26 選考会への準備

「何だあの機体! 全然動かないじゃないか!」

「いや。驚いたぞトーマス。まさか一度転倒した後に立ち上がれるなんて!」

「そこで驚かれるような機体だったのかよ!」


 どうにかウルバールによって救助された試作機から抜け出してきたトーマスはカルロスに向かって文句を言う。当然の権利である。

 

「……転倒して大分凹んでるんだが」

「大丈夫だ。部品の予備はある」

「予算足りなくなってカルラに助けて貰ったって聞いたけど無駄遣いして大丈夫なのかよ」

「無駄遣いじゃないって。機体を動かさないとこればっかりは分からないんだから必要経費だっての」


 唇を尖らせてカルロスが反論する。操縦系の魔法道具が正常に作られているかどうかの確認はどうしても機体と繋がないと分からない。今回は従来型に手を加えた物だったが、案の定と言うべきかまともに動かなかった。

 

「何でこんなことになってんだよ」

「まあ単純に言うなら、機体が大きくなったんだけど操縦系がその感覚について行ってない感じかな……」


 非常に単純化した結論ではあるが、極論はそういう事だ。大型化した機体に合わせて調整は行っていたのだが実際に使うとまだ足りなかったという状態か。

 

「最初は俺が直接動かしながら調整するつもりだったんだけど」

「だけど?」

「トーマスなら融法少し使えるし、どのくらい感覚のずれがあるかとか調べて貰えばいいかなって」

「死ぬような思いしたんだけど」

「言っただろう。死ぬ気でやれば死なないって」


 それ無茶を押し付ける免罪符じゃないぞ、とトーマスに睨まれたカルロスは視線を逸らす。

 

「で、実際どのくらいずれてた?」

「……まあ普段の倍くらい動かすつもりじゃないと駄目だったな」

「倍か。くそっ、誰かどのくらいの数字にすればいいのか直ぐに計算できる計算式作ってくれよ」

「お前以外誰がそんなもん作るんだよ」

「魔導機士作る奴が増えれば誰か作ってくれるって絶対」


 やはり数が大事だとカルロスは思う。自分一人では限界がある。単純な作業量の問題としても、能力の問題としても。もっと自分に続いて多くの人が魔導機士を作る様になってほしいとカルロスは願う。

 

「よし、それじゃあ早速調整するからまた感覚を教えてくれ」

「お前一人でやった方が早くないか?」

「そんな事無いって。ある程度動く様になったら確認とかは全部他の人に任せるつもりなんだから」


 前倒しでスケジュールを進める必要があった。その理由は一つ。

 

「選考会やるなんて聞いてないんだよ……」


 誰にも聞こえない様にカルロスは小さく呟いた。発端はトーマスがバランガ島へ送還された日。ラズルから託された手紙だ。

 

 内容は大きく纏めると以下のようになる。テジン王家のケルベインと予定されていた模擬戦は中止になった。という事。その理由としてアルバトロス帝国が一年の静寂を破って俄かに慌ただしい動きを始めた事。その中に模擬戦と言う半ばハーレイの趣味による行事を入れる余裕がなくなった事。代わりとしてウルバールに続く主力機の選定をテジン王家とログニスの機体から選ぶ事。その為の選考会を三か月後に予定しているという事。

 

 当初の予定ではここからさらに半年かけて今の試作機を仕上げるつもりだった。その半分の時間で戦闘行動が可能な機体を仕上げろと言うのははっきりと言えば無理だ。筐体は如何にか間に合うだろうが、操縦系と武装は全く間に合わない。だがそれを馬鹿正直に言えばその瞬間にハルスの次期主力機はケルベイン――ないし、その発展機に決定してしまう。そんな事になればカルロスの名は歴史に刻まれるだろう。無論間抜けとして。

 

「兎に角、動く機体を用意する必要がある。それを動かせる奴もな」

「待ってくれカルロス。この後も俺がこいつに乗るのか?」

「ああ。ケビンとガランには悪いが、お前はしばらくこっちだ」


 二人には負担を強いるが、このタイミングでトーマスがバランガ島に戻ってきたのは幸運だったとカルロスは思っている。融法の才があるトーマスならば操縦系に多少不備が有っても操縦者側からフォローが可能だという期待もあった。

 

「兎に角、四か月か最長で半年くらいお前はこっちだ」

「長いな……ケビンとガランは大丈夫かな」


 トーマスもカルロスと同じ懸念を抱いていた。単純に言えば戦力が三分の二になっているのだ。危険度は嫌でも増すだろう。


「あの二人だって引き際は見極めているはずだ……やばいと思ったら無理はしないだろうさ」


 極論、迷宮探索よりも新型機開発の方が優先される。ここでトーマスを手放すと多岐に渡ってカルロスの作業が滞る。それは即ち新型機開発の遅れだ。手放す事は出来ない。

 

「最悪、やばいと思ったら戻ってこれるように手配しておく」

「まあそれなら……」


 トーマスも一応納得したところでカルロスは頭の中でスケジュールを見直す。トーマスが予想外に使えそうであるというのは有難い話だった。それを元に予定を組み立てていく。

 

 操縦系と武装、その二つを後回しにして三か月後の段階で動く機体を用意する。それでも相当に厳しい日程だが……不可能ではない。

 

「それじゃあ頑張ろうぜ。トーマス」


 カルロス基準での頑張る。こと魔導機士に関して大概の事は軽々と行ってしまう男の頑張る。その意味をバランガ島の人間が知るのはそう遠くの話では無い。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 後に、バランガ島で整備士として働いていた男は述懐する。あの三か月がこれまでの人生で最も厳しい現場だったと。

 無茶だと思われるスケジュールを提示されるのだが、やってみると本当にギリギリ何とかなる。なってしまうのだ。そしてその作業が一つ終わったら次の作業が来る。終わらない。終わらない。どれだけやっても終わらない。皆の表情が死人めいてくるとまるで全てを把握していたかのようなタイミングで休息が渡されるのだ。自分たち以上に自分たちを理解しているという感覚は後にも先にもあの時だけだった。

 そして更に恐ろしい事に、それを指示しているトップは何時まで経っても疲労を見せないのだ。毎日毎日平然とした顔をして作業をしている姿を見て、自分たちの上司はきっと神の加護でも受けているに違いないとさえ思った程であった。何しろ、神から直接加護を賜っているとされる神剣使いが時々彼を尋ねているのだ。それくらいは有っても不思議では無い。

 

 ちょっとした恐怖を整備士に植え付けながらカルロスは生かさず殺さずの精神でバランガ島の全職員を掌握し――そして何とか三か月後には動かせるだけの機体を用意することが出来たのだった。

 

 完全な新型機をこれだけの短時間で用意したというのはこの後も伝説として言い伝えられることになる。

 

 大陸歴522年九月の事である。

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