17 不穏な六人

「後輩様酷いです、あんまりです。私を玩ぶなんて!」


 バランガ島を訪れた面々を出迎えに来たカルロスに向けられた第一声がこれだった。ネリンの糾弾に周囲が聞き耳を立てているのを感じる。

 女性陣の視線が痛い。カルロスはそう思った。特にクレアからの視線が痛い。ついでに男性陣からの視線も辛い。ラズルに至っては懐かしい物を見るような目をしている。

 

「アルニカ。女性関係のアドバイスなら任せておけ」

「……最低」

「いらねえよ」

「カルロス。ラズルは経験豊富だ。素直に助言をもらった方が良いと思うぞ」

「……さいってい」

「カルロス。僕は信じているぞ……早く謝るんだ」

「さ・い・て・い!」

「俺を少しは信じろよ」


 ここぞとばかりにカルロスに恩を売ろうとするラズルに、氷の様な視線を向けてくるクレア。ラズルの言葉を真摯に受け止めるケビンに、氷点下の視線を向けてくるクレア。これっぽっちもカルロスを信じていないグラムに、一音一音を区切る事で己の感情の大きさを示すクレア。

 

 このままでは自分はネリンを玩んで泣かしたという風評が付いて回る事になる。全く心当たりが無いのだがカルロスは慎重に言葉を選びながら問いかける。

 

「悪い……心当たりが無いんだが。会いに行くっていうのを保留にしていたの以外は」

「それじゃないかな?」

「それだろうよ」


 ライラとガランが呆れたように言うがネリンはゆっくりと首を横に振った。

 

「違います。その事じゃありません……後でその件についてもじっくり話をするつもりですが」

「しまった。藪蛇だった」

「今回の件は……そう、ハーセン様との事です」

「私!?」


 突然話を振られたカルラが悲鳴の様な声を上げる。そんなカルラの表情を隠す様に、クレアが彼女の対面に立った。


「カルラ。怒らないから何があったのか正直に言って頂戴」

「クレアちゃん! 怒らないって言っている人の顔じゃないよ!」


 どんな顔をしているのか。背を向けられているカルロスには見えないのは幸いと言うべきか。

 

「それで、俺が何をしたっていうんだ。本当に心当たりがない。謝ろうにも分からないんだ。教えてくれ」

「アルニカ。取りあえずそういう時は謝って謝って謝り倒しておけ。心当たりがないなんて言うと火に油を注ぐような物だ」

「ラズルはちょっと黙っててくれないかな!」


 せめてその助言は当人の居ない場所でしてほしいと切に願うカルロスだった。女性陣から向けられる視線が本当に痛いのだ。

 

「先日、私は後輩様が資金繰りで悩んでいるとお聞きしました」

「うん、もうこの段階で落ちが読めたけど続けて?」


 現在の開発資金に目を通しているカルロス、クレア、グラム、カルラ、ラズルには既に納得の色が浮かんでいる。カルロスの言うとおり、落ちが読めていた。

 

「ここは先輩としての器の見せ所だと思い、私頑張ったのです。本国からの支援を引き出すために書面のやり取りをし……却下されてしまったので私のポケットマネーから少額ではありますが捻出いたしました……」

「ああ、うん……感謝している」

「なのに聞けばハーセン様がしっかり予備の資金を確保していたとの事じゃないですか! 私一人で恩を売る計画が台無しです! 玩ばれました!」

「はい、それじゃあ皆。作業に戻って。邪魔をして悪かったわね」


 クレアが手を一つ叩いて周囲の立ち聞きしていた面々を散らせる。

 

「ああ。まだ話は終わっていませんよ!」

「はいはい。ねりねりの話はまた後で聞いてあげるねー」

「そうそう。今日はねりんを案内するという大役を任されているので我らにお任せなのだー」

「お二人とも押さないで下さい! あとレギン様! それ私の事ですか!?」


 騒がしくしながら三人が研究所の奥に消えていく。今回ネリンが資金提供をしてくれたことで、彼女へ進捗を報告する義務が生じたのだ。どう見てもこれ幸いとカルロスに接触する気だろうと思えたのでクレアが先手を打っていた。あの二人に挟まれてネリンも自由に行動は出来ないだろう。

 ただそれにも一つ誤算があった。

 

「それではハーセン。私の代理としてあの二人からの報告を受け取ってきてくれ」

「……はい」


 悲壮な表情で頷くカルラにグラムが慰めるように肩に手を置いた。

 

「以前と同じに思わない方が良い。倍くらいだと思っておくんだ」

「行ってまいります」


 グラムの言葉は慰めにはならなかったらしい。どちらかというとグラムも心構えだけはちゃんとしておけと言う助言の様な物で、決して負担軽減の役に立つ物では無い。もはや死地に赴く者の表情でカルラも三人について姿を消した。それを見送って、カルロスはクレアに向き直る。

 

「それじゃあ俺はこいつら案内して来るから」

「……思ったのだけれども、カスが態々案内する必要あるのかしら」

「まあ色々とあるんだよ」


 湿度の高い視線を向けられてもカルロスは動じることなくそう答えた。その実中身は何もない言葉だったが。露骨に誤魔化そうとしている彼に対してクレアは更に湿度を高めた視線を送る。

 

「ふーん?」

「それじゃあ行こうぜ」


 やや慌てたようにカルロスがそう促すとぞろぞろと男性陣が移動を始める。流石に追いかけて追及する程の話では無い。彼女自身も自分の仕事に戻ろうと踵を返す。その最中クレアの耳が彼らの会話の端々を拾った。

 

「……で、順調なんだろうな」

「ああ。最高だぜ。超気持ちいい」

「そうか、そいつは楽しみだな。何しろ迷宮では不自由していたのでな」

「流石だぜカルロス。俺もトーマスもそれが楽しみで昨日は落ち着かなかったぜ。な?」

「久しぶりだと思うとちょっと興奮するよな」

「そんなものかな」

「グラムは毎日の様に使ってるから分かんねえんだよ」

「いや、僕だって毎日ではないさ。偶にだから良いんだあれは」

「お前ら騒ぎ過ぎだ。気付かれたらどうする」


 とりあえずクレアは思った。カルロスと同じ融法の才を持った人間がアルバトロスでは諜報員として活躍していたが、カルロスは無理だなと。

 興奮気味に立ち去って行く六人を見送ってクレアは記憶を手繰る。思えば、こうしてバランガ島にあの六人が集まる度に何かと理由を付けて別行動を取っていた気がする。

 

 これは何かある。クレアの直感がそう告げていた。

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