28 迷宮突入:7

「気色悪っ!」


 トーマスの感想がこの場にいる全ての人間の心情を代弁していたと言えよう。キメラ、キマイラとひとくくりにされる魔獣の中でもこれほどの異形は中々居ない。その外観特徴を眺めていたカルロスが呟く。

 

「イソギンチャクでもベースにしてんのかな……」

「言ってる場合じゃないのねん!」


 イソギンチャクの触手に例えられた魔獣の背中から生えた触手の先からは無機質な瞳が魔導機士を睨みつけている。そしてその眼が一斉に光り輝いた。全てが魔眼。最速の魔法行使が三機を襲う。その網目の様な攻撃を掻い潜りながらカルロスは再度呟く。

 

「やっぱ数は力だな……これケルベインの機関銃とどっちが避けにくいと思う?」

「だからそんな事言ってる場合じゃねえだろ!」


 トーマスからの突っ込みも入った。だがカルロスは変わらず相手の観察を続けた。元々、カルロスの魔導機士開発は魔獣素材で模す所から始まったのだ。初見の珍しい魔獣が居たとなると素材として活用可能かどうかがまず気になる。この大量の魔眼。是非とも獲得したい素材だった。

 

「……二人とも少し離れるのねん!」


 レヴィルハイドからの注意喚起にカルロスは魔獣の無数の光線を避けながら距離を取った。デュコトムスも同様だ。両機が十分に距離を取ったの確認したレヴィルハイドはゴールデンマキシマムの機法を開帳する。

 

「――『ゴールデンボンバー』!」

「えええ……」


 叫び声にトーマスの戸惑ったような声が応えた。何と言うか、レヴィルハイドらしいと言えばらしい魔法名だった。だがその冗談のような名前とは裏腹に、現出した魔法は強烈な物だ。一瞬で超加速したゴールデンマキシマムが黄金色に輝く一際太い右腕で魔獣にラリアットを叩き込んで、その勢いのまま通り過ぎた。右腕が触れた個所――双頭の獅子の右頭は跡形も残らずに消し飛んでいた。その現象を、カルロスは良く知っていた。

 

「……分解の魔法?」


 カルロスが使っていた物よりも遥かに大規模で消却力も強いが、原理としては近しい物だろう。たったの一撃で巨大な魔獣の首を刈ったその威力もさることながら、レヴィルハイドの機体制御能力も凄まじい。先ほどの超加速。それ自体は機法でも何でもない。機体の構造を把握し切った上でその性能を十全に発揮させた結果だ。あそこまで全身の駆動系を連動させた完璧な踏込を、カルロスは果たして何度実行できた事か。その一つをとってもレヴィルハイドの操縦者としての技量が生半可な物ではないと知らしめる。

 

「……駄目だ! まだそいつ生きてるぞ!」


 首を飛ばした事で気を抜きかけたカルロスの意識を引き締めたのはトーマスの叫びだった。その言葉を証明するかのように未だ触手は元気よく動いているし、残っている獅子の左頭も怒りに燃えた眼でゴールデンマキシマムを睨む。その光線を右腕で振り払いながら再度走り出す。

 

「なるほど、両方の頭を潰さないといけないのねん」

「……それだけじゃなさそうだ」


 今しがた潰したばかりの右頭も、見る見るうちに再生し、先ほどまでと同様――どころか若干牙などが巨大化し、より凶悪な面構えとなって甦った。その現象にカルロスは舌打ちする。

 

「なるほど……迷宮の最深部。心臓部の側だからか再生も速い」

「どうする? 先にあのエーテライトを叩き壊すか?」

「あのサイズの結晶体となると非常に希少なのねん。それは最後の手段に取っておきたいのねん」


 確かにカルロスとしてもあれだけのエーテライトをむざむざ捨てるのは惜しい。出来る事ならば回収したいというレヴィルハイドの気持ちも理解できる。そうなるとカルロスとしては提案できる戦法は一つとなる。

 

「両方の頭を同時に潰せば恐らくは倒せるはずだ」

「と言っても、『ゴールデンボンバー』だと片方の頭を潰すのが精いっぱいなのねん」

「もっと強力なのは出来ないのかよ」

「出来ない事も無いのねん。ただその場合私以外の皆はここに生き埋めになるのねん」

「無し、却下! 別の方法で行こう!」


 レヴィルハイドの脅し文句にトーマスが泡を食った様に叫ぶ。生き埋めになったら最後。カルロス達は死ぬことが無いので誰かが掘り返してくれるまで埋められ続ける事になる。ゾッとしない想像だった。

 

「そうなると二人のどちらかに片方の頭を潰してもらう事になるのねん」


 それが最も現実性のあるプランだろう。ただ問題が一つ。エフェメロプテラもデュコトムスも逃げ惑うので手一杯だ。遠距離攻撃では頭を確実に潰す事は難しい。エフェメロプテラなら鉤爪。デュコトムスならば岩斧。近接格闘が確実なのだがそこまで接近するのに不安が残る。ゴールデンマキシマムの様に一瞬で数十メートルを駆け抜けるような真似は出来ない。

 

 ならば、取り得る手段は一つ。視線に囚われたと同時に放たれる魔法を掻い潜って接近する以外に道は無い。

 そして困ったことに、カルロスは非常に大変な手を一つだけ思いついてしまったのだった。それはエフェメロプテラでもデュコトムスでも高難易度の作戦だった。

 

「……仕方ない。トーマス。お前が潰すんだ。俺が援護する」

「何か作戦があるんだな?」


 こういう時、付き合いの長い相手は話が早くていい。カルロスのその言葉だけでトーマスは腹案の存在を感じ取ってくれた。

 

「ああ……まずは――」


 作戦を説明されたトーマスは引き攣った様な笑い声を響かせる。

 

「マジかよ」

「理屈の上では可能だろう?」

「中々シビアな作戦なのねん……カルロスちゃんの負担が大きいけど……やれるのかしらん?」

「他に手は無いからな……」


 もう少し落ち着いて考えれば幾つか案が浮かびそうな状況ではあるが、今はその落ち着く時間が無い。閃いたこの作戦でやるしかないだろう。

 通信機越しに、彼らは呼吸を合わせる。

 

「こっちの準備は何時でもいいのねん」

「こっちもオッケーだ……やれ、トーマス!」

「おうよ!」


 トーマスの声と同時。左腕に岩斧を、そして右腕に散弾銃を装備したデュコトムスが前に出る。触手へと向けられた散弾銃の銃口。そこから放たれた無数の弾丸がカルロスの作戦の開始を告げる合図となった。

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