によって保存し、再利用可能にしたエフェメロプテラの中でも最もエグイと評判の武装。今回持ち込んだのはメジャーと言えばメジャーな石化の魔眼。カルロスが狙ったのは相手の損傷個所の石化だ。ただ傷付けただけでは再生されてしまう。視界に入った物を石化させるという使い勝手の悪さが無ければ最高なのだが、そうも行かない。今回はゴールデンマキシマムとケビン、ガランを巻き込まない様に立ち位置を調整して放つという手間を踏んでいる。

 

 だがその威力はシンプルにして絶大。引き千切られた触手は傷口が石化している。対して生きていた触手は――石化していない。魔法は魔法で相殺可能だ。そう考えると生きている魔眼は己の魔法で石化の魔法を打消したのだろう。それでも魔獣の左半身は所々が石化し、細かい砂を散らしている。

 

 更にカルロスはエフェメロプテラを前に出させる。その後ろにデュコトムスが続く。これがカルロスの策。防御手段の豊富なエフェメロプテラがデュコトムスの盾となり、ギリギリまで機体を運ぶ。しかし防御手段が豊富とは言っても、どれも完全な物では無い。久しぶりの実戦で首筋がちりつくような鉄火場に放り込まれたカルロスは口元に笑みを浮かべる。困難な状況だが、不可能では無い。何より一人では無い。それだけで心には笑みを浮かべる余裕さえある。

 

「『水鏡』よ!」


 左腕の水竜の骨を触媒とした水の魔法。魔獣の体液くらいしか水分の無い此処では魔力消費が大きいが出し惜しみはしない。水によって生み出されたのは鏡――光を反射するかがみでは無く、レンズ。それを盾の様に翳す。魔眼から放たれた魔法が水のレンズに触れると狙いを外して別方向へと向かっていく。魔眼による照準は光学的な視線の先だ。つまり、レンズによって屈折された視線は別方向を見つめている。ある意味で対魔眼対策の中では無敵とも言える物なのだが一つ欠点がある。簡単に言えばずれた先が狙いになる様に予め視線をずらされては意味がないと言う事だ。

 

 早速狙いを合わせ始めた魔獣の意外な賢さにカルロスは驚きながらも更に機体を前に進める。頭部が二つあるから知能も倍なのか。或いは数撃てば当たるとばかりに狙いを散らしているだけなのか。どちらにしても侮れない。

 

 手練手管を駆使して魔獣へと接近したカルロスだったが、残り数十メートルを残している。土の壁は結果的に自分たちの針路を遮る事になるのでここでは使えない。残された手は――あと一つ。

 

「さあ……修復してから初稼働だが、やるぞ!」


 己の乗機に声を掛けながらエフェメロプテラの左腕に魔力を流し込む。それに呼応して日緋色金製の鉤爪が薄く広がっていく。その魔力の圧に魔獣は一歩後ずさった。若干離れた位置から攻撃のタイミングを伺っていたゴールデンマキシマムが共鳴する様に機体を微かに震わせる。

 

「それがカルロスちゃんの……」


 レヴィルハイドの声を掻き消す様に魔獣が吠える。一瞬でも臆した自分を叱咤する様に一歩前に出た。残った全ての魔眼がエフェメロプテラを狙う。それも先ほどまでの様にバラバラでは無い。一点集中照射。魔眼同士で連携して一つの合体魔法を編む。

 

「大罪法(グラニティ)――」


 だがその打ち合いこそがカルロスにとっても望むところ。むしろ広範に拡散されることを恐れて狙いを絞らせるために接近したほどだ。一度無二の大罪の前に敗れた物だが、それ以外に於いて敗北は無い。撃ち抜きたいのならば、神を殺す覚悟で来いと吠える。

 

「『|大罪・模倣(グラン・テルミナス)』!」


 魔眼の一点集中照射。その光を全て呑み込んで、エフェメロプテラの左腕が変形する。無数の銃口を備えた銃の様に変形した日緋色金。その全てから一斉に魔法が放たれる。その大半は相手の魔眼を撃ち貫く。即座に再生が始まり、生き延びた魔眼が更にエフェメロプテラを狙う。

 

「こいつで、終わり!」


 叩きつけた右腕が魔獣の至近で土の壁を作り上げる。防御力を高める為に複数を重ねたそれはまるで階段の様に天井へと伸びる。それを生み出したところでエフェメロプテラは魔力が尽きた。跪いたまま機能を停止する。しかし焦りは無い。カルロスの仕事は完遂した。

 

「行け、トーマス!」

「おうよ!」


 デュコトムスが走る。エフェメロプテラが最後に創った階段状の土の壁。それは正しく階段であった。その重量故に跳躍力に欠けるデュコトムスを宙に舞わせるための階段。空高く飛んだデュコトムスは散弾銃を投げ捨てて両腕で岩斧を握り締める。創剣の魔法道具で岩斧に剣を生やしていく。一瞬で斧から巨大な杭突きのハンマーへと姿を変えた岩斧をデュコトムスの全身を使って振り下ろす。機体の質量をたっぷりと乗せた杭が獅子の頭部を貫き、磔にする。それを確認する間も無くデュコトムスは魔獣から離れ、エフェメロプテラを引き摺って離脱する。

 その迷いのない逃げっぷりにレヴィルハイドは笑った。

 

「良い勘をしているのねん。トーマスちゃん」


 既にゴールデンマキシマムは準備を整えている。巻き込まれたらただでは済まなかっただろう。迅速な退避は正解だった。

 

「ゴールデンボンバー!」


 解き放たれた大罪の断片が魔獣の残された右頭部を首毎刈って行った。

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