10 選考予備会:下

 本来文官であるはずのロバート侯爵の言葉にベルド伯爵は苦い顔をした。或いは、彼自身魔導機士(マギキャバリィ)の技術進歩に付いていけていないのかもしれなかった。こう言ってはなんだが、ここ数年間、軍で使う様な資材の多くは非常に緩やかな進歩しかしていない。少なくとも数年で型落ち、一線級ではなくなるなどという寿命の早い物は存在しない。

 

 そう考えると魔導機士の進化速度と言うのは異常だった。黎明期だからだろうが、爆発的な成長を遂げている。もう十年もすれば緩やかな成長速度になるだろうがこの流れに適応できなければ今と言う時代を乗り切る事は出来ないだろう。

 

「さて、それじゃあ数年後も見据えての議論をお願いしようかな」


 先ほどまでの鋭い視線はどこに消えたのか。穏やかな表情に戻ったロバート侯爵はそう促した。テジン王家の代表。シュバッツァー伯爵がタタン王家サイドに向けて口を開く。

 

「そのアルバトロスの次期主力機だが、何か情報は入っていないのか」

「今のところは何も」

「本当だろうな。貴様らには前科があるからな」


 気に入ら無さそうにシュバッツァーが鼻を鳴らす。前科と言うのは新式の情報を秘匿していた時の事だろう。その情報が早期に展開されていれば今頃ハルスはもっと強力な新式の軍隊を手に入れていただろうし――その場合はログニスが今の様に魔導機士技術を売り込むという事は出来なかったかもしれない。何が幸いするか分からない物である。

 

「今の所我々の金糸雀には反応が無い。アルバトロスの方では至って平穏……戦の気配も無いそうだ」

「国境線付近に放っている斥候からも同様の報告だ。余りに静かすぎて却って不気味だな」


 ハルス側の諜報網が碌に機能していない理由の一つとして圧倒的な魔法能力の格差が存在する。アルバトロスには少なくない数、融法の使い手が存在する。人工的に魔法制御能力を底上げされた高位階の使い手達。融法の性質の悪いところは、相手に近い位階でないと仕掛けられている事にさえ気付けないという事だ。

 タタン王家が手綱を握る金糸雀と呼ぶ諜報組織も、テュール王家が放っている斥候も、アルバトロスによって処置を受けている。当たり障りのない内容を見た――と思い込まされているのだ。特に金糸雀の方は完全に掌握されており、機能不全に陥っているが当事者を含めて誰も気付けていない。

 

「だがこういう時は悪い方向に考えるべきだろう。我々が気付けない程秘密裏に、新型機を建造している」

「同感ですな」


 ベルドとシュヴァルツァーの両伯爵が見解の一致を見た所で、ラズルに視線を向けて来た。

 

「さて、ここで話を戻す訳だけど……ログニスとしてはどうかな。数年後の機体開発の展望……デュコトムスはどれだけ強化出来るかな?」


 ラズルから視線で促されてカルロスは一歩前に出る。

 

「現時点で既に改修プランは幾つか用意しております。ウルバールに対するケルベインの様に機能特化させた物から総合力を向上させた発展型まで……まあ何れも現状は紙面上でしか存在しませんが」


 機能特化型に関しては設計の初期段階から検討していた物だった。ケルベインと言う実例が存在するのだ、その発想自体は早期に辿り着いていた。問題はログニスにそこに至るまでの技術的蓄積が存在しなかった事だ。だがデュコトムスと言う経験を経た今、不可能ではなくなっている。

 

「頼もしいね。何が足りないのかな?」

「費用です」


 即答だった。

 

「あと人手も」


 思い出したように付け加えたがどちらもログニスに取っては深刻な問題である。孤島での開発にはお金がかかるし、開発要員は信頼出来る人材しか登用していない事もあって万年不足している。余りに率直な言葉にハーレイとレヴィルハイドは見て分かるほどに笑みを浮かべているし、共感する者が有ったのか、シュバルツァーも喉を鳴らしている。タタン代表は不快そうに眉を顰め、ベルドは興味無さそうに息を漏らしていた。何となく人間関係と性格が垣間見えてくる。

 

「なるほどね。どちらも大事だよね。それが満たされていれば開発は可能だと?」

「ええ」

「なるほど、なるほど……他に必要な物は有るかな?」


 そう問われてカルロスはしばし考え込む。別段他に必要と呼べるものは無い。いいえ、と首を横に振るとロバート侯爵は本当かい? と問いを重ねてくる。

 

「実現の可否は考えなくても良いんだ。思いついたことを言って欲しい」

「それでしたら……そこのアストナード卿が欲しいですね」


 レヴィルハイドがまあ、と口元を押さえた。何かハーレイがちょっと乙女みたいな顔をしてもじもじした。シュヴァルツァーはギョッと驚きを見せ、ベルドは思わず吹き出してしまった事を隠す様に口元を掌で覆った。タタンの代表が。

 

「なるほど、ログニスのアルニカは男色家と言うのは事実らしい」

「そう言う意味ではございません。発想が卑しいですね」


 カルロスの切り返しに、レヴィルハイドが口笛を吹く様に唇を尖らせて誤魔化した。ベルドは決まり悪そうに咳払いしている。

 

「単純に彼の技術力が欲しいのです。ケルベインを見てそう感じました」

「なるほどね……だがそれは今は無理だ。そうだね、シュヴァルツァー伯爵?」

「ハーレイ・アストナードはテジン王家の至宝だ。おいそれと外には出せん」


 言ってみろと言われたから言ってみただけで、カルロスも本気で実現するとは思っていない。ハーレイも少し残念そうにしているが、仕方のない事だと諦めている様だった。

 

「さて、一応現在の機体の発展性も確認できた……後はそうだね」

「整備に必要な時間や手順についても纏めておいて貰いたい」


 ロバート侯爵が考え込む隙間に、ベルド伯爵がそう要求してくる。

 

「両方の機体に言えることだが、前線で動かせない、整備が出来ないとなっては意味が無いからな」

「分かりました」

「承知いたしました」


 シュヴァルツァーとラズルが軽く頭を下げる。本来ならば他国と言えど公爵と言う一番高い家格を持つラズルだったがこの場では最下位と言っても良い。それがそのまま今のログニスの不安定な立ち位置を示している様だった。

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