25 死ぬ気でやれば死なない
噂の新型機を初めて見たトーマスは短く口笛を吹く。
「デカいな」
「1.5倍だからな」
「ドデカいな」
とは言え、まだその機体は未完成も良いところだ。装甲は当然の様に取り付けられていないし、魔導炉が収まるべき腹部では大きな空洞を晒している。代わりにそこから伸びたケーブルが外部へ――バランガ島の大型魔導炉から供給される魔力伝達系に接続され外部からの魔力供給を受けている状態だ。ケーブル長には余裕があるので多少歩くことは出来るだろう。だがなるほど確かに、これで戦闘など夢のまた夢だ。
「操縦席は……あんま変わってないのな」
梯子を上って、新型の胸部にまでたどり着いたトーマスはそう呟く。
「変える必要も無いし、変えたら変えたで今のウルバールで訓練している連中の時間が無駄になるしな」
「でも操縦感覚は違うんだろう?」
「そうだが操縦方法まで変える必要はないだろう?」
また一から覚えなおすというのは非常に手間だ。実質個人の専用機であった古式の操縦席は機体によってまちまちと言うか、機体毎に機能が違い過ぎて同じになっていないという状態だ。新式までその悪しき前例に倣う必要はないとカルロスは言う。
「確かにあの内容を覚えるのは大変だな……」
「今は書面でマニュアル作ってあるから大分勉強するのも楽になったぞ」
そのマニュアルと言うのが、十冊を超えるという物なのだがもう内容を知っている今のトーマスには関係の無い話だ。
「今紅の鷹団が行っている操縦者教育にも使ってる教科書だな。あれは」
「教科書か。学院を思い出すな」
ついでにテスト勉強も。とトーマスは付け加えて彼は笑う。やっていた当時は煩わしくて仕方なかったが、こうして思い返すと懐かしいのが不思議だった。
「将来的には操縦者と、後は整備士、開発者を纏めて育成できる学校を作りたいってラズルと話してんだよな」
「学校か……良いな、それ」
ちょっと教師とかやってみたいというトーマスにカルロスは笑って言った。
「まだ数年後の話だが……出来ると良いな」
その時の状況が分からない。果たして自分たちはどうなっているのか。ログニスはどうなっているのか。大陸の情勢は混沌としていて一年先でさえ見通せない。
「で、俺はこいつに乗って歩いたりすればいいんだな」
「そうそう。簡単だろう?」
確かに言葉にすれば非常に簡単なのだが、トーマスは忘れていない。死ぬ気でやれば死なないというカルロスの言葉を。
「爆発しないよな?」
「しないしない」
初期の中型魔導炉は爆発の連続だった事を知っているトーマスとしてはまずその可能性を考えた。否定されて少しだけ安堵する。
「それじゃあいきなり魔力供給が途絶えて動けなくなるとか……」
「可能性が零とは言わないがそうそう起こる確率じゃないから気にするなって」
「だったら……」
「良いから早く乗りなさいって」
うだうだと心配そうにしているトーマスをカルロスが操縦席の中に押し込んだ。ハッチが閉じるのを確認してカルロスは小さく呟く。
「まあまともに動くとは言ってないんだけどな」
密閉された操縦席にはその言葉は届かない。新設された新型用の梯子を下りて、整備士から手渡された拡声器を手にトーマスに向けて支持を出す。
「それじゃあトーマス! 慎重に機体を動かしてくれ。油断すると直ぐに転ぶから気を付けろよ!」
「分かった。素人じゃないんだ。上手くやるさ」
同時にカルロスは工房に控えていたもう一機に指示を出す。
「ベニー。そっちは任せたぞ」
「あーい」
整備士の中で操縦技能を持つベニーをウルバールに乗せて待機させる。詳細な指示を出さずとも己がやるべきことを把握しているのだろう。気の抜けた返事が聞こえてくる。
「……模擬戦じゃないんだよな?」
「違うよ。それじゃあ試作機のロックを外してくれ」
直立させるために機体の各所を支えていたロックが次々とはずされていく。試作機に限った話ではないが、この状態になれば操縦者が立たせようとしないと魔導機士は直立しない。流石にトーマスも気を抜いてはいなかった。試作機は転倒することなく直立を維持する。
「よし、それじゃあ総員退避」
その言葉と同時に試作機の周辺に居た整備士が皆退避場所へと移動して行く。魔導機士の攻撃にもそれなりの時間耐えられるその場所は工房内で最も安全な場所だ。カルロスだけは残っているが、試作機からは大きく距離を取っている。
「準備完了だ。歩いてくれ、トーマス」
「すっげえ嫌な予感がしてきたんだけど……止めても良い?」
「駄目だ」
冷たく断られてトーマスは再び警鐘を鳴らし始めた己の直観に従えば良かったと今更後悔しながら、慎重に機体の足を動かす。スムーズに動き出した脚部を見て何だ動くじゃないかと安堵したのも束の間。一歩踏み出すつもりだった足が変な所で停止した。予定よりも遥かに手前。既に重心は前に傾いている。支えとなる足が存在しない試作機は転倒を始める。
不味いと思ったトーマスは咄嗟に手を突こうとした――が、それも妙な所で止まった。中途半端に開かれた掌と、変に曲げられた腕では機体を支える事など出来はしない。衝撃を殺すことも出来ず、床に機体が叩きつけられる。
「ぐっ!」
臓腑の中身を空っぽにしてやるぜとでも言いたげなベルトの締め付けにトーマスは苦悶の声を漏らす。その締め付けが無ければ額を割るような勢いで頭部を全面投影画面にぶつけていたかもしれないのだから文句は言えない。
「何だ、これ……?」
困惑しながら機体を起こそうとする。今度はもっと慎重に、腕の動きを確かめるように。やはり妙に手前で止まってしまうので何時もよりも大きく機体を動かすつもりで操縦すると望んでいた位置にまで腕が動いた。外部でカルロスが感嘆の息を漏らしていた事には気付かない。
どうにか機体を再度立ち上がらせたトーマスはもう一度歩こうと足を踏み出す。何時もよりも大きく。それを意識して動かせば何とかなる。だが今度は大きく動かし過ぎた。跳ね上がりすぎた足でバランスを崩した機体は支えを失って倒れ込む。咄嗟に機体を動かそうとしたときには先ほどまでの大きく動かすというのは忘れていた。全く足りない動きでは機体を立て直す事は出来なかった。
そのまま壁に向かって頭を突っ込ませて、意外と安普請の造りを貫いてようやく止まった。試作機の頭部だけが工房の外に飛び出して中の様子が一切見えなくなる。
「やべ……」
小さく呟きながらトーマスは機体を立て直そうとするが、明らかにこちらの思惑通りには動いてくれていない。初めての感覚に戸惑いが強まっていく。
「トーマス、そのまま動かないでくれ」
控えていたウルバールに救出されるまで試作機は頭を工房から生やしたままだった。
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