26 迷宮探索:5
エフェメロプテラとデュコトムスが戦闘した広場を突破後、そこでキャンプを設置する事となった。交代で仮眠を取り、通路に見張りを立て、機体の簡易な整備を行う。突入してから丸一日。余裕のあるうちに身体を休める事を選択したのだ。カルロスには休憩は不要だが、エフェメロプテラへの補充と軽い整備は必要な物だった。若干の焦燥感を覚えつつも、ここで無理をすることはマイナスにしか働かないと己を律して耐える。
数時間の休憩の後、数度の戦闘を経てカルロス達は更に深く迷宮を潜っていく。発生からの年月で計算された迷宮の推定最深部の深度までの道程は八割を超えた。そこに至っても未だケビンとガラン達が見つからないと言う事は彼らは相当深く潜った事になる。
「……というか、ここまでスムーズに進めるなら前から迷宮攻略出来たんじゃないのか?」
話に聞いていた迷宮攻略とは裏腹の順調さにカルロスはそんな疑問を抱いた。正味二日でここまでこれるというのならば、攻略不能となっている迷宮の中にも同じように進める物があるのではないかと言う疑問だ。
「それは新式の魔導機士を使っているからなのねん」
「ついでに言うとここまでの道をケビンとガランが先行して調べていたのを追いかけているだけだからだな」
「ああ、そうか……。新式無しだと一気に難易度が上がるな。それに道の調査も今回は省略だものな」
新式魔導機士、要するにウルバールは漸くハルスの全域に行き渡った所だ。迷宮への突入用に機体を確保するのはまだ時間が必要だろう。古式しかなかった時代はそもそも突入自体に二の足を踏んだ筈だった。数が少ないため、操縦者の消耗が激しい。派手な機法は崩落の可能性があるので封じるしかない。そうなると一機当たりの戦闘量は増大し、時間もかかる。補給部隊に魔導機士を使うなどと言う贅沢は出来ない。侵攻戦力が大幅に不足するのだ。
更には道の調査。それも無ければ探りながらの侵攻となる。今回は予め正解が分かっているからスムーズに進めているだけだ。
「にしても、ログニスの二人は凄いのねん。この深度まで潜れる探索隊員は居なかったのねん」
「俺! 俺も何時もは潜ってるから!」
「そうだったわねん。後でハグしてあげるわん、トーマスちゃん」
「いや、それはホント遠慮しておくんで」
「ホント、どうやって魔獣をやり過ごしているのかしらん。長時間潜れるのも不思議なのねん」
「そいつは企業秘密だ」
まさか魔獣と遭遇しそうになったら死体のふりをしてやり過ごしているなどとは言えない。動きを止めれば本当に死体と変わらないのだから苦労も無い。死肉を漁るタイプの魔獣には利かない手だが、そうでなければ非常に有効だ。死体だろうと構わず食うタイプの魔獣には逃げの一手である。兎に角視界に入る前に迂回するか、人しか通れないような細い道に逃げ込むか。
「これからは迷宮攻略も盛んになるかもしれないのねん」
「大深度迷宮が大陸から消える日か」
「無明内海の底にある大深度迷宮とかどうやって攻略するんだろうな」
トーマスの雑談にカルロスは肩を竦めて答える。
「そりゃ、水中戦用の魔導機士を作るしかないんじゃないか?」
◆ ◆ ◆
更に数度の戦闘を経る。狭い通路でもデュコトムスの戦闘能力は健在だった。岩斧は壁に引っかかるので自由には使えない様だったが、作り出した長剣で刻んでいく。エフェメロプテラも縦の動きで魔獣を翻弄していく。確実に増えていく戦闘回数は、深部へと近付いていくことを示していた。残りの迷宮自体が狭くなってきているため、魔獣の密度が増しているのだ。
だが、未だにケビンとガランは見つからない。そして遂に恐れていたことが起きた。
「……目印が無い」
トーマスが苦渋に満ちた声でそう言う。幾つかの分かれ道。そこには一切のサインが残っていなかった。〇も×もついていない。
「これは……どういう事なのかしらん?」
「考えられる可能性はいくつかある……まずはここであいつらが死んだ」
「それは有り得ない」
カルロスが即答した。それらしき痕跡が見当たらない。ブラッドネスエーテライトは健在だ。或いは丸呑みにされたら痕跡も残らないかもしれないが……それは他の可能性を全て潰すまでは考えたくない。
「後は目印を残す余裕も無く先に潜る事になったか……逆に戻っている途中で魔獣に襲われて目印の付けていない通路に逃げ込んだか」
前者ならば先に進めば合流できる可能性は残る。後者の場合――合流は困難だ。目印の一切が当てにならない以上、通路の総当たりになる。それだけの時間は残されていない。
「……先に進むのねん。ここまでくれば最深部も近い筈。下へ向かっている通路を選んで進むのねん」
レヴィルハイドの決断はそれだった。彼の主任務は迷宮の攻略だ。ケビンとガランの救出はあくまで副次的な物。ならばその決断を責める訳にはいかない。
ただカルロスにはもう一つだけ確かめたい事が有った。
「すまない。少しだけ待ってくれ」
エフェメロプテラのエーテライト残量を確認する。最後に補給した広間から六時間経過している。相応に減ってはいるが、まだ多少の余力はある。
振動による魔獣検知を行わせようとしていた魔法。ここまでのいくつものパターンから傾向は見えてきた。魔獣の足音は判別出来る。ならば逆説的に、感じた振動から魔獣の発生させた音による物を除外していけばそれ以外の音――即ちケビンとガランの音を検知できるのではないかと判断したのだ。
それも賭けだ。二人が危険を察して死体のふりをしていたら見つけ出す事は出来ない。流石に地上までの全域カバーなど出来ないのでこの近辺に居ないと駄目だ。それでもここで諦めて見捨てる事は出来なかった。
「一回だけ二人を探してみたい」
「手段があるのかしらん」
「確実ではないが」
「なら試してみると良いのねん。ただそんなに時間は取れないのねん」
「分かってる」
短く答えて、カルロスはエフェメロプテラを跪かせる。地竜の革を通して床へと解法を掛ける。雑多な振動が機体を通してカルロスの頭に流れ込んで来た。その情報量に圧倒されながらもカルロスは一つ一つ雑音を取り除いていく。それは地道だが辛い作業。振動は決まった物を繰り返している訳では無い。不規則に切り替わるそれを一瞬で見極めるのは如何にカルロスと言えど困難であった。
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