20 口論

 日の出ている内に模擬戦を行い、日が沈んでから修理を行う。それが選考会後半の日常となっていた。ハイペースな日程の消化は審査その物に時間をかけるためにそれに必要な情報を早めに揃えたいという意向が働いていた。そして選考会が両機による模擬戦に移行してから一週間。緊急の会合が開かれた。呼びかけがタタン王家と言う事でやや警戒しながらラズルはカルロスを伴って用意した会議室に向かう。だがそこで耳にしたのは全く予想に模してない話であった。

 

「ハルス中央砂漠に位置する迷宮の監視所より速報が入った」


 タタン王家の代表者からそう切り出された。ラズルも含めてこの場にいる全員が表情に渋い者を浮かべた。カルロスはと言うと、辛うじて位置くらいは分かるのだが一体何を意味しているのかが分からない。流石に馬鹿正直にこの場でわかりませんとは言えないのでさも分かっている風な表情を作った。後でラズルに聞こうと決意しながら。

 

「お察しの通り……」


 察していない。そもそもこいつの名前は何だったかとカルロスは記憶を辿る始末である。

 

「魔獣の大量発生……氾濫が起きようとしている。あそこに迷宮が出来てから百余年。恐れていた事態が遂に起きてしまった」

「それは確定情報か。メルヒル伯爵」

「確定情報だ。数か所の監視所から同様の報告が上がってきている」


 そうそう、メルヒル、メルヒルとすっきりした気分でカルロスは軽く頷く。その言葉で漸くカルロスも事情が呑み込めた。それは渋面の一つも浮かべるという物だ。エルロンドでの出来事を思い出せばその事態がどれほど深刻かと言う事が分かる。そこでカルロスはハタと気が付いた。ハルス中央砂漠にある迷宮。それは確か――。

 

「内部に突入していた調査隊の内、浅い深度にいた者達は生死を問わず存在が確認できた。しかしながらログニスより派遣されていた二名の安否は不明だ。生存者に聞く限りでは相当に先行していたとの事なので生死確認すら困難な状況だ」


 ケビンとガランの潜っていた迷宮である。その事に気付いたカルロスは漸く周囲の人間と認識を同じくした。

 

「アルバトロスとの戦が控えているこのタイミングで氾濫か……」


 テジンのシュヴァルツァー伯爵が溜息交じりにそう言うとテュール王家代表のベルド伯爵が首を横に振って応じた。


「いや、むしろ運が良いと思うべきだ。開戦中だったら外と内から攻め立てられることになるところだった」

「それにウルバールの配備が終わったタイミングだったのも良かったね。そうじゃなかったら被害は拡大していた」

 

 その配備を押し進めたツェーンとしてロバート侯爵は僅かな安堵を滲ませて頷いた。そうした反応を見てメルヒルは口を開く。

 

「現状は良い物ではないが、決して最悪では無い。既に近隣領地軍のウルバール隊がハルス大砂漠を包囲し、魔獣に対する防衛戦を構築している」

「ふむ……中々速い行動だ」

「既に我が王家の方からテュール王家に国軍の出動要請も出している。現状の領軍では食い止めるのが手一杯だ。迷宮を討伐するか砂漠内の魔獣を一掃するだけの戦力は存在しない」

「妥当な所だな」


 メルヒルの言葉にベルドは頷きを返す。

 

「その際にタタン王家はテュール王家にホーガン子爵の出動要請を行った」


 微かに、会議室がざわめく。それはつまり、タタン王家はハルスの最高戦力が必要な事態だと判断したという事だ。

 

「……その決断はテュール王がすることなのねん。それはそうと、私の力が必要な場面なのかしらん?」

「大型魔獣だけで四百を超える群れだ。国軍とて手に余るだろう」

「まあそうねん……」


 古式の部隊ならばなんとかなるかもしれないが、それとて危険が伴う。現在位置は把握中だとの事だが、下手に囲まれたら撃破されかねない。

 言い換えれば、それだけの数が迷宮から溢れているという事だ。その中に居る二人はどうなっているのか。カルロスの中で焦燥感が高まっていく。

 

「状況を考えれば要請は受理されるだろう」

「そうだな。ホーガン子爵。一時的にバランガ島守備の任を解く。直ちに機体と共に移動準備を整えろ。正式な指令が来たら即座に動けるようにしておけ」

「承知したのねん」

「さて、それじゃあ僕もホーガン子爵の船を用意させようかね。速度重視で最小限の物資で良いよね?」

「感謝します。ロバート侯爵」


 トントン拍子でレヴィルハイドの移動準備が始まっていく。普段は対立関係にあるようだが、流石に国の危機ともなると連携を取るらしい。連合王国と言う特異な権力構造だからこそ有事の際の動きは細かく決められているのだろう。複数の頭があるにしては初動が驚くほどに速い。

 若干蚊帳の外になっていたラズルへとメルヒルが向き直った。


「ノーランド公爵。突入中の二名については我々も全力を尽くす……が、状況を鑑みると生存は絶望的だ。この件に関する保障はまた後日改めて話し合いたいがよろしいか?」

「危急の時です。今はそちらを優先した方が良いでしょう」

「ご配慮に感謝する」


 軽く頭を下げ、メルヒルもより詳細で最新な情報を得ようと会議室を辞した。ツェーンとテュールも同様だ。残ったのはテジンとログニスだけ。そして更にカルロスまでが会議室を飛び出す。それを追ってラズルも。

 

「待てアルニカ」

「離せ、ラズル」

「落ち着け。どこに行くつもりだ」

「決まっている。中央砂漠の迷宮だ」


 それはカルロスにとって言葉にするまでも無い決定事項だった。そしてラズルにとってもその言葉は予期していたのだろう。険しい顔つきの中に僅かな悲しみを覗かせて首を横に振る。

 

「気持ちは分かる……だが先輩たちはもう無理だ。間に合わない」

「無理じゃない。まだ間に合う!」

「魔獣の群れに飲み込まれたんだ。魔導機士にも乗っていないのでは――」

「あいつらは生きている。それが俺には分かるんだ」


 端的にカルロスはそう伝える。カルロスが生み出し、形の上では使役している第三十二分隊の面々が生きているかどうか――という表現は変だがブラッドネスエーテライトが機能を失っていないかどうかは手に取る様に分かる。まだケビンとガランの反応は生きていた。だが、それも何時まで持つか分からない。ブラッドネスエーテライトが砕かれたら今度こそ死を迎えるだろう。今この瞬間にもそれが現実になるかもしれない。

 

「だとしても、無茶だ。アルニカ一人で行ってあいつら二人を救出できる見込みなど殆どない」

「だったら……見捨てろって言うのか!」


 制止を繰り返すラズルにとうとうカルロスは声を荒げて彼の襟元を掴む。怒りに燃えるカルロスの瞳が苦しげなラズルを睨みつけた。

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