07 トライアル初日終了

 その日予定されていたトライアルは全て終了した。各々の工房へと機体が帰還し、バランガ島の試験場にも静けさが戻る。

 

 ――反面、工房はこれからが本番だった。今日で消耗した部品の換装と慣らし運転を夜の内に終わらせないと行けない。トーマスもそちらに付きっ切りになる。

 そうした機体側は全て任せてカルロスは自室で今日のトライアル結果についての分析を行っていた。

 

「……中々初日から波乱含みね」


 表に出ない事を選択したクレアは、ここで初めてトライアルの様子を知る事が出来た。上がってきたスコア、細かな数値。そう言った物に目を通して吐き出した言葉がこれだ。

 

「ゴールデンマキシマム……ふざけた名前ね。ハルスにもとんだ隠し玉が居た物だわ。大罪機……これだけ隔絶した性能を見せられると溜息しか出てこないわ」

「正直、今まで見た中で機体の運動性能はトップだ。あんなのが居るんじゃこっちの印象は霞むぞ」


 デュコトムスとゴールデンマキシマムの今回の数値。蜘蛛の巣グラフに直すと大きさこそ違うが形状はほぼ一致する。言い換えると、この二機の特性は非常に近いという事になる。デュコトムスの性能は決してケルベインに劣る物では無い。それは数値が証明している。だがこうも後ろから被せる様にこちらを上回る動きをされては選定者の印象はどうしても薄くなる。


「一先ず順番は今のままで行きましょう。下手にあの機体を前に持ってくると次の機体の印象は最底辺になるわ。数値を出せるようにしておいたのはこちらにとっては幸運だったわね」


 ハルス側にはここまで細かにデータを取る為の手法が存在していなかった。これはログニス側の蓄積していた経験が生かされた。もしもログニスがその手段を持っていなかった場合――選定は印象だけで決められていた可能性がある。

 

「向こうの戦略ね……正直、私は余り好きな方法じゃないけれど」

「直接の性能とは関係ない事だからな。まあ俺も好きじゃない」


 こうした場外戦も仕掛けてくるあたり、ハルス側も本気と言う事だろう。恐らくその裏には単純な戦力増強だけでは無い利権も絡んできている気がする。ハーレイにそんな事を考える頭は無さそうなのでその上あたりだろうか。

 そしてレヴィルハイドもその指示に従っている。そうでなければあそこまでトーマスと同じような動きをする必要は無かったはずだ。終了後に謝られたのはそう言う事だろう。

 

 あの二人は話しやすく、私人としては信用できる。だが公人としてはまた別の話だ。むしろ手ごわい競争相手と言えるだろう。こちらから積極的にこんな場外戦闘をしかける気は無いが、対策は考えておいた方がいいかもしれない。

 

「後はそうねやっぱりトライアル前半はスコアを離されない事を意識しておいた方がいいわね。模擬戦をやるまでも無い、って判断されたらどうしようもないもの」

「そこだよな……トーマスには兎に角安定重視で行く様にもう一回お願いしておくか」


 流石に緊張していた様です作戦はそう何度も使えない。後一度か二度が限度だろう。

 

「それじゃあ、今日はここまでにしましょう。カスはこの後は操縦系の作成?」

「ああ。早く仕上げておけばトライアル前半に間に合うかもしれないからな」


 基本的に夜しか作業が出来ないのが痛いが、不眠不休での作業が可能なカルロスにとっては苦では無い。早速取り掛かろうとしたカルロスを見てクレアはベッドに横になった。――改めて言うが、カルロスの部屋である。

 

「……あの、クレアさん?」

「気にしなくていいわよカス。寝るだけだから」

「気にするなっていう方が無理なんですけどね!?」


 悲鳴の様なカルロスの声にクレアは眠たげな声を返す。

 

「どうせ寝ないんでしょ、カス」

「寝ないけどさ……」

「なら良いじゃない……」

「良くないよ。仮にも公爵家の娘さんが男の部屋に泊まって行くとか……レクター氏が泣くぞ」

「大丈夫よ……元だから……」


 そこは問題じゃない。仮に元が付いたとしてもそれは公爵家の方にであり、娘さんには元を付けてはいけないだろう。

 

「……ここが一番安心して眠れるのよ。自分の部屋はちょっと怖いわ」


 そう言われてしまい、カルロスは言葉に詰まった。クレアがバランガ島に大勢の人を入れている事に不安を覚えている事は知っていた。その為それが怖いと言われてしまうと無理に追い返せなくなってしまうし、自分の部屋が安心できると言われて嬉しいという気持ちも否定できない。

 

「俺が手を出したりするとか考えないのかよ……」


 呟く様に言った言葉はクレアの耳にも届いていたらしい。鼻で笑う様な声が聞こえ、眠たげな間延びした悪態が聞こえてきた。

 

「はんっ……不能の癖に……」

「泣くぞてめえ!? 後女の子が不能とか言うなよ!」


 カルロスも泣くが、きっとレクター氏も泣く。カルロスの叫びも聞こえていない様にクレアは眠りに落ちる寸前の声で囁いた。

 

「足くらいなら、許してあげる……」


 それを最後に気持ちよさそうな寝息が聞こえてきた。一先ずカルロスは呻き声を出す。

 

「何で足なんだ……」


 そんな事を言われてしまうとすらりと伸びた足に視線が行ってしまう。そこから引きはがすのは少々苦労した。

 

「……続き作ろ」


 作りかけの操縦系に手を伸ばすが、今一集中できていない。一つの光景が頭から離れない。それはクレアの脚――では無く、ゴールデンマキシマムの姿。圧倒的な性能。エフェメロプテラと同じ大罪機。そして思い出されるのは神の言葉。

 

『君は邪神と親和性が高い。だから覚醒したらどんな奴の眷属よりも……最強であった唯我を超える力を奴から引き出す事になる』


 それはつまり、自分にも可能性があるという事だ。ゴールデンマキシマムさえも置き去りにする力を手にする可能性が。それがあればきっと、アルバトロスとも一人で戦える。

 

「っ!」


 無意識に伸ばしていた左腕を右腕で抑え込む。伸ばしていた方向はバランガ島に秘匿されているエフェメロプテラの方向だ。自分が今何を考えていたのか。何を求めていたのか。それに気付いたカルロスは恐怖に身を震わせる。

 クレアを取り戻してから。助け出すという思いが成し遂げられて以降、カルロスの中にはもう一つ残っていた思いが膨らみ続けている。自分たちに無法を働いた相手を許しはしないという思い。それが何時か暴走してしまわないか。カルロスはそれが不安で仕方がなかった。

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