21 ラズルの根回し

「全く……」


 自分の襟元を掴むカルロスの手をラズルは強引に引き剥がす。文字通り人間離れしているカルロスの膂力に、ラズルは己の鍛錬だけで拮抗していた。そのまま首を反らせて勢いよくカルロスの額に自分の額を叩き込む。怯んだカルロスの腕を振り解き逆に逃れられぬように腕を背中側で締め上げる。

 

「今ここでお前が勝手に単独で飛び出す……それがログニスにとってどれだけの痛手になるか分かるか」

「知らん。俺は俺の大事な人を守るためにログニスと言う枠組みが有効だと感じたからここにいる。それが足枷となるなら出ていくだけだ」


 カルロスのその言葉は真実、本音であった。今の魔導機士開発に従事できる環境は楽しみも多い。だがそうした物は全て仲間達が健やかであるという前提だ。それが崩れ去りそうになるとあっては固執する物では無い。その言葉にラズルは微かに悲しそうな、寂しそうな表情をした。背を向けているカルロスがそれに気付くことは無かったけれども。


「知っていたさ。そうしてまたあてども無い放浪にウィンバーニを付き合わせるのか? 仲間想いなのは承知しているがもう少し冷静になれ」

「冷静になった所で結論は変わらない」

「だろうな。だが過程は変えられる」


 そこでラズルは漸く口元に笑みを浮かべた。力を緩めてカルロスを解放する。

 

「二人が無事であるというのならば話は別だ。余にも手伝わせろ」

「ラズル……?」

「勘違いをするな。助けに行くなと言っていたのではない。余は一人で行くなと言っていたのだ。こういう時にこそ視野を広く持つべきではないか。アルニカ?」


 どこかからかう様な調子でラズルは小首を傾げる。そのタイミングで会議室からテジン王家のシュヴァルツァーが顔を出した。

 

「何かあったか? 怒鳴り声が聞こえてきた様だったが……」

「ああ。丁度いいところに。実は我々からテジン王家に提案がありまして。少し話をしましょう」


 そう言って彼らを会議室に押し戻し、ラズルは顔だけカルロスの方向に向けて意外と上手いウィンクをした。

 

「ま、余に任せろ。上手く場を整えてやる」


 その背中を見送ってカルロスは羞恥でその場に蹲った。

 

「何やってんだ俺……」


 ラズルの言うとおりだった。完全に冷静さを失って、視野狭窄に陥っていた。土台、自分一人で行ったところで二人の救助の成功率がどれだけあったか。後先考えずに残った触媒――つまりはカルロスの肉体を使えば何時かの様に死霊魔獣の群れを生み出して、魔獣の群れにぶつけるという手段を取れたかもしれないがそんな事をしたら最後、ハルスにはいられなくなっただろう。あてども無い放浪。そうなれば後は大和に流れるか、オルクスに逃げ込むか。どちらにしても今ほどの安定は望めない。

 

 一年間築いてきた物を全て捨て去る行為だった。ケビンガランと言う己が一部とも言える仲間達と天秤に乗せれば当然仲間に天秤が傾くのだが……それでも他の手段が無いか、探る余裕は十分にあった。ラズルが指摘するまでカルロスは自分だけで何とかしようという思考に囚われていたのだ。正直、合わせる顔が無い。

 

 かと言ってここでいつまでも蹲っている訳には行かない。静かに会議室へと戻る。ラズルからこの後の方針を説明されて、再度この場に先ほどのメンバーが揃えられたのは一時間後の事だった。

 

「さて……シュヴァルツァー伯爵。改めて我らを招集した目的は何かな? 今この場で捻じ込んだことから急を要する事案なのは分かるが心当たりが無い」

「はい。メルヒル伯爵。先ほどノーランド公爵から一つ提案がありました」

「提案、だと?」


 メルヒルの視線がラズルとカルロスを順に舐め付けた。それに動じることなく二人は真っ直ぐ前を向いている。

 

「はい。この選考会に関わり……そして今でないと出来ぬ事です。その提案を受け、テジン王家の方で発議。そしてタタン王家から承認を頂きたく」

「我らから承認だと?」


 メルヒルの瞼が意外そうに瞬いた。こう言っては何だが選考会に置いてタタン王家は大概蚊帳の外だ。改めて承認を取られる事など滅多になかった。

 

「はい。テジン王家が発議するのは選考会の試験スケジュールの追加です。ケルベイン、並びにデュコトムスの試験項目に欠けている物がありました」

「不足している試験項目……おい、シュヴァルツァー。貴様まさか……」

「追加する試験項目は――対魔獣戦闘。並びに迷宮突入能力の評価です。タタン王家にはケルベイン開発に携わった者として承認を頂きたく」


 シュヴァルツァーはそう言い切ると優雅とさえ言える仕草で一礼した。

 ラズルの考えはシンプルだ。ログニス単独での救援は難しい。かと言ってハルスに助力を要請すれば借りと言う形になる。だが――あくまで選考会の試験と言う名目ならば。その根底に迷宮探索中の二人を救援したいという狙いがあるのは明確だが、何事も建前である。事実、対魔獣戦闘に関してはこの選考では考慮されていなかった。

 

「……危険すぎる」


 メルヒルはこれまでの様に心情からではなく、現実的なリスクから拒絶の言葉を口にした。

 

「デュコトムスにケルベイン。どちらも貴重な実験機だ。同時に未だ完成に至らぬ機体でもある。魔獣戦闘の試験を行うにしてもこの様な大規模な場で行う必要はない筈だ」

「現状、まとまった数の魔獣との戦闘機会と言うのは稀です。今回の様なケースを除けば一つの試験に数か月を掛けるような事に成りかねないかと」

「国軍を護衛としてある程度の漸減。並びに緊急時の救助を行う様にすればリスクは低く抑えられるでしょう……そこまでお膳立てしても撃墜されてしまう様な機体ならばそこまでだったという事でしょう」


 ベルド伯爵が挙げられたリスクへの対処方法を口にした。確かにそれならば、実験機を失うリスクは最小に抑えられる。

 

「仮にそのフォローを入れた場合、魔獣への対処が遅れる事はあるのかな?」

「私見ですが、デュコトムスもケルベインもウルバールよりも強力な機体です。三機とは言え参戦して貰えればその分の戦力向上は見込めますので……試験を行わなかった場合と消費時間は同等と言った所でしょう」


 良くも悪くもならないという答えにロバート侯爵は珍しく考え込んでいる様だった。

 

「デュコトムスの整備は難しいって聞いていたけど、そこはどうなのかな?」

「既存設備の改造が必要ですが、既にその場合のテストケースが用意されています。問題なく行えるでしょう」


 その言葉にメルヒルも拒否する理由を見つけられなくなったのか。降参するように手を挙げた。

 

「分かった。そこまで話がまとまっているのならば承認しよう。それで、ログニスはただ場を整えて貰うだけか?」


 訳するとこっちだけに働かせてお前らは何もしないのかと言う問いかけにラズルは余裕すら浮かべて首を横に振る。


「まさか。こちらからは――」

「自分が出ます」


 一歩前に出てカルロスがそう宣言する。ただの技術者だと思っていたハルスの面々から驚きの視線が注がれた。レヴィルハイドだけだ軽く肩を竦める。

 

「我々がただ作るだけが能の集団ではないと証明いたしましょう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る