23 コロコロ
「……寒いな」
「風呂から上がったばかりだからな……」
初夏とは言え湯上りには冷たい風を受けて、ケビンがぽつりと感想を呟く。それに冷たく答えたのはカルロスだ。二人とも未だに濡れたままの髪が冷たくて仕方がない。
「俺達さっきまで温泉に入っていたのに何でこんなところに突っ立ってるんだろうな……」
「そりゃ、カルロスちゃんがヘマ踏んでウィンバーニの逆鱗に触れたからだろ」
「俺か!? 俺が悪いのか!?」
「まあ総括的に見れば君が悪いんだろうな」
肩を抱いて身を震わせるトーマスがぼやけば、ガランが横目でカルロスを軽く睨む。責任をなすりつけられたカルロスは身の潔白を主張しようとするが、グラムに一刀両断に切り捨てられた。
カルロスの全裸による弁明でどうにか同性愛疑惑は晴らすことが出来たが、地下温泉を秘匿していた事は誤魔化せなかった。全裸で正座をしながらクレアに足を踏まれるのは変な感覚に目覚めそうで怖かった。その恐怖に負けるように彼らは秘密基地を女性陣に明け渡す事になったのだ。
そして更に、誰か入ってこないかここで見張っていろとのお達しである。女性陣が強いのか、男性陣が弱いのか。判断に困るところである。
「俺達の秘密基地が……」
「また作ろうぜ……離れた場所に」
「ああ。頑張ろうカルロス。離れた所で」
「万が一繋がったら殺されそうだよな……」
もう死んでるけど、とラズルが居るので口から発することなく何時もの身内ネタをぶち込んでからカルロスはそのラズルが静かである事に気付いた。
「ラズル?」
「……頃合いか」
軽く目を閉じて瞑想していたラズルがゆっくりと瞳を開く。この場にいる五人を見渡す。そのまなざしは何時に無く真剣で、まるで戦場にいるかのような鋭さだった。
「お前ら、覗きに行くぞ」
「馬鹿かお前は!?」
「死ぬ気かよ!」
カルロスとトーマスの叫びが唱和した。他の三人も同意するように首を激しく上下に振る。そんな面々を眺めてラズルは心底から軽蔑するように言った。
「ならば貴様ら! あの様な屈辱を甘んじて受けたままで良いというのか! 男としての誇りはどこにやった!」
「少なくとも風呂場にはねえと思うんだ、誇り」
「埃すらあるかも微妙だぜ」
音だけでは分かりにくいジョークをトーマスとガランが挟みながら、ラズルの熱い鼓舞は続く。無駄に扇動力が高い。
「何より、あそこにいるのはログニスでも美女揃いだぞ! 相手の居ない一人身がどれだけ貴様らを羨ましがっていると思っている! 余達にはその羨望に答える義務がある!」
「……なんだか僕もそんな気がしてきたぞ」
「落ち着け、アッシャー。間違いなく錯覚だ」
単純なグラムはラズルの扇動に乗せられかけていたがケビンがどうにかそれを諌めた。ラズルとカルロスが向かい合って視線をぶつけ合う。
「退け、カルロス」
「駄目だ、ここは退けない。俺自身の誓いの為にも……」
「ふ、そうだったな。思えば……何時かはこんな日が来るのも必然だったか」
因縁を漂わせる二人だが、グラムは冷めた目でそれを眺める。
「……そんな大げさな話だったか?」
「単なる覗きだな……ガラン、トーマス。回り込め。抑えるぞ」
ケビンが顎でカルロスの背中を示す。後ろ手に回された掌がくるくると回されている。どうやらカルロスは意図的にこの茶番を演出していたらしい。会話でカルロスが引きつけている間に三人がラズルの背後に回り込み、一斉にとびかかる。
「ぐ! 貴様らまで!」
「いや、俺らもこれ以上ウィンバーニ達に怒られるのは嫌なのよ」
「って言うか、結婚考えている奴を覗きに誘うんじゃねえ! 破談になったらどうしてくれる!」
人間族と言う枠の中では頂点かそこに近いところに位置する黒騎士の異名を持つラズルでも三対一は分が悪かった。揉みくちゃにされるラズル達にグラムが何時の間にか用意した荒縄を手渡す。
「使ってくれ」
「よし、そっちを縛り上げろガラン!」
「あいよ!」
「ええい、玉無し共め! それでもログニスの男か!」
「うるせえ、静かにしろ!」
「猿轡も用意したぞ」
「ナイスだ。グラム」
囮を勤めあげた少し離れた場所からカルロスはその光景を見て思う。完全に犯罪の現場だと。むしろこれ、第三者に見られたらラズルに無体を働こうとしている男四人なのではないだろうか。カルロスが大きく三歩ほど距離を取った。
――彼らは気付いていなかった。その光景を遠巻きに見ている者が居た事に。そしてその会話だけを聞いて大慌てで他者に知らせに行った者がいる事に。しばらく後に、ハルス側でさえこの六人が衆道を嗜むとの噂が広がる事になる。その事を今の彼らは知らない。
「見張っているって言ったのに何を遊んでいるのかしら」
「あ、クレア」
背後の地下温泉の入り口から聞こえてきた声に、カルロスは何気なく振り向いて絶句した。
「……何よ」
「いや、何でもない」
まさか馬鹿正直に湯上り姿に見とれていたとは言えない。普段は下ろしているか、無造作に束ねているだけの髪を結い上げているのも新鮮だった。その視線に気づいたのかクレアが結っていた髪を解く。カルロスの視線に露骨に残念さが宿った。それを見て少し上機嫌になったクレアは温泉内で出た結論を彼に告げる。
「この地下温泉だけど……改造はしても良いわ」
「え、本当か?」
「ええ。その代り私たちが使う時には直ぐに使わせなさい」
「それくらいで没収されないなら安いもんだ! おーい、お前ら、良いニュースだぞ」
喜色を浮かべてラズルを縛り上げている場に合流するカルロスを見送りながらカルラは呟く。
「アルニカ君……それ改装だけして使用権は寄越せって言われている事に気付いているのかな……」
「気付いていたらあんなに喜ばないんじゃないかなって思うかなー」
ライラの何時も通りの声にカルラは乾いた笑みを浮かべた。
「アルニカ君はクレアちゃんの掌の上で転がされているね……」
本人がそれを望んでいるから良いのだろう、カルラはそう自分を納得させた。
そんなバタバタとした休養日だが、彼らの周囲は遊んでいた訳では無い。新型機――スーパー新式(仮)の建造に必要な資材が運び込まれていたのだ。既に先行して十五メートルサイズに対応した作業台の建造が始まっていた。
嵐の前の静けさ。これから始まる鉄火場を目前にした最後の充填期間であった。
夏の入り口となる季節。バランガ島に鍛冶場の火が灯る。
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